7-3【世界を巡る三人】

 二つの世界を瘴気の浸食から守るため。


 狭間を漂う勇者に安寧の地を与えるため。


 そして何より、決意を持って故郷の世界を飛び出してきたフィーちゃんの覚悟が報われるように。


 俺達三人は、完成した塔の基礎を居間で囲んでの作戦会議を進めていた。



「屋根と壁はこんな感じで取り外しが出来るようにしたんだけど、これって巨人を中に入れるのに楽になりそうかな?」

「はい。これなら床と壁を別々に実体化できるので、すごく助かりますっ」



 俺はドーム状の屋根と円形の壁の分離方法を説明しつつ、勇者を最上階に収める手はずを決めていく。


 壁は三等分に分割されており、いくつかの適した方法を提供できる柔軟性は持たせたつもりだ。


 これにはフィーちゃんやリーンシェッテも好感触の様子を見せており、俺の判断は正解だったと安堵のため息を漏らす。



 しかし問題は巨人をこのフロアの所定の位置……中央の庭にどうやって移動させるかだ。


 今のところは自ら動くようなことはせず、狭間の流れに任せて移動しているだけだという巨人。


 自ら行動するようなことがなければ楽かもしれないが、俺達三人で五メートル以上の巨人を移動させたりするのは難しいだろう。


 また、万が一俺達の行動に対し巨人が抵抗の意識を示した場合。


 これが一番厄介であることは間違いなく、下手をすれば戦闘なんてことにもなりかねない。



「後は実体化した時の強度なんかも気掛かりだけど」

「その辺りはワガハイに任せておけ。何せワ・ガ・ハ・イ・の、迷宮だからな」

「そこをわざわざ強調するのか……」



 にやりと笑うリーンシェッテからはどうも胡散臭さが漂うが、彼女なりに勝算があるのならそれに従うことにしよう。



「それとだな、娘には建物の実体化に注力してもらいたい」

「えっ?」

「主が類稀なる才能を有していることは認めるが、所詮人間の魔力量では出来ることに限りがあるだろう。ならば地の魔力を存分に扱えるワガハイの方が、担える役割は多いということよ」



 突然の指示に戸惑うフィーちゃん。


 しかし俺は、ラーメン屋での話を考慮してくれたのだろうリーンシェッテの言葉に、安堵の気持ちで満たされる。


 フィーちゃん自身も指摘されたことは自覚しているのだろう。わずかに考え込んだ後「分かりました」と了承の意思を示す。



「というわけで、ワガハイが件の巨人を魔力によって迷宮最上階に移動させる。娘は頃合いを見て壁と天井を張るという方向で構わないな?」

「そうですね。私は異存ありません」



 実に合理的な手順の為か、リーンシェッテの提案にフィーちゃんが口を挟むことはなかった。


 とはいえ具体的にどういった方法で移動させるのかとか、そういったことは全く分からないわけで。


 魔力での移動ということだから、何か不可視の力的なもので物体を移動させるのだろう。



 最初の頃はどうなるかも分からなかったが、リーンシェッテの協力によって迷宮の計画は現実的なものになりつつある。


 三人寄れば何とやらともいうが、欠けたピースが埋まったことで俺達の進むべき道がしっかり示されたと言ってもいい。



 魔法の素人から見れば、もはや盤石といっても過言ではない様子だ。



(おかげで全然口を挟めないんだけどな)



 やや置いてきぼりな状況に一抹の寂しさを覚えつつ、専門的な話をし始めた二人のために麦茶を用意しようと冷蔵庫へ向かう。


 中からいつも買い置きしているペットボトルの麦茶を取り出し、すっかり二人の専用になったガラスコップに注ぐ。


 それを持って二人のいる方へと戻り、テーブルを挟んで座る二人の前に置く。



「あっ、ありがとうございます」

「うむ、気が利くな」



 それぞれ言葉を返した後、ほぼ同時にコップを手に取り中の麦茶へ口を付ける。


 何とも息の揃ったその動きを見て、思わず笑い出しそうになってしまう。



「む、何だ藪から棒に。人の顔を見て笑うとは」

「ああいや、何か二人の動きが姉妹みたいに見えたから」

「し、姉妹ですか?」



 そりゃまぁ同意は得られないだろう。二人とも怪訝そうな表情をこちらに向けてくる。


 その後お互いに向き合い、今度は二人が同時に困った様子で笑いだす。



「偉大なる魔女であるワガハイに、教会勤めの妹とはな」

「そうですよ。本来ならば敵対する間柄なのに……不思議ですね」



 世界が変われば立場も変わるということか。


 人々に忌諱される存在だった古の魔女が、人間である俺達に対しここまで協力的になっているのだ。


 そもそも、フィーちゃんが世界を出る覚悟を示さなければ出会うこともなかった相手だ。


 世の中何が起こるか分からないとはよく言ったものだ。



 何より、今の関係性を二人が嫌がっていないというのは重要なことだと思う。


 立場故のしがらみから解放され、本来の自分として相手と接することが出来ているからか。


 結局のところ、元々この二人は相性が良かったということだろう。



 ……というか、これじゃあ俺が間に挟まれに行っている感じだよな。


 もしかしたらあれか? その派閥の人に始末される立場だったりするのか?



「何を急に深刻そうな顔になっているのだ?」

「えっ?」

「眉間にしわが寄っているぞ。まさか何か不安要素でもあるのか?」



 心配……というより、俺の態度に不満な様子を向けてくるリーンシェッテ。


 ここであほなこと考えてただけだと知られたら、色々と小言を言われるだろうな。



「いや、魔法の話は難しいなぁって」

「それは仕方ありませんよ。康介様は魔法と接し始めてまだ日が浅いのですから」

「うむ。というかそのわずかな間でも多少の影響を受けるというのは、正直ワガハイも想定外ではあるんだがな」



 多少の影響というのは、以前公園で勇者の記憶を見たときのことだろう。


 確か悪影響があるのではと俺が不安を示した時、それは運次第と言い切られたんだったな。


 あれから数回世界の狭間で様子を見に行ってはいるが、一応体への悪影響が出たということはない。



 だが、逆に言えばそれは俺達別世界の人間であっても、魔力に長く触れていればそれを操る術が得られるということなのかもしれない。


 そうすれば、俺も魔法で何かしら手伝いが出来たりしたんだろうか。



 ……いや、余計なことは考えないほうがいい。


 フィーちゃんの体に起きた変調を考えれば、適応が一切成されていない体に魔力を取り込むのはロクなことにならないだろう。


 俺は俺のまま、この難しい局面に向き合うのが一番なのだ。



(でも……)



 それ故に、俺が勇者の記憶を見た事についてはどうしても気になってしまう。


 アレはあくまで偶発的に発生した事象であって、そこに勇者の故意が絡んではいないはずだ。


 でも……もしもだ。


 もしも最初に巨人と遭遇した時、偶然向こうが俺の存在を認識していて……。



(いやいや、さすがに考えすぎだろう)



 万が一そうだとしたら、勇者は俺に対して自分が住みたい部屋の情報を与えてきたってことになるのか?


 さすがにそれだけのためにあんな仰々しいことはしないだろうし、何より他人である俺より仲間であるフィーちゃんを頼るべきだ。


 何せ俺は、勇者の本来の姿すら知らない完全な他人なのだから。



 まあ、他人だからこそ話せることってのもあるにはある。


 それと同じように、他人である俺だから見て欲しかったものが……いや。



(知ってほしかったことが、あったのか?)



 世界を守るため、自らの帰還を諦めた勇者。


 彼は失われた故郷を蘇らせるという夢を持ち、世界の果てまで冒険を続けてきた。


 その結果、世界の狭間で永久に囚われるという、一人の人間にはあまりにも重い重責を背負わされてしまった。


 そして、それを良しとした人々に反発するようにして、フィーちゃんが世界を飛び出して……。



(しんどい話だよな)



 目の前に置かれた迷宮の基礎を見る。


 勇者のことを思い、その境遇に同情して考えた、せめてもの慰めになればという最上階の風景。



 ……今の俺に出来る精一杯。


 これ以上出来ることと言えば、一人残された勇者の思いを察することくらいか。



 他でもない、赤の他人である俺が。



「……絶対成功させないとな」



 この計画を成功させた先で、俺は何を見るのか。



 来週、いよいよこいつを世界の狭間に運び出す。

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