第9話 逃避行
「この馬鹿娘が! 断るにしてももっと上手い断り方があるじゃろう! 命を粗末にするなど騎士の所業ではない、愚者のやる事じゃぞ!」
部屋を抜け出して早々、アデラレーゼを抱えた状態で魔法使いは怒鳴りつけました。
とても逃亡中の人間とは思えない大声です。
「そんな事は言われなくても解っているわ。『騎士とは国の為、そして民の為に命を懸けるものであり、無駄死になど恥としか言いようがない。』私の尊敬する騎士が言った言葉よ」
「……この国の、元騎士団長の言葉じゃな」
それはアデラレーゼの実父であり、騎士団長でもあった人の言葉でした。
走る足を止める事無く、魔法使いが相槌を打ちます。
「王子様って言えば王様が居ない今は一番上の人、国民のお手本にならないといけない人よ。その人が見た目や第一印象だけで生涯の伴侶を選んでいいなんて、私は思わない。むしろ、そんな思慮の浅い人が国を治めちゃいけないとすら思う。それに王子の結婚相手なら王妃って事になるわ。王様ほどではないとは言え、やっぱり偉い人である事には変わりない。そんな人を舞踏会で決めようって事自体がそもそもの間違いなのよ」
伝統とも言える舞踏会の全否定です。
下手をしなくても今までの王族、紡がれてきた伝統を全て侮辱したと言われても文句が言えない程の完璧な否定っぷり。
冗談抜きで打ち首になっても文句言えません。
「……金と権力が無ければ統治など出来ようもないし、伝統は大事じゃ」
「確かにお金とか伝統って大事だとは思うわよ。でもね、それが全てじゃないとも思う。もしそれが全てだって思われてしまったら、モラルや努力なんて無い。上辺の取り繕いと騙し合い、お金と権力だけが支配するのが常識になってしまうかもしれない。大げさかもしれないって言われると思うけど、そんな可能性があると思うの」
「……そう、だったのかもしれんな」
アデラレーゼの言葉に何か思う事があったのでしょう。
魔法使いは足を止めると、どこか遠くを見詰めるように目を細めました。
何かを懐かしむようでありながらも、深い悲しみを秘めた瞳が何を思い出しているのかはアデラレーゼには解りませんでした。
「そうなってしまったら国はボロボロ。生まれてくる子どもだって親に愛される事も人の愛し方も、人として大切な心も知らずに育てられるかもしれない。利用する事や蹴落とす事が当然みたいな雰囲気が生まれてしまうかもしれない。それを止める為なら、無駄死になんかじゃない。十分、命を懸ける価値があると私は思うわ」
それ以上、魔法使いの悲しげな顔を見たくなかったのでしょう。
必要以上に強く大きめの声で、キッパリとアデラレーゼは言い切ります。
迷いなんて一切ありません。
「……馬鹿娘が。それでも、お主が死んだら悲しむ者が居るだろう? 残される義理の母や姉妹の気持ちを考えたりはせなんだか?」
アデラレーゼの優しさに気付いたのでしょう。
魔法使いは悲しげな顔を引っ込めると、逆にアデラレーゼを気遣うように見詰めます。
「その気持ちは痛いほど解っているつもりよ。でも、だから行き過ぎだって思っても止められなかったの。色々言ったけどね、魔法使いさん。単に私は戦争なんて起こしている王族に文句が言いたかっただけよ。お父様を返してってね。子どもでしょ?」
悪戯っぽく笑うアデラレーゼ。
誇らしそうでありながら、それ以上に痛々しい笑いに魔法使いは目を逸らしました。
「……馬鹿娘が。父親が知ったら間違いなく悲しむぞ?」
「……そうね」
目を逸らしたまま呟く魔法使いの言葉に、アデラレーゼが短く肯定の言葉を返します。
すると、二人の間に沈黙が降りました。
暗くて重い雰囲気が漂います。
「……ねえ、魔法使いさん?」
そんな雰囲気の中、アデラレーゼが口を開きました。
暗い雰囲気を変えるどころか、今にも消えてしまいそうな弱く儚い声です。
「本当に私が死んだら家族。おか……ミュリエルさんは悲しんでくれると思う? 泣いたり苦しくなったりするくらい、悲しんでくれるかな?」
自信無さげに呟かれた声に魔法使いは危うくアデラレーゼを落としそうになりました。
アデラレーゼの質問する声に、諦めしか感じなかったからです。
魔法使いがアデラレーゼに持っている印象からは、考えられない暗い声色でした。
「何を言っておる? 確かに昨今では虐待だの育児放棄だの親の資格どころか、親という言葉を使う事すら嫌になる人間も増えているが、お主の母親に限ってそれはない。それとも何かあったのか?」
「だって私とミュリエルさんは血が繋がってないし、それに――」
「見付けたぞ、怪しい半裸マッスル! こっちだ、誰か来てくれ!」
アデラレーゼが涙声で何かを語ろうとした、まさにその時です。
衛兵が逃げている二人を発見してしまいました。
「……空気の読めない警備兵じゃな。本来は早く現れた事を褒めるべきなのじゃろうが、せめて今だけはもう少しくらい遅く来てほしかったと思うわい」
あまりの空気の読めなさに、少し怒り気味に魔法使いは呟くと抱えていたアデラレーゼを地面へと下ろし、拳闘の構えを取ります。
どうやら、衛兵を殴り倒してでも突破する気のようです。
「……出来れば手荒な真似はしたくない。大人しく降伏してくれ」
しかし、ここは城の中であり警備を任されている衛兵が一人な訳がありません。
どこに居たのかというくらいワラワラと衛兵が現れ、あっという間に魔法使いとアデラレーゼを取り囲んでしまいました。
「むう。さすがにこの数の中、二人で逃げるのは無理か……」
「もういいわ、心配してくれてありがとう。魔法使いさん一人なら逃げられるわよね?」
元々、アデラレーゼ自身に逃げる気はありません。
魔法使いだけでも逃げてもらおうと、庇うようにアデラレーゼが前に出たその時です。
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