第8話 エロダンスと不敬罪

 舞台上で踊るアデラレーゼの姿に、誰一人声を上げる事が出来ませんでした。


 ベールの隙間から見える二の腕や太股が激しい運動の影響で火照り、透き通るような白い腕や太股が汗で塗れてテラテラと光ります。激しい運動のせいか上下に揺れ動く喉からは、音なんてしてない筈なのに熱い吐息が聞こえてくるかのようであり――


 誘うかのように腰をくねらせ、そして大胆に前後へと揺らす独特の踊りは、時に甘える猫のような無邪気さを、時に寝所へと淫らに誘うような色気を感じさせ、性別問わずに誰もが生唾を飲み込ませます。


 それはあまりに美しく、それ以上に艶かしい姿でした。


 まあ、言ってしまえば最高にエロかったのです。


 それでも誰一人、文句の声一つ上げる事無く見入ってしまったのは、下品な嫌らしさではなく、洗練された美術品のような色気を醸し出していたからでしょう。


 時すら忘れ、誰もがアデラレーゼの踊りに見惚れました。


 ですが、いくら素晴らしい踊りにも終わりの時はやってきます。


 服でも脱ぐかのような仕草で髪の毛を掻きあげ、身体の線を強調するように身を逸らすと、ピタリとポーズを決めて静止しました。


 するとどうでしょう。


 踊る直前のように再びアデラレーゼの身体から白い煙が噴出します。


 大量の煙に包まれ、姿が見えなくなるアデラレーゼ。


 煙が晴れた時には、元のお姫様衣装に身を包んでいるものの、やたらと顔が赤いアデラレーゼが姿を現しました。


 その耳まで赤い顔を俯かせると、小走りで舞台袖の魔法使いへと歩み寄ります。


(な、何よ今の破廉恥な踊り……)


(ワ、ワシに聞くな。お主の心に聞けい)


(……アンタ、私の心が破廉恥だって言いたいの?)


(不景気で質や安全性より数や値段を重視しておるからのう……。もしかしたら不良品が支給されたのやもしれぬ)


(後で問題起こした方が損するんだから商品には安心と信頼をっていうか、そもそもヴァルハラにも不景気とかあるの!)


 躍った本人も躍らせた魔法使いも予想外だったのでしょう。


 小声で気まずげに話しており、アデラレーゼなんてちょっぴり涙目です。


「……」


「…………」


 そんな舞台の上の二人の事すら気にならないくらい、城内は異様な静寂に包まれていました。


 静かな事は静かなのですが、男女共にどこか赤らんだ顔でモジモジと気になる異性をチラ見しているのです。


 中には、熱にうなされているような熱い息を吐く熱っぽい淑女や腰の引けた前屈み状態になっている紳士も居ます。


 何だかとってもエッチで、舞踏会の雰囲気ではありません。


「……ふむ。どう判断しますか、王子?」


 意外とも言うべきか。


 そんな城内の空気に流される事無く、かといって変態的な表情をするでもなく、真面目な顔で考え込んでいたエロイゼ大臣の呟きがポツリと響きます。


「す、素晴らしい! 何と刺激的で情熱的な踊りだ!」


 そんなエロイゼ大臣の呟きに反応し、王子が賞賛の声を上げました。


 興奮を隠せないのか、座っていた玉座を倒すんじゃないかという激しい勢いで立ち上がり、盛大な拍手を奏でます。


 手が壊れるんじゃないかという激しさです。


「ええ、見事な踊りだったわ」


 それにワンテンポ遅れる形で、ミュリエルも惜しみない拍手をアデラレーゼへと送りました。


 こちらもこちらで、王子に負けじと言わんばかりに必要以上に力強く手を叩きます。


「うむ、斬新な踊りでしたな」


「ええ、独創的ですね」


「わたくし、何だか身体が火照ってきましたわ」


 一度、賞賛の流れが出来てしまえば流れに乗るのが人間です。


 最初に褒めたのが王族なのも大きかったのでしょう。


 口々にアデラレーゼの踊りを褒め称える言葉が響きます。


「どうか私と結婚して下さい! 独創的な踊りを奏でる美しい方!」


 そして流れに乗るかのように、王子がアデラレーゼへと結婚の申し出を行いました。


 プロポーズの作法や礼儀も忘れた完全な勢い任せの告白です。


「お幸せに、王子様ー!」


「キー、この泥棒発情猫! 恨まれるくらい幸せになりなさい」


 そんな恋愛事に必要な桃色成分の全く無い告白ですが、玉の輿というか王子様狙いの女性人に気持ちは完璧に伝わったようでした。


 次から次に声が上がり、中にはハンカチを噛む者まで居ます。


 しかし、そこにアデラレーゼを憎む声はありません。


 何故なら、アデラレーゼの踊りは扇情的ではあったものの、あまりに美しくかったからです。


 多少の僻みを抱く者こそ居たものの、誰もが自分の敗北を認め、アデラレーゼこそ王子に相応しいと文句の一つも無く思えたからでした。


「謹んで、お断りさせて頂きます、王子様」


 ですが、そんな人々の心は裏切られます。


 アデラレーゼの口から放たれた、まさかのお断りの返事でした。


「王子様、私は踊りだけで人柄が解るとは思っていません。もしかしたら私が玉の輿や権力を狙っているだけの女の可能性もあると思います。国と自分の為を思うなら、どうかもう少し検討した上で伴侶をお選びになってはどうでしょうか?」


「え?」


 断れた上に説教までされるとは微塵も思っていなかったのでしょう。


 王子は整った顔を崩すと、驚いた顔のまま固まってしまいます。


「それに私自身、王子様自身の人柄も解らないのに一生愛する自信も、この身を捧げられる勇気も出せませんわ。だからごめんなさい、王子様。折角の申し出だけどお断りさせて頂きます」


 王子や周囲の反応など気にもせず、一息でそれだけ言ってしまうとアデラレーゼは静かに目を瞑り、スカートを軽く摘まんで軽くお辞儀をします。


 その仕草はどんな言葉よりも雄弁に、アデラレーゼの気持ちを語っていました。


『もう何も言う事はないです、だから早く捕まえて下さい』と。


「…………」


 重苦しいまでの静寂が当たりを包み、誰一人、声を上げるどころか身動き一つ出来ません。


 あまりにも潔いアデラレーゼの姿や態度は、神々しさすら感じさせる程であり、誰もが見惚れ、圧倒されていたのです。


 まるで一つの絵画にでもなってしまったように誰も動きませんでした。


「ええい、この馬鹿娘が!」


 凍り付いたかに思えた時を、怒号と共に魔法使いが打ち破ります。


 叫んだ勢いのままに魔法使いはアデラレーゼを抱え上げると、舞台の上から文字通り飛びました。


「と、飛んだ!」


 アデラレーゼを抱えたまま、驚くべき跳躍力で招待客の頭上を飛び越える魔法使い。


 それは脚力こそ半端でなかったものの、魔法でも何でもない見事な宙返りでしかありませんでしたが見る者の度肝は抜けたようです。


 驚き固まる衛兵や招待客を無視し、魔法使いが一目散に駆け出します。


「は、離して! 魔法使いさん。これは私が勝手に――」


「喋るな、舌を噛むぞい」


 暴れるアデラレーゼを気にも留めず、出口まで一直線。


 履いていたガラスの靴がカランコロンと両足共に落ちた事もお構い無しです。


「ふ、不敬罪と誘拐罪と……ええい、面倒だ! とにかく二人を捕らえろ!」


 走り去る魔法使いの背中に衛兵の声が掛かりましたが、やはり魔法使いは止まりません。


 出入り口となっている扉を、黒い旋風が駆け抜けました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る