第5話 最強にして阿呆騎士ムテキン
あれから一時間程度。
湖を背にした雄大なお城のすぐ傍に、アデラレーゼと魔法使いは居ました。
「……アンタのどこが魔法使いなのか、激しく問い詰めたいわ」
「魔法使いに幻想を抱くのはよしてくれんかのう。出来る事と出来ない事くらいあるわい」
城までは馬車ならば一時間は掛かる道でしたが、僅か三十分で二人は到着していました。
別に魔法の箒や空飛ぶ絨毯を使った訳でもありません。
馬車の走れない悪路や裏道を、馬以上の速度で魔法使いが自らの足で駆け抜けたのです。それも、アデラレーゼを荷物のように背負って。
ひそかに御伽噺に出てくるような魔法を期待していたアデラレーゼは、少しガッカリです。
「あんな運ばれ方されたのにドレスに全く乱れが無いってのが一番凄いわ……」
「フフ、それこそワシの魔法。ヴァルハラの勤務時間である翌日の十二時までワシの魔法は炸裂しまくりなのじゃ」
「ああ、そう……」
したり顔で笑う魔法使いに、アデラレーゼは突っ込む気力も起きません。
もう魔法使いは放っておいて、お城へ行こうとした時です。
「あら、あの人は確か……」
城門の傍で槍を携えている、自分と同じくらいの年の甘い顔付きの青年を発見します。
「ほう、ムテキンじゃな。九歳という異例の速さで騎士入りし、今や最強の男の名を欲しいがままにする天才騎士……」
それは魔法使いの説明どおり、ムテキンという名の騎士でした。
女性に困らさそうな甘い顔付きとは裏腹に浮いた噂の一つも無く、戦場での輝かしい噂だけが飛び交う事から英雄のように扱われている、ちょっとした有名人です。
「マ、マズイんじゃない? ちゃんと招待状持ってるの?」
「安心せい、ワシを信じろ」
不安そうなアデラレーゼの声に、魔法使いは自らの分厚い胸板を叩きます。
具体的には何の根拠も示してくれないだけに、余計に不安です。
「招待状を」
そうこう言っている間に城門へと辿り着いたアデラレーゼ達に、ムテキンから催促の声が掛かりました。
「うむ、これじゃ……」
水晶玉と同じようにマントの下から招待状と思われる封書が出現します。
さすがに水晶玉と違って隠せるサイズなので、もうアデラレーゼは驚きません。
「拝見します」
アデラレーゼは後ろから招待状を覗き見て、心臓が止まりそうになりました。
子どもの落書きにしか思えない汚い文字で書かれていたからです。
おまけに王国認定の印が押されていなければいけない場所には、おそらく芋で作った判子で『明けましておめでとう』などと押されていました。
どこをどう見ても偽物です。
招待状とはいえ書類、しかも王国印が押された物の偽物を作ったとあっては、死刑は免れないでしょう。それほどまでに公的文書の偽造とは、この国では重い罪なのです。
こんな怪しい男の口車に乗せられるんじゃなかったわ、とアデラレーゼは人生の終わりを感じて嘆きました。
「うむ、まさしく招待状。宴の始まりはもう迫っている。早く行くが良い」
ですが、門番であるムテキンから放たれた言葉にアデラレーゼは目を丸くして驚きます。
「何を驚いておる? さっさと行くぞ」
アデラレーゼが何か言う前に、魔法使いは手を引いて歩き出します。
「驚いたわ、今のも魔法?」
幻覚か何かを見せる魔法でも掛けたのか関心半分、興奮半分で尋ねました。
「いや、単にヤツの頭が悪いんじゃ」
しかし、そんなアデラレーゼの言葉を魔法使いはすぐに否定します。
「ヤツはああ見えて色々あった苦労人でのう。武技に長けている代償として頭が壮絶に悪いのじゃ。狼藉者なら門番である自分を倒して侵入しようとするか、隠れて潜入するとしか思ってないんじゃよ。だから何でもいいから紙を見せれば通用する。魔法も何も使っちょらん」
あっけらかんと言う魔法使いに、アデラレーゼは頭痛を覚えました。
「……この国大丈夫?」
「別にヤツが政治を行っておる訳でもなければ部隊を任された隊長でもない一兵でしかないからのう。特に問題ないじゃろうて。それに、王族からの命令や少しでも王族に殺意ある者が近付けばどこからでも駆けつけて来るから心配する事はない」
そんなアデラレーゼとは対照的に、魔法使いはカラカラと音を立てて笑います。
「そういう問題なのかしら?」
「ほれほれ、終わった事は気にせず早く行くぞ。ここまで来て間に合わなかったらお笑い草じゃからな」
「そうね、もう何も気にしないでおくわ」
もう何もかも疲れたように投げやりにアデラレーゼは答えます。
城門を潜り、廊下を抜ければすぐに舞踏会場となっている大広間です。
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