第2話:辺境の村人 リト(2)

 村の入口に向かうと、既に人集りが出来ていた。

 魔法師のワイス、鍛冶師のハーマン、村一番の狩人のヴォル、ご近所さんのアフル一家……、どうやら村人のほとんどがここに集まっているようだ。

 入口周辺に付くと、神父服を着た老人がリトに話しかける。


 「おお、リト君!来てくれたのか」


 「神父様、何が起こってるの?村のみんな全員来てるけど」


 神父様もといノーチェのお父さんの様子を見るに、悪い状況では無さそうだ。

  

 「実はのう、アスガルスの使者がこの村に向かっておるんじゃ。ノーチェから聞いたはずじゃろ?」


 「うん、でもどこの国かは話してなかった」


 すると神父様はなにやら困った様子を浮かべる。


 「そうか、ノーチェに詳細を伝えるように言ったんじゃがのう。ところでノーチェはまだ来ておらんようじゃが」


 そう言って辺りを見渡したタイミングで、ノーチェが到着した。


 「お父さん!来たよ」


 そう言ったノーチェは、最愛の父に抱きつく。

 

 「おぉ、ノーチェに…。ゼフも来てくれたのか」


 ゼフも到着した。

 

 「この時期に国からの使者ってので代替察したが、やはりアスガルスか」


 アスガルス、何度も話を聞いたから分かる。

 大陸を代表する国で、数々の英雄や大魔道士、そして勇者達の出発の地。

 時期と言うのは、世界一の冒険者育成機関『ジェネリシア学園』が、才能のある子ども達を育てるために、数々の村や町を訪問して、見どころのある子どもをスカウトしにくる時期の事。

 ちょうど冬が終わって、春が始まりかける今の時期に、王国の使者が直々に訪問しにくる。

 この話はかつて冒険者だったヴォルから聞いたが、まさかこの辺境にも来るとは思いもしなかった。

 そう話している間に、馬車が到着したようだ。

 村長がお迎えの準備をする様にみんなに指示する。

 大陸を代表する国からの使者だ。くれぐれも粗相のないようにせねば。

 次第に、車輪が走る音と馬が地を駆ける音と共に、4台の馬車が到着する。

 

 「これが…、アスガルスの馬車……」


 思わず驚愕の声が出る。

 たまに来る行商の馬車とは訳が違う、芸術とは無縁の生活を送ったこの村の人でも、美と思えるほどの見事な黄金の装飾が施された純白の馬車。

 木材では無く、何か石のような物が使われるのか、不思議な輝きを発している。

 特に一番驚いたのは馬のほうだ。

 生き物でも無く、まさかの

 プラチナ製の馬の像が命を与えられ、動きだしたかのように、それは生きていた。

 嘶き、呼吸、仕草、そのどれを取っても本物の馬のようだった。

 村人全員が驚愕の表情を浮かべている。

 そんな村人達を差し置くかの如く、先頭を走っていた馬車の扉が自動で開く。

 扉からはタキシードの初老の紳士が出てきた。

 顔のシワは深く、60代くらいのように見えた。しかし身体全体は鋼の剣のように真っ直ぐとしており、腰が曲がっていない。

 

 「はじめまして皆様。私はアスガルス王陛下の命により遣わされました。使者のハイドマンと申します」


 そう言って老紳士は丁寧に深くお辞儀する。

 挨拶を返したのは村長だった。


 「はじめましてハイドマン殿。わざわざこんな辺境によくぞお越ししてくれました。ここまでの道のりは大変だったでしょう。宿へと案内致します」


 「手厚い御歓迎に感謝いたします。ですがそれほど御時間は取りませんので、この場で結構です」


 老紳士が深くお辞儀する。


 「まずはご要件についてお話いたします。私は冒険者として将来大成する方を、我が国が誇るジェネリシア学園へとスカウトしに参りました」

 

 「かつての旧友が、この村に有望な若者が居るとお聞きしたため、陛下の命によりこのように遣わされました」


 老紳士の身なりからして、かなり身分が高そうだ。そんな人の旧友とは誰なのか、リトが考えていると、群衆から1人の男が名乗り上げた。


 「ひさしいですなハイドマン殿。あれから十数年前と言ったところか」


 リトはまた驚いた。ゼフが王国で兵士長を務めていたのは知っていたが、まさかあのアスガルス王国の兵士長とは、しかしあれほどの強さと厳しさなら納得がいく。


 「ホッホッホ。あの時はお伝えしていただきありがとう御座います。陛下もお喜びになられましたよ」


 2人の様子からして、かなり親しい仲のようだ。


 「まさかゼフ殿が弟子をとって育てるからいつかその子をスカウトしろと聞いたときは驚きました。なにせ…、おっと話がそれてしまいました。してゼフ殿、どの方が弟子ですかな?」


 「ああ、この蒼髪のガキだ」


 そう言ってゼフは隣にいたリトの背中を押して、老紳士の元に連れて行く。

 

 「あ、その…。始めまして、リト・アベンチュラ、です」


 思わず緊張して声がタジタジになってしまった。近づくと分かる、この人もゼフ並みの強さを感じる。


 「始めましてリト君。どうかそんなに緊張なさらないで、いつもどうりの口調出構いません」


 老紳士は僕の目線まで腰を下ろしてニコリと笑う。

 

 「なるほど、この年ですでに魔法が使えるのですか。【闘気】も多い。そして…、よほど強い意志があると伺えます」


 老紳士は興味深くリトを見る。

 一定の強さを持つ者は、相手の力量を見極められるようになると、かつてゼフからそう教わった。

 

 「分かりました。リト・アベンチュラ様。貴方様は我が学園に相応しい方だと判断致しました」


 「ですが、まずはいくつか試験をさせて頂きます。試験といっても、最終判断の為の試験ですので、さほど難しいものでは御座いません」


 「えっと、試験はいつ始まりますか?」


 「今から始めるつもりです」


 「え、今!?」


 「本来ならば試験は2週間後に行われますが、貴方様はゼフ元兵長殿からのご推薦です。すでに試験準備期間を設けずとも、合格の可能性が充分あると判断したため、今日より行います」


 「さて…」


 ハイドマンはそう呟いて立ち上がり、再びゼフに向き直す。


 「ゼフ殿、他に推薦の方はいらっしゃいますかな?」

 

 そう問われたゼフは頷き、ノーチェに目線を向ける。


 「あぁ、居るぞ。あの青髪の少女だ。名はノーチェ・スエーニョ」


 「私!?」


 ノーチェは目を見開いて驚いている。


 「なるほど彼女ですか。練度の高い回復魔法を扱える……闘気の気配は感じられませんが身体能力も優れている…。」


 一目見るだけでノーチェの能力を見抜いた。使える魔法の属性の判断は、魔力の扱いに優れていなければ出来ない。

 ハイドマンは少し思案し、口を開く。


 「ノーチェ・スエーニョ様。貴女様も我が学園に相応しいと判断致しました。どうでしょう、試験をお受けしますか?」


 ノーチェは間髪入れずに即答した。


 「する!」


 リトの思った通り、彼女は冒険者の道を選んだ。ノーチェは冒険者には興味は無かったが、恐らくリトと離れたくは無いのだろう。

 それに彼女は好奇心が強い。遅かれ早かれ、冒険者に興味を持ったかもしれないと、ノーチェのキラキラした瞳がそう物語る。

 そんなノーチェの反応に対し、ハイドマンは微笑んだ。


 「畏まりました。では試験内容についてご説明します。内容は戦闘試験です。相手はこの方です」


 そう言ってハイドマンはもう一台の馬車のドアノブを回す。

 馬車から出てきたのは灰色の全身鎧を身に着けた騎士だった。


 「彼は我が国で騎士を務めるシュヴァルトです」

 

 騎士の姿を目にした時からとてつもない威圧感を感じる。

 灰色の鎧は新品のように綺麗で傷一つも無いが、それは彼の武具へのこだわりを物語っているようだ。

 暫く沈黙を貫いていた騎士が口を開く。


 「君達が今回の受験生かな?」


 騎士がリトとノーチェにそう問いかける。口ぶりからして受験生の相手を担当している騎士だろう。

 

 「うん!騎士様が相手をするの?」


 気圧されているリトとは反対に、ノーチェはハツラツとした声色で答える。


 「その通り、では私は先に戦闘場所へと向かおう」


 「村長殿、戦闘が出来るような開けた場所への案内をお願い致します。」


 ハイドマンが村長に場所の案内をお願いして、騎士と老執事は村の端っこあたりへと消えた。

 2人が居なくなったことを確認すると、緊張が解けた。


 (やっぱり、あの騎士からはおじさん並みの闘気を感じた。それだけじゃなくて魔力も……)

 

 勝てるのか?ゼフに勝てない自分が。

 そんな不安が心を支配し、手足が震える。

 負けるかもしれない。

 怯えで決意が揺らぐ中、背中に誰かの手の感触を感じた。

 手を置いたのは彼女ノーチェだった。いつもみたいに背中が痛くなるほど力強くではなく、優しく、そっと置いた。そして彼女の手は僅かだが震えていた。


 「大丈夫だよ、リト」


 「ノーチェ…」


 明るい口調なのは変わらないが、その声に安心感を覚える。

 

 「実はね、私も怖いの。でもね」


 「リトが居るから怖くないの!」


 満面の笑みは、太陽のように眩しく、希望に満ちていた。

 

 「不安で立ち止まりそうになったら時はどうするか知ってる?」


 「自分の夢を思い出すの」


 (…!!)


 「ほら、いつも言ってる夢をもう一度聞かせて?」


 そうだ、そうだった。

 こんな所で立ち止まっててはには程遠い。

 

 「……ありがとう、ノーチェ」


 (思えばノーチェには何だかんだ励まされていたな。やっぱりノーチェは凄いな。)


 「僕の夢は…、」

 

 あの日の誓いを思い出そう。

 なると決めた、頂に、憧れに。


 「になることだ!」

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