6-2【川のほとりにて】

 次の日の昼過ぎ。


 午後の講義がないこともあり、早速件の発光現象が見られた現場へと赴くこととなった。


 フィーちゃんとリーンシェッテとは現地で落ち合う約束なので、俺は大学を出て直接現場へと向かった。


 駅前でバスに乗り、そこから大体二十分ほど。


 この辺りは昔水田があったという広い平野だったらしいが、今は再開発の際に埋め立てられ宅地となっている。


 しかし当時の防風林や用水路なんかが一部残っているそうで、今回の現場というのもそういった林の傍の小川だ。



 しばらくして住宅街の中にある最寄りのバス停へと降り立ち、二人がいるであろう現場に向かって歩き出す。


 いくつかの道を曲がり、小さな橋を渡るとその先にはレンガ敷きの遊歩道。


 夏の日差しを抑える街路樹に感謝をしつつ進んでいくと、道の中央に設けられた二人掛けのベンチに見慣れた顔を見つける。



「あっ、康す……お兄さまっ」

「遅いじゃないか。随分と待たせおって」



 各々の反応を見せつつ、フィーちゃんとリーンシェッテが俺の方を向く。


 大きな麦わら帽子を被ったフィーちゃんがベンチから立ち上がり、笑顔で俺の方に駆け寄る。


 対する不機嫌そうなリーンシェッテは早く来いと言わんばかりに俺を横目で伺っていた。



「お待たせ。というか遅いと言われても大学から真っ直ぐこっち来たんだけど」

「知らん。ワガハイを待たせておるのだからもっとキビキビ動かんか」

「そう言われても……ってか、その格好」



 果たして指摘していいものかとも思ったが、結局のところ尋ねずにはいられなかった。


 なぜなら今日のリーンシェッテの格好が、上下白色に黒のラインが入ったジャージという何とも言えない格好なのだ。


 世界の狭間から魔力を得ているリーンシェッテにとって、外見は自由に作り変えることが出来るものだ。


 そんな彼女がラフにラフを重ねたような格好をしているのだから、そりゃあ一言聞きたくもなる。



 俺の視線が自らの服装に向いていることに気付き、リーンシェッテが視線を落として自らのジャージの袖を見る。



「ああ。市井に紛れるのならばこんなモンでいいだろう?」

「そりゃドレスに比べりゃ違和感少ないけど、もう少し何かあったと思うぞ」



 口にはしたくないが、せっかくの美人がもったいないというか。


 何はともあれ、想像に反し身だしなみに無頓着気味だったリーンシェッテに困惑しつつ、改めて目的地の方を見る。



「で、ここが例の……」

「はい。テレビに映っていた場所で間違いありません」



 遊歩道の傍に設けられた広めの入り口。


 そこは何の変哲もない、市が管理する広めの公園だった。


 運動場や遊具、それに広々とした芝生。何とも開放的でいい場所ではないか。


 また奥の方にはかつて農村であった頃の名残である防風林が見える。



 しかし平日、更に日がてっぺんに上って少し経った辺りの時間帯だ。


 それに強い日差しの下では熱中症の心配もある。その為公園内の人はまばらで、閑散とした光景が広がっていた。


 だが魔力のことを公にできない以上、これから異常の進行度合いを調べる上では都合がいい。



「ところで、お昼ご飯は食べましたか?」

「え? ああいや、まだ食べてないけど」

「それでしたら、家からお弁当を用意してきましたので、まずはここで食事にしましょう」



 ベンチの方を見てみると、確かに弁当が入っていそうなバッグがリーンシェッテの隣に置かれている。


 大学から直でここまで来たということもあり、ちょうど俺の空腹もいい感じに高まってきているところだ。


 ここなら日差しを避けて弁当を食べるのにもちょうどいいだろう。



「坊が来るまで昼はお預けとそいつが聞かんのだ。さっさと食うぞ」



 ベンチのひじ掛けで頬杖を突きつつ、眉をひそめるリーンシェッテが俺達を見る。


 なるほど、不機嫌そうだったのは空腹のせいというわけか。



 そんなこんなで、俺はフィーちゃんに手を引かれてベンチの方へと進み、そこで軽い昼食を取ることとなった。


 一体いつの間に覚えたのか、フィーちゃんお手製の海苔が巻かれたおにぎりが俺の空きっ腹によく染み渡る……。





 ひと時の休息を挟み、とうとう俺達は公園内へと足を踏み入れる。


 発光現象が確認されたのは防風林の方であり、俺達は早速歩道を進んでそちらへと向かう。



 思えばこの公園の裏側に、件の巨人が鎮座しているわけだ。


 そう思うとこの何の変哲のない場所が、何か特別な空間のように思えてならない。


 それでもやはり公園は公園。俺のような一般人からすればあまりにも見慣れた風景だ。



「素敵な場所ですね」



 しかしこの世界の公園が初めてなのだろう。


 フィーちゃんは設備や芝生を見渡し、感心している様子を見せる。



「フィーちゃんの故郷ではこういう公園はないの?」

「はい。公開されている庭園はあるのですが、こういった公共の遊具が用意された場所はありませんね」

「ワガハイが現役の頃は庭園なんぞ貴族の遊びだったな」



 世界が変われば公共設備も変わってくるということか。


 そんなことに感心しつつ道を進んでいると、やがて子供が遊べるよう整備された小川が見えてきた。



 清水が流れるその川は艶のあるコンクリートで作られており、防風林の傍らを流れていった後終端の浅い人工池へと繋がっている。


 流れは穏やかで深さは子供の足首ほど。


 滑り止めを兼ねているのか、コンクリートには丸みを帯びた石がランダムに埋め込まれているようだ。



 木陰を流れる川の様子はとても涼やかで、傍らのベンチで休憩する老人の姿も見られる。


 それ以外には、個人かどこかの所属かは分からないが、発光現象について調べに来たであろう研究者らしき男の姿も見られる。


 ポケット多めのベストが、何ともそれらしい風貌だ。



「思ったより人が多いな。大丈夫か?」



 果たしてこんな状況で魔力の調査なんて出来るのか。


 そう思いフィーちゃんとリーンシェッテの方を見るが、二人とも至って問題ない様子で周囲を見渡していた。



「派手な呪文を唱えるわけでもない。問題あるまいて」

「ですね。こうして気配を感じるだけでも得られるものは多いですから」



 そんな頼もしい言葉を聞くと同時に、これは俺に出来ることはなにもなさそうだと察してしまう。


 こうなると、いったん俺は邪魔にならないところに移動しておいた方がよさそうだ。



「それじゃあ俺は近くのベンチで待ってるから。荷物預かるよ」



 俺がそう言うと、フィーちゃんは礼を述べつつ肩に下げていたバッグを俺に差し出す。


 中は小物や弁当の空箱なためか、それほど重みを感じない。


 リーンシェッテの方は荷物を持っていないが、着ていたジャージの上を脱いで俺に差し出してくる。


 ジャージの下は白いTシャツで、さすが魔女というべきか汗一つかいている様子が見られない。


 無地のシャツによって強調される胸部に目が奪われそうになるが、すぐに理性を働かせ煩悩を払う。



「十分ほどで終わると思いますので、それまでお休みになってください」

「何もないとは思うが、坊も一応気を付けておけよ」



 そう言って、川の上流へと歩いていくフィーちゃんとリーンシェッテ。


 そんな二人の後ろ姿を見送りつつ、俺は近場に見つけたベンチの方へと歩いていく。



 細い川を飛び越えてショートカットし、対岸の歩道脇設けられたベンチに腰を下ろす。


 防風林を背にした位置にあるベンチからは、公園の様子が見渡せて実に開放的だ。


 それに水場が近くにあるためか、不思議と吹く風も涼しく感じられる。



 夏の午後。


 昼食を済ませ、いい感じに眠気が頭の内側からにじみ出てくる時間帯。


 心地よい風に身を預けていると、俺の意識はほんの少しだけ夢の内側へいくような……。

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