7-2【イメージから現実へ】

「これが私たちの作る迷宮の基礎になるんですね……」



 その日の夜、俺は意を決して完成した迷宮の塔の基礎をフィーちゃんに見せることにした。


 安易に移動させるのは事故が怖いため、作業部屋の床に置いたそれを二人で並んで眺めている。



「この基礎にブロック別に作った迷宮を取り付けていく感じなんだけど、上手く実体化できそう?」

「どうでしょう……私もこういった建造物は初めて見るので、正直なところ少し戸惑ってます」



 表情にも浮かぶ戸惑いを前に、俺はそれはそうだと内心納得している。


 この迷宮の元ネタになってるのは、この世界で実際に使われる高層ビルの建築方法だ。


 少なくとも異世界にそういった工法があるとは思えないし、魔法なんて便利なものがあるんだからもっと手軽な方法を用いているかもしれない。


 要は全く異なる基礎的な技術から発展してきてるのだ。



 正直なところ、もっとフィーちゃんの世界に寄せた建造物を教えてもらい、それに寄せるべきだった気はしている。


 だがどれだけ話を聞こうとも、俺が魔法を下地に発展してきた文明を理解するのはまず不可能だろう。


 だからこそ、あえて俺が理解できるジオラマをこうして完成させたわけだ。



「イメージとしては、最終的に円錐状の塔になる感じかな。一階を一番広く作って、上に進むにつれ面積を狭めていくんだ」



 俺は完成品の前に膝をつき、傍に置いておいた半円状のパーツを手に取る。


 フィーちゃんにも塔が完成するまでのイメージがしやすいよう、数個ではあるが事前に用意しておいたものだ。



 まず一番大きな半円状のパーツ二つを、塔の基礎になる円柱を挟むように取り付ける。


 これにより、円柱を中心とした円形の内装が完成するという次第だ。


 元になった建築方法の場合は上から建造していくのだが、クレーンのようなものを持ち出さないことを想定してこの方式を採用することにした。



「なるほど、これで一階部分が完成して、その上に二階を積み上げていくのですね」

「うん。これなら魔法で実体化させるにしてもやりやすいと思うんだけど」

「はい、おかげでイメージが出来ました。さすが康介様ですねっ」



 尊敬交じりの称賛を受けてしまい、思わず照れ笑いを浮かべてしまう。


 あくまで先人の知恵からインスピレーションを受けただけなので、こういうのはどうにもこそばゆい。



 それに、まだこれが成功した訳ではない。


 まず用意できているのが基礎である柱と最上階の勇者を収めるフロアのみ。


 一階の製作に関しては、まだPC内で設計図を進めている最中という具合だ。


 何より円錐という構造上、塔の階層数はこの一階部分で決まると言っても過言ではない。


 無暗に広くしても限界まで汚染されたときの交換が手間になるだけだし、だからといって狭ければ迷宮と呼べるものにはならないだろう。



 そんなことを思いながら、とりあえずで用意した半円状のパーツを眺める。


 おそらくこの直径と天井までの高さなら、積み上げられるのはせいぜい三十前後だろう。


 もちろん、もう少し小さく作ることも可能ではあるのだが……。



「フィーちゃんはこの塔、何階くらいにしたい?」



 こういう時は依頼人からの意見を取り入れるのが一番だろう。


 手にしていたパーツを床に置き、改めてフィーちゃんの方へ顔を向ける。



「何階か、ですか」



 正直そんなに難しく考えてくれなくてもいいのだが、真面目なフィーちゃんは案の定顎に手を当て考え込む。


 そして、しばらくの間うんうんと唸ったり首を傾げた後……。



「……六十階でしょうか」

「六十? 随分と具体的な」

「あ、いえ。すぐに浮かんだのがその数というか……えへへ」



 照れ笑いを浮かべるフィーちゃんを眺めながら、これはゲームの影響を受けたなと直感で理解する。


 あれからしばらくリーンシェッテと一緒にプレイしてるし、結構気に入っているところからしても間違いないだろう。


 というかフィーちゃん、現代社会の代表的なサブカルチャーに染まりつつあるな。


 プラモ作りについてもよく聞かれるし、気付いたら自分用の道具を揃えてたりするかもしれない。



「フィーちゃんって、結構ゲームとか好きだったりする?」

「えっ?」



 思ったことをそのまま尋ねてみると、フィーちゃんが目を丸くする。


 まあ、唐突な質問ではあるから仕方はないか。



「ゲームが……つまりは遊び、ですよね」



 またもや顎に手を当て考え込むフィーちゃん。


 好きかどうかを尋ねただけなのに、相変わらず真面目な子だと感心してしまう。


 しかし、自分が好きかどうかという質問なのに、ここまで考え込む必要はあるのだろうか。



 しばらく考えに耽った後、フィーちゃんは少し申し訳ない様子でこちらに視線を戻す。



「私、生まれてからずっと娯楽とは縁遠い生活を送っていたので。その反動だと思います」



 返ってきたその言葉に、今度は俺が言葉を詰まらせる。



「両親が教会の関係者なので、一日のほとんどは勉強でしたから」

「あー、そういう」



 別の世界であっても、娯楽から切り離された生活を強いられる子供というのは必ずいるものなのか。


 そういう子供時代を送ると、いざ自由になると反動で娯楽に嵌るってのは俺も聞いたことがある。


 フィーちゃんの場合は異世界の娯楽なんていうインパクトもあるわけだから、強い興味を抱くのも当然だろう。


 そういったものに嵌りすぎて身持ちを崩すなんて話もあるが、さすがにそれはなさそうか。



「ちなみにフィーちゃんの故郷ってどんなゲームがあるの?」

「そうですね、こちらの世界でいうボードゲームでしたら」

「ああ、やっぱり世界が違ってもそういうのはあるんだな」



 世界が違ってもチェスみたいなゲームがあるみたいなのは、案外正しいということだろうか。


 そんなことに感心していると、フィーちゃんが不思議と穏やかな笑みを浮かべていることに気が付く。



「ただ、そういったものがあるということも、ターシャ様に教えてもらうまで知りませんでした」



 俯きがちに視線を落とし、両手の指を絡めながら少し頬を赤らめるフィーちゃん。


 彼女の脳裏では、きっと楽しい思い出の数々が浮かんでいることだろう。


 同時に、フィーちゃんにとっての勇者ターシャの存在が俺の想像以上に大きいものだということに気付かされる。



 これまで触れる機会のなかった俗世を知るということは、それこそ現代の娯楽から切り離された子供と一緒だ。


 初体験の衝撃と共に与えられる楽しい世界なんて、例え勇者が健在であったとしても一生ものの思い出になっていておかしくない。


 それがもう二度と会うことが出来ないに等しい相手との思い出となれば……。



 フィーちゃんにとって、勇者との思い出はただの仲間としての交流ではない。


 これまで関りを持つことのできなかった世界に連れ出してくれた相手なのだから、憎からず思っていても全く不思議ではない。



「今度は私が、この世界で知ったことをターシャ様に教えられたりとか……なんて」



 そう言って恥ずかしそうに笑うフィーちゃんを、俺はただ見守ることしか出来ない。


 そして、是が非でもこの子には無事でいてもらいたいと強く願ってしまうし、やろうとしていることを成功させてもらいたいと切に願う。



 ニッパーとデザインナイフの扱いばかり得意な俺だが、今はとにかくこの子の為に出来ることをしたい。


 こんなにも真っ直ぐな気持ちが報われない所なんて、絶対に見たくないのだから。



「じゃあ、ゲームやプラモ以外も色々経験しないとな」



 この無茶苦茶な計画に最後まで付き合う覚悟を決め、改めてフィーちゃんの顔を見る。


 人並みの生活しか送ってこなかった俺だが、フィーちゃんに楽しんでもらえそうなものはいくらでも思いつく。


 迷宮を完成させ、落ち着いた時間が出来たときには遊園地に行くのも悪くない。


 その時はリーンシェッテも連れて、大いに賑やかそうじゃないか。



 迷宮の基礎が完成し、先の見通しが出来てきた今日この頃。


 いつしか俺は、全てが終わった後の平穏な日々に思いを馳せるようになっていた。

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