第二幕【全てを背負った勇者の末路】
2-1【時給いくらのバイトなのか】
世界をまたぐ大きな問題を解決するためやってきた異世界の少女、オフィレナ。
彼女は自らの魔力を使い、何も知らない俺に対し今起きていることを教えようとしてくれていた。
最初はこの子の為にジオラマをこしらえればいいと高を括っていた。
しかし今となっては、フィーちゃんの言葉が俺の想像より深い意味を持っていたことを理解せざるを得ない。
「大切な、人?」
フィーちゃんが指差す光の立体。
それが大切な人を意味するマークだとしても、分からないことが多すぎる。
二つの大きな球体の間は、先程の話から察するに世界の狭間というやつだ。
つまり今いるこの世界とフィーちゃんが来た別の世界の間にある空間ということでいいはずだ。
いや、そんなものが実在したところで一般人の俺に想像できるものではないが。
「君の大切な人っていうのは、世界の外にいるってことなのか?」
「はい。今は世界の狭間で眠っています」
淀みなく断言するフィーちゃん。
そのわずかに震える口調には、悲しみとそれに抗う決意のようなものがこもっているようだ。
「この方は人々の為、仲間と共に世界の困難へと立ち向かった勇者です。そして今は――」
そのとき、フィーちゃんの声を遮るように風鈴が鳴り響く。
店内の冷えた空気が入り口の方に流れ、
「青島君お疲れぇーって、おやまぁいらっしゃい。外国の方?」
張り詰めた場の空気をぶち壊すのん気な声。
俺達は同時に声の方……店へと戻ってきた神主さんの方を見た。
「あ、お疲れ様です。フィーちゃん、この人がこの店の店長ね」
「まあ、そうだったんですね。初めましてっ」
すぐさま平静を装い神主さんと向き合う俺達。
いつの間にかフィーちゃんは出現させていた世界の略図を消失させ、神主さんに向けて深々と頭を下げる。
俺より先に神主さんの存在に気付いていたのか。まあ魔法なんてものおいそれと部外者に見せるわけにはいかないだろう。
「こりゃまたご丁寧に。しかし平気なの? 随分と暑そうな格好してるけど」
「へっ? ああはいっ。見た目よりも涼しい服装なんですよ」
歩み寄ってきた神主さんに対し、無邪気な笑顔を見せるフィーちゃんがその場で一回転する。
杖を両手に持ちながら回る様はまるで踊っているようで、スカートがゆったりと翻っていた。
その様子を腕組しながら眺めている神主さんが、感心した様子でうなずいている。
「そりゃまた、欧米の服ってのは大したもんだねぇ。でも熱中症とか気を付けるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「お礼なんかいいんだよ。ああそうだ、ラムネあるから持っていきなー。外国人向けサービスだ」
嘘つけ。誰彼構わず気に入った相手には飲み物配ってるだけだぞ。
って、これは完全に話の腰を折られてしまった。
神主さんがカウンターの方へ戻り、奥の棚に置かれている小さな冷蔵庫に手をかける。
あれにはいつも何かしらの飲み物が常備されている。アルコール類込みで。
神主さんが冷蔵庫を開けると、扉側の棚に置かれた透き通った青緑色の瓶ラムネが目に入った。
内部の棚は三段になっており、缶ジュースや缶ビールのラベルが伺える。
神主さんは扉側の棚から瓶ラムネを取り出し、再び俺達の方へ戻ってくる。
そしていつもの笑顔を浮かべながら、キンキンに冷えたラムネを彼女に差し出した。
「ええと、突然このようなものを頂いてもよろしいのでしょうか?」
戸惑った様子でラムネを見つめるフィーちゃん。
そりゃあそうだ。異世界の人が瓶のラムネなんて見たことないだろうし。
だがそんなことを知らない神主さん。
「いいよいいよ。店の中で開けたら汚れちゃうから、開けるときは外でねー」
「はひゃっ!」
緊張した様子のフィーちゃんの頬に、神主さんは瓶の底を軽く当てる。
冷たい感触に驚いたのか、何とも可愛らしい悲鳴が店内に響いた。
それでもフィーちゃんは怒る様子も見せず、戸惑いながらもラムネを受け取る。
受け取ったそれをしばらくずっと眺めている辺り、物珍しいのか扱いに困っているのか。いや両方か。
「てか店長、打ち合わせ終わったんだったら俺そろそろ帰りたいんだけど」
「え? あーそっか、うんうん。無理聞いてもらってありがとねー」
聞いた覚えはないんだよなぁ。
だがこのまま店長とここに居ても、フィーちゃんと大事な話をすることが出来ないだろう。
そんなことを思いつつ眺めていた神主さんが、突如作務衣の懐に手を入れ黒い長財布を取り出す。
そして財布の中から二万円を取り出し、俺の方へと差し出してきた。
「はいバイト代」
「えっ、ちょっとこれ多すぎですって」
「いいのいいの青島君いっつも色々買ってくれるし。ちょっと色付けとくよ」
「たかが数時間カウンターにいただけで二万はちょっと申し訳ないんすよ」
気前がいいというか、ここまで来るといい加減か。
若干の恐れ多さに俺が戸惑っていると、最後は業を煮やした様子の神主さんが無理矢理万札二枚を握らせてきた。
「はいあげたー。もう受け取りませーん」
「店長……子供じゃないんだからさぁ」
「ワシからすりゃあ青島君の方が子供よ子供。それにこの子知り合いなんでしょ? 仲良さげに話してたみたいじゃない」
神主さんが俺とフィーちゃんの顔を交互に見比べる。
どういった状況を目撃したのかは分からないが、どうやら俺達がショーケース前で会話していたのを知っているようだ。
そうなるとフィーちゃんが使った魔法を見ていそうなものだが、言及しないということは気にしていないのか気付いていないのか。
「えっと、実は私達知り合ったばかりなんです」
「うん。この子が俺のジオラマ見て話がしたいって」
そう言って俺は、ケース内の自分が作ったジオラマを指差す。
「あーなるほどねー。青島君若いのに結構凝ったもの作るもんねぇ」
感心した様子でうなずいた後、神主さんが展示品の方へと目をやる。
年齢と凝り方に関係があるかは分からないが、手をかけるのが好きなのは確かだ。
「そういえば今日、新しいジオラマ持ってきてたでしょ。この子に見せてあげたら?」
「えっ、新作もあるんですかっ!?」
「ああうん、あるよー。あるから少し落ち着いてね」
杖を抱える姿勢で詰め寄ってきたフィーちゃんを目の前にして、俺と神主さんは目を丸くする。
喜び勇むその表情は微笑ましくもあり、勢いに圧倒されそうでもある。
しかしすぐに我に返った様子で愛想笑いを浮かべると、フィーちゃんは俺達から少し距離を取る。
「ホント好きなんだねぇ。じゃあこんなところで話してないで、近くのファミレスでも行っといで」
「え、いや俺これを飾りに……まあいいか」
横目で伺ったフィーちゃんが、早く俺の新しいジオラマを見たいと目で訴えかけている。
本当ならガラスケースに飾るつもりだったけれど、それは別の日でもいいだろう。
何より隣に立つ神主さんがさっさと帰れと圧を送ってくるわけで。無理矢理店番させたのはそっちなのに。
だが破格のバイト代をもらったわけだし、これはきっとフィーちゃんに何かおごってやれという神主さんの気遣いも含まれているのだろう。
俺はカウンターの方に戻り、紙袋を手に取る。
そして神主さんの視線を背中に浴びながらカウンターを後にし、先に自動ドアの近くに移動していたフィーちゃんの隣に立つ。
「この中にあるんですねっ」
「うん。あれより小さい奴だけどね」
紙袋の中に入った白い箱を、興味津々といった様子で見つめるフィーちゃん。
こうして自分の作ったものを楽しみにしてもらえるのは嬉しいものだ。
こうなると、早く見せてあげないとフィーちゃんにも悪い。
俺はもう一度店長の方を振り返り、紙袋を持った右手を軽く上げる。
「それじゃあ店長、バイト代ありがとね」
「飲み物ありがとうございます。それでは失礼いたします」
「あいよー。気を付けて帰るんだよ」
どこか人懐っこい笑みを浮かべながら、神主さんが俺達に向け手を振る。
そんな見送りを背中に受けながら、俺達は改めて店を後にする。
自動ドアが開き、風鈴の音が耳に届く。
夕方特有の熱と湿気を帯びた空気が、俺の体に襲い掛かった。
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