第3話 魔法使いという名の筋肉

「見て解らない? 剣術の稽古に決まってるじゃない……」


 しかし、アデラレーゼは話し掛けてきた誰かを気にも留める事無く再び剣を構えると、鍛錬を続けようとします。


「え?」


 と、そこでアデラレーゼは違和感を覚えました。


 家の住人はアデラレーゼを除いて、全員が舞踏会へと出掛けているから誰も居ない筈ですし、そもそも女所帯の家でいきなり男の声がする事がおかしいのです。


「誰!」


 アデラレーゼは声が聞こえた方から飛び退きつつ振り返り――


 そして目を疑いました。


 そこに居たのはあまりにも怪しい大男でした。


 黒いトンガリ帽子を頭に被り、同じような色合いの黒いマントを羽織っているという装備だけを見ればおとぎ話にでも出てくる魔法使いを思わせるものがあります。


 ですが、申し訳程度に羽織られているマントの下は木綿のパンツ一枚で、鍛え上げた肉体を露わにしている姿からは、魔法使いに必要な幻想的な雰囲気が一切ありません。


 あるのは変質者を思わせる異質なまでの存在感だけです。 


「曲者!」


 予想外の出来事にアデラレーゼが止まっていたのは、ほんの僅かな時間。我に返ったアデラレーゼは迷う事無く持っていた剣を怪しい男へと突き出します。


 鍛え続けてきたアデラレーゼの剣の鋭さは、現役の騎士にも劣りません。それどころか凡百の騎士なら反応も出来ないくらい速いものでした。


「中々に鋭い剣じゃのう」


 しかし、どうやら怪しい男は並みの使い手ではなかったようです。


 力はありそうですが鈍重そうな肉体とは裏腹に、残像を残すほどの速さで突きを交わすと、アデラレーゼへと向かい合います。


 そこには真剣に晒されているという気負いや焦りなど一切ありません。


 あるのは数多の戦場を駆け抜けてこなければ身に着かない、猛者の落ち着きだけです。


「見た目と違って素早いじゃない……」


 呟いて剣を構え直したアデラレーゼでしたが、内心では困り果てていました。


 たったの一突きで大男との実力の差をヒシヒシと感じていたからです。


 別にアデラレーゼは潔く散る事が騎士道などとは思っていません。


 アデラレーゼの大好きなお父様から言わせれば『騎士とは国の為、そして民の為に命を懸けるものであり、無駄死になど恥としか言いようがない』のだそうです。


 そんなお父様の言葉を心に留めているアデラレーゼなので、本当に危なければ逃げる気はあったのですが、背を向ければその場でやられてしまうのではないかと思い、動くに動けなかったのでした。


「そう怖い顔をするでない。ワシはお主をどうこうしたい不埒な賊でもなければ、財産に目が眩んだ物取りでもない。お主を舞踏会に連れて行く為、遠い遠いヴァルハラからやってきた魔法使いじゃ」


 言いながら魔法使いは杖を地面に捨てると、両手を上に掲げて、自分に敵意が無い事をアデラレーゼに主張します。


 ちなみにヴァルハラとは、生きている間に大きな功績を残した英雄だけが行く事が出来る死後の世界と言われており、こんな半裸筋肉の魔法使いが居るという伝承はありません。


「いらないお節介よ。親しいどころか、名前も顔も知らないような赤の他人から情けや施しを受けようとは思わないわ。どうしても誰かを救いたいっていうのなら、今にも飢え死にしそうな人とか、自分の友人か大事な人にでも手を差し伸べる事ね」


 しかし逆にアデラレーゼは警戒の色を強めると、いつでも攻撃出来るように腰を落として、剣の切っ先を魔法使いに向けました。


「ええい、こちらにはこちらの事情があるのじゃ。大人しくワシの施しを受けい!」


「嫌よ、胡散臭い」


 取り付く島もありません。


「そもそも施し以前に何が気に入らなくて舞踏会に行かないのじゃ? 年頃の乙女と言うのは王子との結婚を夢見ているものではないのか?」


「それよ、それ」


 魔法使いの言葉に気になる事があったのか、アデラレーゼが元気に声を上げました。


「む、どれじゃ?」


 しかし魔法使いは自分の言葉のどこに突っ込みどころがあったのか解らず、首を傾げます。


「踊りだか何だか知らないけど、そんなもので結婚相手を決めるってのが信用ならないのよ。王族だか何だか知らないけどね、相手の性格も何も知らずに一生を添い遂げる相手を選ぼうとするような人の為に舞踏会に行こうとは思わないわ」


「あー、確かにお主の言う事にはワシも全面的に賛同したくなるのじゃが、ホラ、アレじゃ。踊りには人柄も出ると言うしじゃな……」


「そもそも踊りを見て選んでいるか自体が怪しいわよ。顔とか身体でも見て決めてる可能性だってあるじゃない? そんな見た目しか見てない相手なんて王族であってもゴメンだわ」


 ピシャリとアデラレーゼは言い放ちました。


 いくら魔法使い以外に聞いている者が居ないとはいえ、王族への侮辱は不敬罪に問われる事もあり、最悪だと極刑、要するに死刑になる事もあるというのに豪胆な事です。


「確かにお金が無いより有った方がいいとは思うわよ? でも、暮らすのに苦しくないだけのお金があるなら、私の事を想ってくれて、私も何かしてあげたい、そんな風にお互いを想い合える相手を探したいの。ないとは思うけど、王族に誘われたら嫌でも断れないじゃない? 家族に迷惑掛かっちゃうだろうしさ」


「う、うーむ……」


「それにね、お父様の遺してくれた家だってあるし、ちょっと上手く話せてないけど優しい素敵な家族だって居るわ。玉の輿だの何だのよりも、私は、私と私の家族を大切にしてくれる人と結婚したいの。そういう相手が居ないなら、私は生涯を剣に捧げる覚悟は済んでいるわ」


「ド、ドライなのかロマンチストなのかリアリストなのか解らん娘じゃのう……」


 年頃にありがちな斜に構えただけの捻くれた意見などでなく、意外にもしっかりした自分の意見を持っているアデラレーゼに魔法使いもタジタジです。

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