第三章 メアリー編
第30話 乙女メアリー動く
ムテキンからの衝撃告白にリルムは塞ぎ込み、自分の部屋に引き篭ってしまいました。
不幸中の幸いというべきか。
下着ドロ襲撃事件が起きてから日が浅いのもあり、その時のショックで塞ぎ込んでいるのだろうと多くの人は思っています。
ですが、身内だけは下着ドロ襲撃事件の後もリルムが元気だった事を知っているだけに、今になって塞ぎ込んだ理由が解らず困っていました。
もしかしたら少しくらいは助けになれるかもしれない。
そう思い、相談出来る事はないかとアデラレーゼ達はそれとなく尋ねたのですが、一人にしてほしい、とリルム本人に言われてしまっては無理やりに聞きだす訳にもいきません。
そんな日が続いて一週間。
メアリーと話がしたいとリルムが言い出したのですが――
○ ○
「……メアリー姉様、だけだよね?」
メアリーが部屋に入るなり、リルムは声を潜めて確認を取りました。
内緒話でも始めるようなその口調からは、ショックで引き篭もっていた割りには、それなりの元気さが感じ取れます。
「ええ、リルム。私以外には誰も居ませんわ」
しかし、メアリーは表情を曇らせ、リルムを安心させるように声を潜めて答えました。
あくまで予想よりも元気そうというだけで、普段の快活なリルムと比べれば遥かに元気がないのは明らかだったからです。
「本当に本当? お母様はともかく絶対にアデラお姉様には聞かれたくないんだ」
「ええ、大丈夫よ」
メアリーは即座に頷いた後、首を傾げました。
(お姉様だけには聞かれたくない?)
リルムがアデラレーゼの事を尊敬なんか軽く通り越して、信望というレベルで慕っている事を知っているからです。
「それでリルム。私に話したい事とは何かしら?」
しかし気になるからと言って、ようやく引き篭もりの状態からリルムが相談してくれたのに水を差すような質問をする訳にもいきません。
「……実はお父様の事なんだ。お義父様の死んだ理由ってメアリー姉様は何て聞いてる?」
メアリーに先を促され、リルムはポツポツと語り出します。
「戦争で亡くなったと聞いていますが……」
リルムの言葉に答えるだけ答えたメアリーですが、何故、お父様の話がどうして出てくるのだろうと言わんばかりに表情は疑問の色で一色です。
「その筈、だよね。でも、少し違うみたいなんだ」
「違う?」
「……その、ね。あの時の戦争で亡くなったのは確かなんだけど、敵じゃなくてムテキンに刺されて死んだみたいなんだよ」
どこか言い難そうにしながらも、はっきりとリルムは自分が知っている事を告げました。
「……何かの間違いではないのかしら?」
メアリーは驚いた様子も見せずに否定します。
ただ、決して驚かなかった訳ではありません。
むしろあまりに予想外過ぎて、リルムの言葉にまるで実感が湧かなかったのです。
「ボクも信じられなかったけど、ムテキン本人の口から聞いたし、どれだけ言っても嘘だって言ってくれなかった」
「……リルム。悩んでいる貴女には悪いけど信じられないわ。だってそんな事をするような人には見えなかったもの」
メアリーは呟いて、ムテキンの事を思い浮かべます。
(……あら?)
ですが、よく考えたらリルムから話を聞いている限りは良い人そうだし、それ以上に面白そうな人だと思っただけで、どんな顔をしていたのかすら覚えていませんでした。
何せ、門番をしていた時と捕まった時にチラっと顔を見ただけなのです。
話をした事はおろか、マトモに顔を見た事すらなかったのですから。
「ボクも信じられなかった。でも、凄く悲しそうなムテキンの顔は嘘を吐いているようにも見えなかった。それに、お母様がムテキンの事を本気で好きになるならどうこうって言ってたの、覚えてるかな? 多分、この事だと思うんだ」
僅かに冷や汗を流すメアリーに気付かず、リルムは話を続けます。
「だから、一人になって考えてたんだけどさ。とりあえずはムテキンの言った事を信じてみる事にしたんだ。ムテキンがお父様を、その、殺したって」
「リルム……」
メアリーは泣きそうな瞳で自分の妹を見詰めました。
好きな人を殺人者、それも自分の義父を殺した相手と信じなければならなかった妹の事を考えると、あまりにも不憫過ぎて。
「それでメアリー姉様には調べて欲しいんだ。何かこう、仕方無い事情がなかったかって。えーと政治的とか何とかそういうの? 本当はボク一人で調べたかったけど、その、頭悪いから上手く調べられなくてさ……」
リルムの言葉に、メアリーは初めてリルム本人でなく部屋を見渡しました。
(勉強嫌いのリルムがあんなに……)
そして、机の上に大量の本が積み上げられており、しかも付箋代わりに栞がいくつも挟まれているのを見て驚きます。
騎士団長であるにも関わらず机仕事からも逃げ回っていたようなリルムが、自発的にこれだけの資料を読み込んだのが信じられなかったのです。
「それに部屋に篭もって考え込んじゃってたからさ、今から外に出て本格的に調べ出そうとすると絶対アデラお姉様にバレちゃう気がするんだよね。どんな理由があったにしても、本当にムテキンがお義父様を殺しちゃったんだとしたら、アデラお姉様はきっと、ムテキンの事を許してくれないよ」
「確かにそうですわね……」
メアリーは少しも悩む事無く、リルムの言葉に同意しました。
アデラレーゼの父親への想いが相当なモノである事は、疑いようもない事実だったからです。
もしバレようものなら、問答無用で打ち首にしようとしても不思議ではありません。
「……解ったわ、リルム。私でどのくらい調べられるか解りませんが、お姉様にバレないように出来得る限りの事は調べてみせますわ」
メアリーは自信無さげでありながらも、それでも精一杯調べる旨を告げました。
というのも、戦争などの資料を調べようと思えば女王であるアデラレーゼの耳に届く事は確実なので、どこまで調べられるか解らなかったからです。
それでもバレないように調べようとすれば、犯罪スレスレどころか犯罪行為に手を染めなければ調べられません。
「ありがとう、メアリー姉様」
その辺の事情はリルムも理解しているのでしょう。
それでも調べてくれるという自分の姉に、リルムは涙ぐみながら礼を言うのでした。
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