第29話 真実は残酷で

「さて、どうやって帰ろうかな?」


 目を覚ましたリルムは、少し困っていました。


「こんなに重かったっけ?」


 というのも、泉の精の魔法の影響で筋力がなくなってしまったのでしょう。


 今までは軽く感じていた装備が妙に重く感じ、剣に関して言えば腰に差しているのも痛くて抱きかかえるように持つ始末。


 このままでは、とても森を抜けられそうにありません。


 かといって、いくら力を失ってしまっても騎士としての心まで失った訳ではないリルムには剣も鎧も捨てられません。


「それにしても真実がどうとかムテキンへの気持ちが消えるとか言ってた割りに、全然何も変わってないんだけど……」


 てっきりムテキンに対する記憶がなくなったり、意味も無く憎くなったりするのかと思っていたリルムですが、拍子抜けするくらい何もありません。


「あれかな? 剣を振れなくなったからムテキンに嫉妬するようになるとか――」


 リルムがそんな事を思った瞬間です。


「……リルム様。お迎えに上がりました」


 どこからともなくムテキンが現れました。


「い、いつの間に……」


 驚きと呆れ半分にリルムは呟きます。


 城の中だけならともかく、こんな場所にまで現れるとは思ってもいなかったからです。


「……リルム様。私から、貴方に言わなければならない事があります」


 リルムの様子など気にも留めず、ムテキンは思い詰めた表情を見せました。


 今までの何を考えているか解らなかった頃に比べ、ずいぶんと感情豊かな様子です。


「その、さ。先にその堅苦しい口調、どうにかならないかな?」


 その変化自体はリルム的には喜ばしい事ではあったのですが、他人行儀な言葉で接されると少し辛いものがありました。


「しかし……」


 頭の悪かった時と違い、相当に礼儀を気にするらしくムテキンはリルムの提案に頷いてはくれません。


「どうしても駄目、かな……」


「……解った。これでいいか?」


 リルムの悲しそうな表情に断り切れなくなったのでしょう。


 渋々といった感じで、ムテキンは口調を改めました。


 心なしか、物腰も少し柔らかくなったように見えます。


「うん、ごめんね。無理言って」


 謝罪の言葉を言いながらも、リルムはニコリと嬉しげに微笑みました。


 好きな相手に他人行儀に接しられて、悲しくなかった訳がないのです。


「今更だけどさ、あの時ボクを助けてくれてありがとう。ごめんね、お礼言うの、こんなに遅くなっちゃって」


 そして、今の今までずっと言えてなかった言葉を告げます。


 本当はすぐにでも言いたかったけど、冷たい態度を取られたりして意固地になって言えてなかった言葉。


「……やめてくれ。私は、君に感謝される資格なんて無い男なんだ」


 しかし、ムテキンは痛々しげな表情を一瞬見せたかと思うと、すぐに顔を俯かせました。


 まるで合わせる顔がないとでも言うように。


「どうして? ボクを助けてくれた。ずっとムテキンの事が気になるくらい嬉しかった。それだけで資格は十分あるでしょ?」


 リルムは怒鳴る訳でなく、静かな口調で告げました。


 自分が力を失った事を知っているのなら、ムテキンが申し訳なく思う気持ちも理解出来たからです。


 しかし――


「それがあるんだ。君に、君と君の家族だけには私は礼なんか言われる資格が無いんだ」


「ボクだけじゃなくて家族も?」


 ムテキンの言葉は予想と違っており、リルムは首を傾げました。


 ムテキンのせいでリルムが力を失ったのですから、確かに家族に顔は合わせ難いかもしれません。


 ですが、どこかムテキンの言葉は違う意味を持っているような気がしたのです。


「……元騎士団長であった君の義理の父が亡くなってしまった戦争。あの戦争には私も参加していた」


 リルムの疑問に答えるようにムテキンは、いきなり語り出しました。


(お義父様……)


 それはリルムの義理の父親である人が亡くなった時の話です。


 ほんの少し前、筋肉ムキムキの魔法使いとして大暴れした上に、変態趣味まで明らかになった人ではありますが、それでもリルムは義父の事を思い出して少しだけ涙ぐみました。


 色々と評価を下げる事件があったものの、その程度の事ぐらいで想いが消えてしまわないほど、大好きな義父だったからです。


「確かにお義父様が亡くなった時は悲しかったよ。ヴァルハラで働いているって言っても実際は幽霊みたいなもので、あの日以来会えてない。あの日だって何も話せなかったし、寂しくないって言ったら嘘になる……」


「……スマナイ、全て私の責任だ」


「けどさ、仕方無いじゃん。戦争なんだし誰かが死ぬのは、さ。いくらムテキンが強くたって全員守れる訳ないし、責任なんてある訳ないじゃん」


 ただ、リルムは義父の事は大好きではあるものの、それとこれとは別だと思っている。


 だって戦争なんだから。


 誰かが死んでも仕方ないし、それは自分の義父であっても同じ事。当の昔に気持ちの区切りは着けている。


「君の父が死んだ時、私は誰よりも傍に居たんだ」


「い、いくらムテキンが強くて傍に居たって言ってもさ。仕方ないって」


 少しだけ。


 本当に少しだけ、どうしてそんなに強くて傍に居たのに守ってくれなかったのかという気持ちがリルムの中に湧きましたが、それでもリルムは気持ちを抑えて、ムテキンを励まします。


「そうじゃない!」


 そんなリルムの言葉をムテキンは力強く否定しました。


 近くの鳥達が一斉に羽ばたき出す程の大声で。


「違うんだ。君の父親を殺したのは敵兵じゃない」


 突然の叫びに驚き腰を抜かしそうになったリルムの前で、ムテキンは自分の両手で何か液体でも掬い上げるような仕草をしました。


「私が、私がこの手で君の父を殺した。槍であの人の身体を貫いたんだ」


「嘘……」


 からん、とリルムの手から剣が落ちました。


 泉の精との契約で力を失っても、重くて立っているのが辛くても――


 それでも決して離さなかった大切な剣が。力を失っても、それでも離したくなった騎士としての証が。


「ねえ、嘘でしょ?」


 そして、剣と共に何か他のモノも落としてしまったのかもしれません。


 いつもの元気さを感じさせない弱々しい声を漏らします。


「ねえ、嘘って言ってよ……」


 そして涙声で再び呟いて、ムテキンの胸元へと顔を押し付けました。


 自分ではどうしようも出来なくて、助けを求めて縋り付くように。


「…………」


 ですが、ムテキンはただ悲しげな顔をするだけで何も言いませんでした。


 それが否定出来ない、真実であると言いたげに。


 自分には慰める資格すらないと言いたげに。


――――――――――――――――――――――――――――――――

 第二章、リルム編終了です。

 次回からはメアリー編へと突入していきますが、果たしてリルムとムテキンの行く末がどうなるのか、想像しながらお待ち頂ければ嬉しいです。


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