第11話 マッスルマジック(というか物理)
「アンタ、一体何者よ?」
継母であるミュリエルとの別れから、およそ一時間。
隠し通路を駆使したり警備の隙を絶妙に抜けたりと、一度も衛兵に見付かる事無く二人は裏口まで辿り着きました。
もう壁を一枚隔てれば、そこはお城の外です。
驚く事が多過ぎて、あれほど叫んでいたアデラレーゼも素面に戻っています。
「ヴァルハラ所属の魔法使いじゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
もはや何を言われても他国の間者、いわゆるスパイとしか思えません。
「後少しじゃ。外にさえ出てしまえば後はどうとでもなる。ミュリエルの方は明日にでもワシが潜入して救い出そう」
アデラレーゼの胡散臭そうな顔を魔法使いは不安と取ったようでした。
安心させるように微笑むと、見当違いの事を呟きます。
「あ、ありがとう。魔法使いさん」
魔法使いにお礼を言い、全て終わった気になったアデラレーゼでしたが――
「そこまでだ、賊共!」
そう上手く事が運ぶなら苦労はしません。
鋭い掛け声と共に槍を携えた青年が二人の前に立ち塞がりました。
最強にしてアホな騎士、ムテキンです。
「見事な偽造招待状に仕方なく通してしまったが、やはり只者ではなかったようだな。大人しく縛に付いて貰うぞ!」
威嚇するように槍を構えるムテキン。
隙の無い見事な構えは甘い顔付きと相成り、見る人が見れば痺れて失神でもしそうなくらい格好よく決まっています。
とてもお馬鹿な人とは思えません。
「あ、アレが見事って。お、お腹が……」
もう少しで全て上手くいくと思い、気が緩んでいたのでしょう。
ムテキンの姿と言葉が笑いのツボに入ってしまい、こんな時だというのにアデラレーゼは笑いを堪えるのに必死です。
「笑っておる場合ではないぞ、アデラレーゼ。こやつはこれでもこの国最強の兵士、先ほど衛兵達に囲まれた時よりもピンチかもしれぬ」
「あ、アレ以上の窮地……」
先ほどはミュリエルが助けてくれたから何とかなりましたが、奇跡がそう何度も続くとは思えません。
アデラレーゼの顔が絶望に歪みます。
「アデラレーゼよ、家までの道は解るな?」
そんなアデラレーゼに魔法使いは静かに語りかけます。
今までに無い、真面目な……言い換えれば余裕がなさそうな顔です。
「解るけど、まさか魔法使いさんまで残ろうっていうの?」
「後、確か泳ぎは達者じゃったな? 衰えておらぬよな?」
「た、確かに泳ぎは得意だし好きだけど何で知ってんのよ? 私が最後に泳いだのって五年も前なのよ?」
実は魔法使いが本職で、副職は巷で流行りのストーカーさんなのでしょうか?
さすがのアデラレーゼもドン引きです。
「魔法使い相手に細かい事を気にするでない。ふむ、この角度と距離なら余裕じゃな。おあつらえ向きに無風とまできておる……」
そんなアデラレーゼの反応などお構い無しに、ブツブツと呟きながら魔法使いは窓の外を眺めます。
「思えば、お主には魔法の道具を見せる事はあっても、ワシ自身の魔法を見せる機会が今まで無かったのう……」
「……私をここに連れて来た時、服とかを崩さずに運んだのは魔法じゃなかったの?」
「アレは魔法のようなワシの個人技、別名、ただの体術じゃ」
そして、魔法使いは荷物でも運ぶようにアデラレーゼを肩に担ぎ上げます。
「ちょっ、ちょっと。いきなり何する気よ」
アデラレーゼの抗議の声は、魔法使いには届きません。
「しかと見、肌で感じよ」
アデラレーゼを担いだ体制のまま、大きく身体を捻って力を溜めると――
「マッスルマジック、『ムリヤリショートカット』!!」
掛け声と共にアデラレーゼを窓の外に見えている湖へとブン投げました。
「これのどこが魔法なのよーーーー!」
豪快過ぎる力技、もとい魔法使いの凄まじいまでの魔法の力でお城の外へと飛んでいくアデラレーゼ。
これこそ体術というか投げ技じゃない、なんて突っ込んでいる余裕もありません。
「はっ……?」
これにはムテキンもポカンと口を開けて、アデラレーゼが窓から飛び出して行くのを呆然と見送る事しか出来ませんでした。
少しの間を置いてムテキンが我に返った時には、既にアデラレーゼは窓の外です。
「ふ、不覚。さすがは魔法使い、見事な魔法を使う」
どうやらムテキンの目にはアレが魔法に見えたようでした。
さすがオツムが軽い人は言う事が違います。
「だが、お主だけでも捕まえないと陛下と王子に会わす顔が無い。多少手荒になっても縛に付いてもらおう!」
叫ぶと、何故かムテキンの額に紋様が浮かび上がりました。
おまけに全身が耀き出すのですから、この男、侮れません。
「上等じゃ! この身体になってからずっと、お主と本気で戦ってみたかったのじゃ!」
しかし魔法使いも負けていません。
こちらも負けじとばかりに全身を光らせると、マントの下から取り出した杖を、まるで槍のように構えます。
「その構え、もしや貴方は……」
魔法使いの隙が無い見事な構えにムテキンは何か気付いたようでした。
学問方面でのオツムはアレかもしれませんが、武術方面の知識や経験、勘などは天才騎士の名に恥じぬものがあるようです。
「戦いの前に余計な言葉は無粋じゃろう。疑問があるなら、その槍で確かめい!」
ですが、ムテキンの疑問に答えず魔法使いは吼えるように叫びます。
するとどうでしょう。
圧倒的な気迫に空気は震え、床には亀裂が走っていくではありませんか。
「確かに言葉は無粋。王国騎士団、ムテキン、参る!」
魔法使いの気迫に答えるようにムテキンも名乗りを上げると、残像すら見えない速度で魔法使いへと突撃します。
ぶつかった杖と槍が衝撃波を放ち、二人の人を越えた戦いが始まりました。
あまりの激し過ぎる戦いに、城の外観が悪い方に大きく変化してしまったのは別の話。
○ ○
さて、湖にブン投げられたアデラレーゼですが――
「何が泳ぎが得意か、よ! 死ぬかと思ったわ!」
逃げている事を忘れ、怒りに叫びを上げていました。
無理もありません。
勢いよく投げ飛ばされたアデラレーゼは水切りの石のように何度も湖を跳ね、陸地の手前でようやく着水したのです。
後一回でも跳ねていたら地面に激突していたところでしたし、下手をすれば死んでいたかもしれません。
さすがに怒るのは当然の事と言えるでしょう。
「にしても脱出したのはいいけど、ここからどうすればいいのよ……」
アデラレーゼには魔法使いのような体力はありませんし、ガラスの靴も落としてしまい裸足です。
頑張れば歩いて屋敷まで帰れない事はないですが、少々きついものがあります。
「うだうだ言ったところで始まらないわね……」
しかし、だからと言って立ち止まっていては逃がしてくれた魔法使いやミュリエルに顔向け出来ません。
気合を入れるように一人呟いて歩き出そうとした時です。
「お姉様、早くこちらへ!」
「早く早く! 衛兵が来ちゃうよ」
予想外の人物がアデラレーゼへと声を掛けてきました。
血の繋がらない妹、メアリーとリルムです。
アデラレーゼが着水した近くの岸で、馬車を待たせていました。
「どうしてここに……」
「正門は警備が厳重で逃げるなら裏口から湖を使うしかないと、お母様が仰っていたんですわ」
「お義母様が?」
「さすがに飛んでくるのは予想外でしたが、とにかく早く乗って下さい。誰か来る前にこの場を離れないと!」
「え、ええ……」
あまりの手際の良さに疑問を覚えるアデラレーゼですが、考え込んでいる暇はありません。
どこか釈然としないものを感じつつも、アデラレーゼは馬車へと乗り込みます。
「それじゃ、いっくよー!」
叫んでリルムが馬車を走らせました。
さすがは稀代の女将軍にして、史上最強の鞭使いと言われたミュリエルの娘です。
素晴らしい鞭捌きで馬を操ります。
「凄く綺麗でしたわ、お姉様。正直、あまりに綺麗過ぎて解らないくらいでした。お母様は一目見ただけで解ったみたいですけど」
「や、やめてよ。そういう見え透いたお世辞言うの……」
「ちょっと二人とも、手綱握ってるボクの後ろで楽しそうに話さないでよ。気になって集中出来ないじゃん」
先ほどまでの出来事が嘘のように、和気藹々とした和やかな様子で馬車は駆けていきます。
(お義母様と魔法使いさんも、無事だといいんだけど……)
馬車に揺られ妹達と話す中、アデラレーゼの頭に二人の事が思い浮かびましたが――
そんなアデラレーゼの不安とは裏腹に、邪魔一つ入る事なくアデラレーゼ達は屋敷まで辿り着いたのでした。
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