第4話 アデラレーゼは素直な子

「アレじゃ、行くだけ行く気はないかのう? 御馳走も出るしパーティーは楽しいぞ?」


「そ、それに私、何も踊れないから恥かいちゃうじゃない……」


 言うとアデラレーゼ顔を赤らめ、モジモジと顔を逸らします。


 ここに来て、初めてアデラレーゼが年相応の可愛らしい仕草を見せました。


 剣に勉強に家事と、アデラレーゼの人生には学ぶ事は多く、踊りまで学んでいる時間はなかったようです。


「そんな時こそ、このワシ、魔法使いの出番じゃ」


 風にゆらゆらと靡くマントから、魔法使いは片手で持つには大き過ぎる光り輝く水晶玉のようなものを取り出しました。


 明らかにマントの下やパンツの中に隠せる大きさのものではありません。


 あ、本当に魔法使いだったんだ、と言わんばかりの顔でアデラレーゼも驚いています。


「この魔法の珠は、触れた者の心に反応して靴や衣装に変形する上に一瞬で装着可能な優れもの。おまけに使用者の心に反応し、まるで使用者の心根を表したような踊りを躍らせてくれるのじゃ」


「それ、心が汚かったら酷い踊りになるって事じゃない?」


 何が何でも売り付けようとするインチキ商人を思わせるトークに、アデラレーゼは冷静に突っ込みを入れました。


「確かにそうじゃが、お主が気にする必要はなかろう。家事を一手に引き受け、その合間も剣の鍛錬を欠かさない。その上、王族や世間に縛られずに自分の正義を育んでいるお主の心が汚い訳がないじゃろうに」


「あ、ありがと……」


 家族以外には、あまり褒められた事がないアデラレーゼは顔を赤くします。


 ですが、それでも彼女の胸がときめく事はありません。


 さすがにいくらアデラレーゼが常人より見た目を気にしないタイプとはいえ、マントとパンツの変態にときめくほど変な趣味ではありません。


 服装は紳士の嗜み、それをおろそかにする男にアデラレーゼはときめかないのです。


「さあ、これで踊れないからといって恥をかく事も無い。ドレスで身を着飾ったり、王宮自慢のご馳走を食べてみたいとは思わんか?」


「そ、それはその……」


 家事が忙しくてお洒落に気を使う余裕がなくても、アデラレーゼは身も心も乙女です。


 煌びやかなドレスで身を飾る事や、ご馳走に興味が無いかといえば嘘になります。


「だ、大体ね。今から支度したって間に合わないわよ。今すぐ出て馬車を飛ばせば間に合うかもしれないけど、こんな格好で出ろって言うの? 入場時間までもうそんなに時間ないのよ?」


 先にも述べたとおり、アデラレーゼが着ていたのはメイド服でした。


 昔居た使用人達のお古でたくさんある上に、意外と動きやすく、案外可愛らしいという事もあって何気にアデラレーゼのお気に入りの服なのですが、それでもメイド服は使用人の服です。


 さすがにパーティーに参加する事は出来ません。


「そこは安心せよ。ワシは馬車より早く城まで辿り着く。素早く支度をすれば十分に間に合うじゃろう」


「素早くって……。アンタ、乙女の身支度を何だと思ってるのよ?」


「ふむ……」


 アデラレーゼの言葉に、わざとらしい声と仕草で考え込むように魔法使いは頷きます。


「舞踏会とは王子の結婚相手を決める、いわば玉の輿を賭けた女の戦場と聞き及んでおる。騎士の名家と呼ばれたミュスカデ家の娘ともあろうものが、戦場に行く身支度一つ素早く出来んとはのう。さすがにそれはワシも予想外……」


「黙りなさい!」


 魔法使いは最後まで話す事が出来ませんでした。


 恐るべき早業でアデラレーゼが首元に剣を突き付けていたからです。


「じゃが、現に支度一つ出来ないのじゃろう? 図星を突かれたからと言って剣に訴えるとは、それこそ騎士の名門ミュスカデ家の名が泣くのではないかのう?」


 ですが、魔法使いは顔色一つ変える事無くアデラレーゼへと囁きかけます。


「……上等よ」


 こうまで言われたら、アデラレーゼは黙ってられません。


「どのくらいで支度すれば間に合わせる事が出来るのよ?」


 何が何でも間に合わせるという決意を込めた瞳で魔法使いを睨み付けます。


「三十分以内であれば、どうにか出来ると思うんじゃが……」


 そんな視線などどこ吹く風と言わんばかりに静かな声で答える魔法使い。


 しかし、狙い通りと言わんばかりに口元が歪んでいるのは普通の人なら誰でも気が付く事でしょう。


「解ったわ、二十分で完璧に支度する。そこで待ってなさい」


 ですが、頭に血が上ったアデラレーゼは気付きません。


 荒々しい口調で呟いたかと思うと、振り返る事もせずに屋敷へと走り出します。


 だからアデラレーゼはもう一つ、気付きませんでした。


「やれやれ、困った娘じゃ……」


 魔法使いが、とても優しい顔でアデラレーゼの背中を見送っていた事に。

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