第4話∶いざ、ジェネリシア学園へ(1)
目が覚めると、窓から照らす朝日が眠気を吹き飛ばす。冬の残滓を感じさせる春の朝は肌寒く、穏やかな空気が頬を撫でる。
(えーと、昨日は何してたっけ……。)
疲労が極限まで達したせいで記憶が曖昧だ。
これほどの疲労はゼフの
絹のベッドの隣に設置してあるキャビネットには、見慣れない青い服が畳んであった。
そうだ思い出した。ジェネリシア学園の戦闘試験に合格してから4日もたったんだった。
入学手続きや制服の寸法、諸々の説明を受けるなど、疲労困憊の身で慣れないことをしたせいで、ここ暫くは気絶するように寝ていた。
リトは畳んであった服を手に取り、眺める。何の変哲の無さそうに見える白いワイシャツ、幾つものポケットが付いた実用的な蒼いズボン、魔法的な刺繍と左肩には剣と杖を象徴とするジェネリシア学園のシンボルが刻まれたブレザー。
(本当にジェネリシア学園に合格したんだな)
夢のようだ。数々の勇者や英雄を輩出した学園に、自分も通うことになるとは。
愉悦に浸りながら、ワイシャツの袖に腕を通す。普通のワイシャツのように見えるが、着てみると力が湧き上がるような気がするし、なりより見た目以上に硬い。
制服姿の自分を、部屋に置いてあった鏡に写す。近代的な学徒の制服は、まるで全身鎧を着ているような安心感があった。
なんだか制服に着せられているように見えるが、いつかきっとこの服に相応しい自分になれるはず。
ふとキャビネットに目をやると、紙切れが置いてあった。服の下に挟まってたであろうメモ書きには、ゼフの字でこう書かれていた。
【小僧がここまで成長するとはな。師として、育ての親として、俺は誇らしい。まったく、最初のハナタレとは見違えたものだ。
強くなったな、リト。早く外に来い、ねぼすけ。】
身支度を整えたリトは荷物を手に自室を出て、村の外に向かった。
――――――――――――――――――――――
リトが向かったのは村の入り口。
入り口の広場には村人全員が集まっており、アスガルスの白馬車が2台停まっていた。
ノーチェは既に馬車の前に立っており、みんなリト待ちのようだった。
「リト〜!待ってたよ」
制服を来たノーチェが元気に手を振る。
女性用だからリトのと違うのは当たり前とはいえ、デザインが微妙に違う。
リトの制服は長袖で防御を優先したデザインだが、ノーチェは機動性を優先した半袖。足技主体だからスカートではなくズボンを履いている。
金属を混ぜた黄色い模様もリトのとは微妙に異なる。
なんだかいつもより大人びて見えるのは、きっと気の所為だろう。ノーチェだし。
「ごめんごめん、もう集まっているなんて思わなかった」
「なんだか大人びてるねリト」
「いつまで僕を弟扱いしてるの?」
「だって私がオネーサンだからね〜」
やっぱりノーチェは変わらないな。
「遅かったな。ねぼすけ」
ゼフがリトの肩に手を置く。
「おじさん」
今まで見たこと無いほど、優しい顔をしている。まるで父親のような、そんな顔をしている。
ゼフはぶっきらぼうに鞘の入った剣を突きつける。
「これって…?」
使い込まれたブロードソードだが、それでも丁寧に扱われたことが分かるほど綺麗な刃を持つ剣だった。
竜の頭を模した柄頭に、凹凸の目立つ握り、鍔の中央には黄色い宝玉が埋め込まれている。
「これは俺が現役の頃使ってた剣、【
言われた通りに手を差し出すして、1つのコインを手渡された。硬貨にしては一回り大きい鋼のコインで、表には翼を広げた鷹、裏には太陽が描かれている。
「アスガルスの風習で、一人前の騎士にはこのコインを、卒業の証として渡すんだ」
ゼフは一呼吸置いて、こう言った。
「お前は俺の誇りだ、リト」
この言葉を聞いたリトは思わず感極まって泣きそうになったが、堪えた。まだこれはスタートに過ぎないから。
「ありがとう、おじさん」
「ほら、行ってきな」
リトとノーチェは馬車に乗って、扉を閉める直前で振り返った。
顔見知りの村人達が目に入る。暫くここには帰ってこれないんだなと、村での思い出を振り返りつつ、村人達に別れを告げた。
「みんな!またね!」
――――――――――――――――――――――
馬車の中は思ったよりも快適だった。揺れもほとんどなく、何より椅子がふかふかだった。
窓の景色が物凄いスピードで移り変わる。
馬型の銀像は普通の馬よりも速いらしく、2時間程度しかたってないのに国までもう半分のとこにいる。
ちなみに馬車の中はリトとノーチェと、同い年と思われる青年2人、護衛の冒険者が2人乗っている。
「それにしても思ったよりも広いね、ノーチェ」
「さっき兵士から聞いたんだけど、くうかんかくちょう魔法?で、馬車内の空間が広がってるんだって」
くうかんかくちょう…、空間拡張ってことだろうが、リトは魔法に詳しくないからよく分からない。
「そういえばノーチェが首にぶら下げているそれってなに?神父様から貰ったやつ?」
「そうそう!お父さんが私にくれたんだ〜」
ノーチェが嬉しそうに答える。
首にぶら下げている太陽を模したシンボルは、ノーチェのお父さんが祈りの時によく使っている物だ。
「ゼフおじさんがあげた剣もカッコイイよね」
「うん、おじさんが現役の頃に使ってた剣って言ってたし、相当古い物だよね」
「そうとは思えな」
――ガダンッ!
突然馬車が大きく揺れた。
「きゃぁ!」
「なんだっ!」
そして激しく横転した。
視界が揺れ、身体が壁、床、天井へと打つかる。3回くらい横転してようやく止まった。
一瞬なにが起こったか分からなかった。
馬車の右側が、何かにぶつかったかのように凹んでいる。
外から兵士の怒号、そして怪物の雄叫びが聞こえる。
「何かに襲われた?」
冒険者が扉を蹴破って外を確認しに行った。
「皆様!早く外へ!」
中に居たもう1人の冒険者が避難を呼びかける。
青年2人が外へと出たのに続いてリトとノーチェも馬車から出る。
広大な草原が広がっており、暖かい太陽が照らす。馬車から出ると冒険者がそこに待機するように指示する。
馬車は逆さに横転しており、芸術品のような美しさは見る影も無い。
馬の銀像はとくにひどく。背中が噛み砕かれ、頭が潰されたりと原型を留めていなかった。
「ギァオオオンッ!」
突然、けたましい雄叫びが静寂の草原に響く。
馬車の反対方向からだ。
こっそりのぞき込むと、巨大な二足歩行の竜が護衛の冒険者達を戦っていた。
土色の鱗、発達した二本の巨足、岩をも噛み砕きそうな顎を持った巨大な竜、おそらくあれが馬車に突進したのだろう。
一目見ただけでも恐ろしい、呼吸が上手く出来ない。あの時の情景が嫌でもよぎる。
(怖い…。怖い…。ハァ、ハァ…)
リトは怯えていた。今でもここから逃げ出したくなるほどに。
「落ち着いて下さい!もう少しで援軍が来ます!ひとまずここを離れ」
――ガダンッ!
レンジャー風の冒険者が言い切る前に、目の前で銀馬が降ってきた。落下の衝撃で馬が粉々になって、見上げると元凶がそこにいた。
緑色の鱗、鋭く長い尻尾に蝙蝠のような大きな翼の腕の生えた竜。
「くそ!入学初日に…!」
同乗していた青年が弓を構えて、放つ。
しかしそれは飛竜に当たることは無かった。
「君!早く逃げなさい!」
冒険者が青年にそう怒鳴って、鉤爪の付いたロープを取り出す。
ロープを飛竜に向かって投擲して、見事翼に引っ掛けた。
「俺だってやれるんだ!」
怒鳴られた青年が再び弓を構えて、振りほどこうと暴れている飛竜に標準を合わせる。
「喰らえ、」
青年が別の飛竜に連れ去らてた。
飛竜は青年を掴んだ状態で上昇し、鋭い尻尾を青年に突き刺す。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
青年の断末魔が辺りに響き、飛竜は青年を離す。高度20メートルからの落下で生きてるはずもなく、青年は嫌な音を立てて地面に激突し、草を赤く染めた。
「はぁ、ハァ、ハァ、はぁ…」
リトの呼吸が尋常じゃないほどに乱れる。
ノーチェはリトの背中をさすって安心させる。
「大丈夫だよリト!今のリトは強いから!」
冒険者もいつの間にか冷たくなっており、後から兵士の亡骸が飛んできた。
(怖いけど、それでも…!)
リトはモンスターにトラウマがある。
それでも、戦わなければ、勇者になんかとうていなれない。
飛竜がリトに掴みかからんと向かってくる。
リトが剣を構え、迎え撃とうと飛竜を睨む。
飛竜の後に、人が居た。
――グサッ
人が飛竜の背中に剣を突き立てる。
「ギェェェェッ!」
飛竜が甲高い叫びを上げ、落下した。
飛竜の背中にさっきの人が、剣を突き立てて立っていた。
青年だった。着ている服はジェネリシア学園の制服のようだが、ブレザーの代わりに東洋人が着るような袴を羽織っており、持っている剣も東洋製の刀だった。銀色の襟の長い髪に、剣のように鋭い眼つきで、瞳の色は夕日を想わせる様なオレンジ色。東洋人は目が黒いと聞いたから、この辺りの人間だろう。
銀髪の青年に飛竜が襲いかかる。
危ない!、そう言う前に銀髪の青年がバックステップで飛竜の頭を避け、首を斬った。
大上段からの一刀両断。飛竜は糸の切れた人形のように地に伏せた。
「あ、ありがとうございます…」
銀髪の青年がこっちに向いた。
飛竜を斬り伏せた青年が、無表情でリトに近づく。至近距離まで顔を近づけたかと思うと、青年がニカっと笑った。
「やっはりその服!オメェも俺と同じか!!」
低いがよく響く声だ。さっきのが無慈悲な狩人と形容するなら、これは天真爛漫な少年だ。ノーチェと似たものを感じる。
あと顔が凄く近い。
「おいおいなに安心してやがる。まだあのでっかいのがいるだろ」
そうだ、まだ
馬車越しから見ると、地竜が兵士を咀嚼していた。銀馬を踏み潰し、足元には動かなくなった兵士や生徒が転がっている。
「ちょうどあの蜥蜴はお食事タイムってとこか、行くぞ!」
あれを蜥蜴と形容することに驚いたが、銀髪の青年が即断即決で地竜へと向かったことのほうが衝撃が大きかった。
「リト、彼一人だと危険だよ!」
そうだ。怖いけど、ここで見殺しにするほうがもっと嫌だ。
血の匂いが鼻につきながらも、銀髪の青年へと続く。もうすでに戦闘は始まっていた。
青年は地竜の猛攻を刀で受け流し、斬りつける。しかし鱗が硬すぎて文字通り刃が立たない。
「脚の裏を狙って!!」
そう言われた青年は脚へとターゲットを変えた。
「サンキュー!―【桜華突】っ!」
地竜の隙を突いて脚裏へと向かった。
腿裏に華の紋様が浮かび上がると同時に、そこに刀を突き刺した。
地竜は腿や腹部分が他の部分よりも鱗が薄く、柔らかい。地竜が青年を蹴り飛ばして、吹き飛んだ。青年が体勢を立て直して、地竜へと睨む。
「さっきのはなかなか痛かったぞ蜥蜴」
また地竜へと突進した。すると地竜は頭を上下に何度も振い始める。
(あの予備動作、まずい!)
「ノーチェ!ブレス対策を!」
「分かった!」
2人は突っ切る青年へと向かい、前へでる。
「キミ、今は危ない!ブレスが来る!!」
「―《
ノーチェが盾を展開すると同時に、地竜が岩の息を吐いた。
鉄をも容易に凹ますほどのスピードを持った石粒の嵐が、三人に襲いかかる。
魔法で何とか軽減できたおかげで、軽傷で済んだ。
「考え無しに突っ込み過ぎだよ」
「ワリィワリィ、お前あの蜥蜴に詳しいんだな」
「これでもモンスターの弱点はだいたい把握してるからね。あいつの首を上下に振る動作はブレスの合図だよ」
「オーケー覚えとく」
この青年、無茶苦茶強いけど無茶苦茶考え無しだ。
「バフは掛けといたよ二人共。まったくキミ考え無しって言われない?」
(まったく、でもおかげで恐怖は消えた)
これが仲間の力なのだろうか。かつての勇者や英雄が感じた力を、リト自信も感じた。
「じぁ青髪、指示は任せたぞ」
青髪って…、それどっちに言ってるの。
リトはそう思ったが、自分のことだろうと理解していたので、言わないでおいた。
「二人共身を引き締めて!」
地竜の咆哮が響き渡り、それが再戦の合図となった。
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