第3話∶辺境の村人 リト(3)
リトがいつも剣を教わっている場所は村の端っこにある。
柵に囲まれた40㎡程の広場で、元々は牛を飼っていた場所だそうだ。しかし草が育たなくなり、牛飼いが別の場所に移してからは、稽古場としてゼフが使っている。
かつて牛飼いの休憩所だった質素な小屋はちょっとした武器庫になり、ゼフはたまにそこで寝泊まりしている。
2人がいつも訓練しているからか、この場所は平穏な村とは変わった空気が漂っている。
しかし今回はいつも以上に緊張感に満ちている。
村人全員が稽古場を囲んでおり、全員が息を飲んでいる。村人の視線の先には、灰色の騎士が剣を杖のように突き刺して立っていた。
騎士は不動の姿勢で直立しており、その姿はまさに銅像の如く。
騎士の無言の威圧に圧倒されている群衆の中から、蒼髪の少年少女が姿を現し、稽古場に立つ。
騎士はその2人に視線を向ける。
「…来たか」
リトとノーチェだ。しかし2人の服装は普段とは違うものである。
リトは稽古で使っている緑色の皮服ではなく、実戦で使うような分厚い革鎧。腰には鉄製の剣を身に着けていた。
ノーチェもリトの同じような革鎧だが、チェーン製の手袋を身に着けている。
2人の額から汗が流れ、表情も強張っている。
そんな2人の緊張を和らげるかの如く、ハイドマンが優しい声色で話しかける。
「準備は出来ておりますかな?」
ノーチェは自信満々で頷く。
反対にリトは身体が強張っており、足も震えている。
それもそのはず、相手は現役の騎士であり、フル装備。圧倒されるのも仕方が無い。
そんなリトの肩に、ゼフが優しく手を置く。豆だらけの手は温かく、リトはゼフに視線を向ける。
「おじさん…」
ゼフは笑顔を向ける。いつもの皮肉めいた不器用な笑顔だけでなく、父親のような優しい笑顔だった。
「自分を信じろ、リト。やろうと思えば俺を負かせられるほど、お前は強いんだ。」
「…ゼフおじさん」
ゼフの言葉に、ノーチェも同調する。太陽のような笑みを向けて。
「そーだよリト!リトは強いんだから。私もいるからあんな騎士けちょんけちょんだよっ!」
感情に敏感なリトは分かる。ノーチェも怖いのだと。それでも怯える親友を元気つけるために、自分自信を鼓舞するためにいつものように振る舞う。
(そうだよね。僕も怯えてばかりじゃ駄目だ。あの人も倒せないようじゃ、夢には程遠い)
リトも己の心を強く持ち、剣を抜く。
そんなリトに合わせて、灰色の騎士も剣を構える。その構えから敬意を感じさせられた。
「両者準備は整ったようで。それではルール説明をします。御二人はシュヴァルト様を倒していただきます。私が戦闘継続が困難と判断するまで、試験は続きます。御二人のどちらかが倒れてシュヴァルト様を倒した場合、残った方を合格と致します。怪我は我が国の神官が治療できますので、両者全力で打ち合って下さい」
「それでは両者構えて下さい」
リト、ノーチェ、ハイドマンは臨戦態勢に入る。空気がさらに引き締まり、村人も固唾を飲み込む。
「よーい!」
「始め!」
開始の合図と同時に先手を打ったのはリトだった。【ダッシュ】で騎士との距離を詰める。
――シュン
そして間合いに入った騎士に斬りかかる。
―ガキンッ
しかし一撃が届くこと無く、騎士の大剣によって弾かれる。リトはカウンター回避の為にバックステップで距離を取る。
(まずは観察)
距離を縮めたのもこのためだ。
騎士の武器は1メートル近くの大剣。
僅かな光を纏っていることから何らかの魔法が籠もっている可能性が高い。
基本的に戦士や騎士は魔法を扱えず、それらを魔力の籠もった道具、【魔道具】でカバーしている。自身の魔力を消費せずに魔法を扱えるため、切り札として温存していることもある。
武器の次は騎士自体に目を向ける。
鎧を着てるとは思えないほど速い防御だった。
騎士からは闘気と同時に魔力も感じた。強化系の魔法や戦技を組み合わせて斬りかかる可能性が高く、それだと避けれるかどうか。騎士は剣を両手で持ち、腰を深く落として構えている。
スピードよりもパワーに特化した重戦士の可能性が高く、一度でも攻撃を受ければ大きなダメージを負うが、大剣は振りが大きいため観察すれば避けれる。
(観察はここまでかな。後はどう攻めるか。)
回復できるノーチェが居るから、ある程度守りを捨てても問題無いだろう。
早速ノーチェが隣に来た。
ノーチェはある程度の格闘術が出来るが、闘気が扱えない。
ノーチェを後衛として守るのが最善だろう。
今度は騎士が動く。
騎士は上段の構えを取ると、剣に魔力が集中する。
「風よ穿て、―《風波斬》っ!」
大気に響く声と共に、剣を振る。剣風は切り裂く強風となり2人を襲う。
咄嗟にリトも魔法を唱える。
「――《
燃え盛る火球で相殺を試みる。しかし炎は風で掻き消された。
リトはノーチェを庇うために前へと出る。
「―《
ノーチェは魔法の盾を展開して、風の魔力によるダメージを軽減した。
「ノーチェありがとう!」
「かなりダメージ食らったね。《
斬撃によるダメージが治り、再び立ち上がる。
騎士の方は間合いをとって構えており、様子を伺っているようだ。
(あれだけの重装備、普通に斬りかかるだけじゃ剣が駄目になる。やっぱり魔法か)
リトは剣術主体の戦闘スタイルだが、魔法もいくつか扱える。
人にはそれぞれ得意な魔法属性がある。
リトは炎と雷の魔法が得意だが、剣術の方を鍛えているため、魔法の威力は低い。
先ほど騎士に炎の魔法をかき消されたのは、相性もあるが、そもそもリトの魔法威力は攻撃には心許ない。
ならどうするか、それは簡単。
剣に魔法を付与すれば良い。
早速リトは《
刀身に僅かな黄光が灯り、稲妻が迸る。全身金属にはかなり効くだろう。
しかしこれを当てられるかと言われると自信が無い。魔法付与系は付与中も魔力を消費する。
魔力の都合上、持続時間は一分だし、かけ直そうにも後一回が限界。相手警戒しているから、そう安々と当てさせる訳が無いだろう。
(外すことは許されない。どうにか隙があれば…)
リトが迷っていると、ノーチェが騎士に向かって飛び出した。
いくらノーチェが格闘術ができるからって、あまりにも無謀だ。
全身金属鎧を纏った騎士と、護身術程度の近接しか出来ない少女。どっちが不利かは明確。
(なんでノーチェがこんなことを?いくら無鉄砲なノーチェとはいえ、こんな考え無しな行動をこんな時にするはずが……)
一瞬、ノーチェがリトに振り返る。
“信じているよ”、そう言ってるような、自信に満ちた表情だった。
ノーチェは騎士の方に向かって、殴りかかる。
騎士は拳を左手で往すが、それはブラフらしく、ノーチェは足払いを仕掛ける。
見事蹴りが足に直撃し、騎士は一瞬だけよろめいたが、直ぐに体勢を立て直す。
ノーチェは一瞬で、リトの作戦を読んだのだ。
それでリトを信じて、自分のやるべきことを実行した。幼馴染だからこそ出来たのだ。
思慮深い彼女らしい行動だと、リトは微笑んだ。
(まったく…。無茶なのはどっちかな)
突撃するタイミングを見計らいつつ、戦技の準備をする。
(…まだ……、まだ……、まだ…………、!)
(今だ!)
ノーチェの足技の連続に騎士が完全に気を取られている。
その瞬間に【ダッシュ】で騎士との距離を詰め、剣を構える。
「【雷光ストライク】!」
――ドンッ!
フルスイングが見事騎士の横腹に命中する。魔力と闘気の籠もった剣は重く、さらに雷が騎士の全身に伝導した。
「グッ!」
騎士は一瞬蹌踉めいたが、重い大剣で広範囲を薙ぎ払った。リトは高く跳躍し、ノーチェは屈んで避ける。
騎士の鎧が凹むほどのダメージを与えたにも関わらず、動きは鈍っていなかった。
相当にタフのようだ。しかし雷のダメージは想像以上に効いたようで、鎧の隙間から煙が吹き出ている。
付与系の魔法は魔力を解放することで、威力を格段に上げることが出来る。
しかしこれをすれば付与効果が消失するため、またかけ直す必要がある。
(次の一撃でラストになる。)
そうリトが考えていると、騎士が大剣を天へと掲げた。
「《
魔法名に反応して、刀身に刻まれた文字が光り、大剣が風の魔力を纏った。
やっぱり魔道具だったか。
騎士が疾風の如き速度で、こっちに接近する。
「ノーチェ!」
「分かってる!」
ノーチェはリトの言葉に反応して、即座にリトの前への出て、構える。
違うそうじゃない。
(僕の後ろに来てって意味なのに…)
やっぱり無鉄砲さは健在だった。
仕方が無いから、リトも騎士に接近する。
――ガキンッ!
互いの剣、そして闘志がぶつかり合う。
―キンッ!―キンッ!
騎士のパワーは凄まじく、リトは受け流すことで精一杯だ。
そもそも屈強な騎士と子供のリトでは体格に差があるし、何より相手は大剣。力差では間違いなく不利。
しかし体格差を活かせば回避はまだ容易であり、騎士はノーチェへの攻撃に集中してくれるおかげで、リトはダメージを負っていない。
(ノーチェは回復と防御魔法が扱えるから、タンク役にぴったり。ノーチェもそれを分かってやったんだな)
――ダンッ!
騎士のスイングがノーチェの腹部に的中し、吹き飛ばされた。
――今だ。
そして、解放。
「雷光ストライク!」
大上段の振り下ろしが騎士の左肩に見事ヒットし、同時に雷光が迸る。
ノーチェが吹き飛ばされざまに強化魔法を使ってくれたのか、初撃の時よりもダメージが出た。
――ガァン!
落雷のような音が鳴り、騎士が悲鳴を上げる。
「ぐぁぁ!」
遂に騎士が膝をついた。
「そこまで!」
ハイドマンが試験の終了を告げると、リトとノーチェが糸の切れた人形のように尻もちをつく。
「おめでとう御座います。リト様、ノーチェ様。見事合格です。」
ハイドマンが拍手し、村人達が歓声を上げた。
リトとノーチェは満足気に、達成感に満ちた表情を浮かべ、そして疲れのあまり気絶した。
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