1-4【二つの世界の狭間にて】
それは突然舞い込んだ、とんでもない話だった。
俺はただの模型が好きなしがない大学生。
そんな俺の前に現れた謎の少女フィーちゃんは、迷宮とやらを俺に作らせたいという。
「めい、きゅう? ミニチュアのダンジョンでも作ればいいの?」
「はいっ」
何だそういうことか。警戒して損したぜ。
つまりは俺がダンジョンのミニチュアを作ればいいわけで、そういうことならいくらでも可能だ。
見ず知らず、初対面の相手から急に頼まれる事に思うことはあるが、明らかに外国の人であろうフィーちゃんの願いというならば、聞いてあげるのが年上の度量というもの。
旅行か引っ越しかは分からないが、きっと日本に来て初めてこの国の模型に触れたとかで感動してくれたのだろう。
……うん。そういう風に自分を納得させようとしているのは分かっている。
でもね、当然覚えてるよ。この子がさっき発した言葉を。
『【二つの世界】のために、迷宮を製作してはいただけないでしょうか?』
はいはいはい、何なんだ二つの世界って!
もしかしたらそういうシチュエーションなのか? ボードゲームとかブンドドのための設定かっ?
たかがジオラマの話なのに、まるで世界を救う要みたいな言い方になってるなぁこれ!
だが最も恐ろしいのは、フィーちゃんの語り口がどう聞いても冗談とか演技の類に感じられないことだ。
異様な雰囲気だが間違いなくこの子は本気で言っている。
一切淀みない言葉遣いも真っ直ぐ向けられた純粋な瞳も、まるでそれを裏付けるかのようで。
嘘偽りを一切感じさせない彼女の様子を前に、俺はとりあえずの愛想笑いを浮かべる。
「あー……予算のこととか色々あるけどさ、とりあえず使い道を知りたいかなぁ」
使い道というのもおかしな話だ。ジオラマなんてものは大体飾って楽しむものだし。
しかしフィーちゃん、俺の言葉を聞いた瞬間はっとした表情を浮かべる。
「た、確かにっ。説明の一つもせずこのような押しつけがましい態度を」
慌てた様子ですみませんと連呼しながら何度も頭を下げるフィーちゃん。
口元に右手を寄せ、申し訳なさそうにうつむくその姿はどこか小動物のようにも見える。
そこまで気に病む必要はないんだが、真面目な子だ。
「気にしなくていいから。とりあえず話を聞かせてよ」
「ありがとうございます、康介様。それでは少々長い話になってしまいますが」
少ししわの寄ったスカートを直すと、フィーちゃんは軽く咳払いをして俺の顔を真っ直ぐ見据える。
光が差し込み青く輝く海面のような青い瞳は、まるで俺の顔が映りそうなほどに澄んでいた。
「安易に信用頂けることとは思えないでしょうが、私は【狭間】により隔たれたもう一つの世界から、こちらの世界へと参りました」
狭間によって隔たれた異世界からの来訪者。
その言葉に俺は驚きを抱くことはなかった。
理由は単純。そういう話が来るだろうと簡単に予想が出来ていたからだ。
もちろんこの子の言葉を信じているわけではない。そういった設定の話が来るんだろうなと考えていただけだ。
ここまでの会話でフィーちゃんが自分の持つ世界間を大事にしているのは分かっていたし、こんな小さい子の空想を大人の理屈で踏みにじるのはなんだか気が引ける。
いい年してプラモとかジオラマが趣味の男だ。こういった空想はむしろ大事にしたいって気持ちの方が強いぞ。
「なるほど。でもどうしてわざわざ遠い別の世界に一人で?」
第一俺は望んで店番をしているわけではない。
もちろんお客さんが来たら対応するが、それ以外は適当に涼んでぼんやり店の商品眺めているくらいでいい。
そんな暇人なんだから、この子の話に付き合うのだって悪くないだろう。
それに見てみろ。俺が尋ねるとこんな嬉しそうに笑うんだぞ。
これからフィーちゃんがどんな話を聞かせてくれるのか、ここは楽しみにしながら耳を傾けよう。
「よくぞ聞いてくれましたっ。これは双方の世界の存亡に関わる、非常に重大な問題が絡んでいるのです!」
「双方の世界とは……そりゃまた穏やかな話じゃないな」
「そうなんですよ、穏やかではないのですっ。重大です!」
両手を握りしめ、胸元に掲げて力説するフィーちゃん。
おとなしい性格かと思っていたが、意外と快活な子なのかもしれない。
何だか実家の妹を思い出すなぁ。あっちは生意気なんだけど。
「ですが故郷の技術ではこの問題を解決することが出来ず、私はその答えを異世界に求め旅立つ決意をしました」
「それでこちらの世界にやってきたって訳か」
「そうですっ。しかも何たる幸運か、ここはまさに私の求めていた魔力の影響を受けてこなかった世界なんです!」
砂漠でオアシスを見つけたとき、人はこんな顔をするのだろうか。
歓喜と安堵の入り混じったような明るい表情を浮かべるフィーちゃん。
彼女は杖を右腕と体の間に挟んでから両手を組み、天井を見上げた。
きっと彼女の信仰する神様に祈りを捧げているのだろう。
でも別の世界ではその神様も見ていないような気がするんだがな。
見ていないところでも神様を意識するほど敬虔な子ということか。
「なるほどなぁ。でもこういう場合、魔法みたいなものがある方が便利じゃない?」
俺が尋ねると、フィーちゃんは天井から再び俺の方へと向き直る。
その表情は先ほどよりもどこか真剣なものだ。
「そうですね。魔力を使った法術は極めて便利なものであり、故郷では必須の技術です」
「だよな。でもそれじゃあいけない事情があるんだ」
静かにうなずくフィーちゃん。
魔法なんていうのは俺達からすれば理想の力だと思うんだけど、この子の表情から問題解決に魔法は頼れないことが伝わってくるようだ。
というか、空想とは思えないほど真剣に見えるんだよな。さっきから。
「私たちの世界の根源は魔力にあり、万物には全て魔力の
組んでいた両手をほどき、手のひらを天井へ向ける。
それはまるで自らの傍に見えない力を注ぎこむようにも見えて。
――場の空気が変わった。
そう思った瞬間、これまで俺が考えていたことがすべてひっくり返される事象が発生した。
青、黄、赤。
淡く輝く半透明の……オーラとでもいいのか。
それが突如フィーちゃんの手のひらの上に現れ、三色が交わらず渦巻く四十センチほどの球体を形成していた。
ホログラム? AR? 何かそれっぽい光の演出か?
見聞きしたあらゆる知識が目の前の事象に答えを出そうとするも、どれも結びついてはくれない。
それはどう見ても、俺が信じてこなかった魔法と言わざるを得ないものだったのだから。
「これは私の中に存在する魔力の素。私たちはこのようなものを操り、魔法として形作ることが出来るんです」
「まりょ……は……え…………?」
誰か教えてくれ。俺は一体何に巻き込まれているんだ。
もはや開いた口がふさがらず、目の前で起きる光の現象を瞬きをもせず見ていることしか出来ない。
やがてフィーちゃんの手の上で球体は形を変え、今度は三色が異なる形を形成し始めた。
黄色と青色は十センチほど間隔を開け、二十センチ程の大きな球体へと変化。
赤の光はそれより遥かに小さい数センチほどの刺々しい立体に変化し、二つの球体の間に移動する。
赤い立体は、そのまま黄色い球体の方へとわずかに近づいた。
「今康介様がご覧になっているのは、私なりに世界の形をごく簡易的に表したものです。実際はもっと規模の大きなものですけどね」
フィーちゃんがそう言うと、右手で赤い立体を指差す。
「そしてこれが、双方の世界にとって大きな問題となってしまった存在」
先ほどまでの明るい表情は失われ、彼女の顔が悲しみに満ちる。
あまりにも目まぐるしく変化する状況についていけなかった俺だったが、フィーちゃんのその表情に視線が釘付けにされてしまった。
二つの世界に悪影響を及ぼす存在。
それがフィーちゃんにとってどのような間柄なのか。
「かつて、私たちの世界で勇者と称えられた……大切な人です」
ああ、これはもうただ事ではないんだな。
空想やら妄想やら幻覚やら。
そんなことを、今にも泣き出しそうな子に言えるわけがないじゃないか。
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