第1話:辺境の村人 リト (1)
アレイフ大草原は大草原とある通り、非常に広大な面積を誇る。モンスターが闊歩していが、四季が存在し、比較的温暖なこの大草原は人間が暮らすのに適している。
大草原のあちこちには村や町、冒険者達の活動拠点となる宿屋やキャンプ場が点在している。
北には谷や山、その他の方角には大森林が広がっている。草原外のバイオームに出るモンスターは危険な分類に入り、新米冒険者の死ぬ要因でもあるほどに。
しかし谷は森林と比べてモンスターが少なく、1つだげだが小さな村がある。
岩肌の目立つ地形にしては、その村には緑が生い茂っており、比較的に温暖な立地となっている。
モンスターが少ないかわりに、山や谷に囲まれた過酷な立地で、一応道が整備されているものの草原と繋がる道は1つだけで、一歩でも踏み外せば谷へと真っ逆さまに転落する。
故に人が滅多に訪れず、立地の特徴から『辺境村』と言う名前が付けられた。
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冬の凍てつく空気を残し、陽光が優しく照らす初春の季節。
この村では雪はあまり降らず、冬は特別厳しくは無い。
川のせせらぎと温かな春風の音が響く村の情景は、まさに秘境ともいえる平和的な光景だ。
一部を除いて、温かな空気が漂っている。
村の外れを流れる川岸で、2人の男が木剣を打ち合っていた。
片方は無精髭を生やした白髪の壮年な男、狼のような顔つきに鋭い目と、細く引き締まった身体つきをしている。雰囲気も並ならぬもので、腕の立つ剣士だとうかがえる。
もう片方の男は女性的で若く、爽やかな雰囲気を漂わせた好青年。所々に白いメッシュの入った蒼いポニーテールは青空のようで、ぱっちりしたオレンジ色の瞳は太陽のようだった。
青年は真剣な眼差しで白髪の男に木剣を振るう。荒のある動きだが、剣の腕はそこそこ強いようだ。
しかし青年の剣は、男の洗練された剣術によって全て弾かれた。
男が振るっている剣は青年の物と同じで、太い木の棒を削っただけの訓練用の剣。しかし男の振るう剣は、丸太も両断できると実感させた。使い手が違うだけで武器はこうも変わる物のようだ。
白髪の男―ゼフが青年の剣を軽く弾きながら口を開く。
「こんなものか?リト。」
低い声から余裕の笑みが漏れている。木が打ち合う音が、冷たい大気に響く。
「…ハァ、ハァ…。」
蒼髪の青年―リト・アベンチュラは息を荒げている。足、腕、腹を狙った一撃が、当たる前に木刀に弾かれ、逆に相手の攻撃ばかり自分に命中し、もう体力に余裕がない。
(駄目だ、まだ勝てない。まだ数発しか…。ゼフおじさんに当ててない。)
このまま打ち付けあっても持久戦で負ける。
だから最後の一撃に託し、深く深呼吸する。
「……スゥーーー。」
この世界の生き物は、殺意や闘争心を、闘気と呼ばれるエネルギーに変換することができる。
闘気は自身の身体能力を格段に上げる力を持ち、更に闘気を使った戦闘技術は【戦技】と呼ばれている。
全体に集中し身体に意識を全て回し、闘気を身体全身に巡らせる。心拍、体温が力が上昇する感覚がはっきりと分かる。
そして全身に巡らせた闘気を、両足に集中する。
深く腰を下ろし剣を構え、【ダッシュ】を発動させる。脚力を解放することで、爆発的な速度を得る戦技により、リトは風の如く疾走し、風を切る音と共にゼフの懐に迫る。
今度は上半身に闘気を集中させ、この世界において最も基礎的で強力な【戦技】を放つ。
「【ストライク】ッ!」
風を切り、岩を砕く一撃がみぞおちへと迫ったその刹那、ゼフは空高く跳躍し、バク転跳びの要領で躱した。
「!?」
最後を賭けた一撃が簡単に躱されたリトは油断してしまった。
ゼフはリトの背後に着地し、瞬時に剣を横腹へと叩き込む。
―ドスッ!
「っっっ!?」
内蔵にもろにダメージを食らい、リトは声にならない悲鳴を上げる。
―ドンッ!
更に背中に蹴りを入れ、吹き飛ばす。
背中から鈍い音が鳴り、2メートル以上もふっ飛ばされた挙句に、地面を転がり土煙が上がる。
身体を何度もぶつけたために、リトは暫く起き上がれなかった。
リトが目を開けた目の前に、ゼフの剣先が突きつけられていた。
「……降参です。」
降参の言葉を聞いたゼフは、猟犬のような眼差しを解き、いつもの笑みを浮かべた。
「さっきの一撃はなかなか良かったぞ、リト。お前も成長したな。」
皮肉めいた顔だが、それは心の底からの賞賛だということを、リトは知っていた。
「でも負けちゃった。やっぱりゼフおじさんは強いなぁ。」
「これでも元兵長だからな。退役した後も鍛錬を続けている俺相手に、ガキのお前はあそこまで戦えたんだ。もっと誇ってもいいぞ。」
「あんな負け方して誇ることもできないよ。」
ゼフが手を差し伸べて、リトは手を掴み起き上がる。全身、特に蹴りを入れられた腰が痛む。
「しかし惜しかったな。ダッシュの最中にストライクを打てるようにすれば、俺も避けきれなかったな。」
複数の戦技を同時に使うのは難しい。1つの戦技だけでも集中がそっちに持ってかれる。鍛錬を重ねた者なら容易らしく、自分はまだまだ鍛錬が足りないとリトは反省した。
「お前は同年代と比べて、基礎スペックが高い。精度も十分。冷静な判断さえできれば、俺を倒せるかもな。」
「それって冗談?」
「いや、本気だ。まぁ、俺に勝てるのは100年後だろうな。ガハハハッ!」
そう言ってゼフは豪快に笑った。
「それよりお前、大丈夫か?背中抑えてるが。」
「おじさんに蹴られてから背中が痛い…。」
背中だけじゃない。手足も所々アザが出来たみたいで、身体中に鈍痛が響く。
もしかしたら背骨にヒビが入ってるのだろうか?
痛みに静かに悶えていると、後から声がした。
「あー!リトやっと見つけた!」
名前を呼ばれて、リトは痛みに悶えながらも振り返る。
柵の入口あたりに、ワンピースの少女が腕を組んで立っていた。
日に焼けた褐色の肌に、スラッと伸びた四肢は純白のワンピースによく映え、短く切り揃えたふわりとした蒼髪に、光を反射する木の葉の様な緑の瞳は、日光を浴びて眩しく感じた。
「探したよ〜!」
彼女はそう笑って、リトに向かって走って来て、背中を叩く。
「イッタ!」
散々しごかれた後なんだから、せめて手を置く程度で済ませて欲しかったが、もはやそれを言えるほどの元気も無いし、いつものことだから気に留める必要も無い。
彼女はノーチェ、お互いが幼い頃から一緒だったらしく、いわゆる幼馴染であり、親友。
「どうしたの?そんなに痛がって。」
「…さっきまでおじさんと模擬戦してたんだ。」
「おじさん、またリト痛めつけたの?」
そう言って彼女は顔を顰めた。
「いやよぉ、これでも手加減したほうさ。それよりほら、治療してやれ。」
ゼフはそう言ってはぐらかす。ノーチェも頬を膨らませながらもそれに納得したのか、リトの背中に手を当てる。
「もう、リトも無茶しすぎだよ。」
そう言ったノーチェは目を瞑り、真剣な表情を浮かべる。
「……〘
そう唱えると、ノーチェから穏やかな風が吹き、緑色の光を発した。
暖かい優しい光に照らされた僕の身体から、痛みが引き、骨のヒビが塞がったような気がした。
「……こんなものかな。どうリト?」
「痛みが引いたよ。ありがとうノーチェ。やっぱりノーチェの回復魔法は効きがいいよ。」
「へっへーん。」
ノーチェは誇らしそうに、八重歯を覗かせて無邪気に笑う。ノーチェは昔から回復魔法が得意で、ゼフとの訓練の後はよく治療を受けている。
粉々になった左腕と右足の骨の関節を完治して貰った時は流石に驚いた。
「ところで、なんで僕を探してたの?」
そう聞かれたノーチェは、まるで何か大切なことを思い出したかのような反応を見せる。
「…あ!そうそう忘れてた。」
「なんか国の使者が村に向かってるらしいから、お父さんにリトを呼んできてって言われたの。」
「お父さんって、神父様が?」
あまり話は見えない、そもそもなんでこんな辺境の村に国の使者が来るのか。
「いったい何処の国なんだ?俺もついて行く。行くぞリト、鍛錬は中止だ。」
「う、うん。」
よく分からないまま、とりあえず村の入口に向かう事にした。
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