1-3【浮世離れの少女】
見慣れた展示用ショーケース。
精巧に作られたプラモデルが多数並んでいるが、そのジャンルは多岐にわたる。
現在人気のロボット物から美少女プラモデル。
それらに混じってかつて三種の神器と呼ばれた自動車、船、飛行機といったスケールモデルも並ぶ。
そして数は少ないが、展示品の中にはジオラマも存在している。
なお、俺の作品というのがそのジオラマである。
作る物はその時の気分で決めているが、建物と風景の時もあればアニメの一シーンを切り取ったようなものまで。
子供の頃に触れた城のプラモデルに嵌ってから、こういったシチュエーションを作ることに没頭するようになったのだ。
おかげで完成品を置く場所に困っているんだけどな。ガハハ。
「はぁ……何度見ても素晴らしいですねぇ」
展示品を眺めながら、恍惚にも似た表情を浮かべる女の子。
その姿を見て、ただただ俺は変わった子だなぁと感慨にふけていた。
しかしそれを見る姿は非常に行儀よい。ケースから付かず離れずの距離を維持し、背筋を伸ばした状態で見つめている。
変わった子ではあるが、親の教育が行き届いているのだろうな。興奮するとちょっと暴走しがちなようだが。
「それで、店長さんの作品はどちらでしょうか?」
「店長じゃないよ。ほら、そこにある少し大きめの奴」
俺が指差したのは、既に二か月ほど置かせてもらっているロボットアニメのワンシーンをイメージしたジオラマだ。
大きさは縦約三十センチ。横と奥行きは大体二十五センチくらいで収めている。
内容は戦場跡を意識して作った半壊したビル群と、瓦礫に覆われた人型兵器の残骸達だ。
使っているロボットは版権ではなくオリジナルのシリーズで、いくつかのキットを
廃墟感を出すためにあらゆる素材と塗装を総動員し、実際の戦場の写真やらを観察しながら作った自分なりの力作だ。
普段は置き場所も考慮して小型を意識したものを製作しているのだが、これはアルコールをキメてハイになった勢いで作り始めたせいで少し大規模なものになってしまった。
結構場所を取るものなのに、快く展示してくれた神主さんには感謝している。
さて、女子にはあまり響かないのではないかと思う作品ではあるが、この子はこれを見てどう思うだろうか。
「これは……」
俺が指差したジオラマを真っ直ぐ見つめる少女。
石粉粘土を駆使して作った瓦礫の一つ一つや、プラスチックの角棒を使って組み上げたビル群の窓枠。
真鍮線を使って再現した鉄筋の一本まで、見逃さず観察しているのではというくらいの凝視っぷりだ。
ちなみに瓦礫から覗く鉄筋は俺のこだわりポイントである。
ジオラマを見る女の子の様子があまりにも真剣で、妙な緊張感が店内に漂い始める。
声をかけるのも
それから十分ほど経っただろうか。
ケースのガラスに反射する女の子の真剣な顔を見つめていたら、突然彼女がこちらを振り返る。
「すみません。この建物の壊れた部分から覗く細い線は何でしょうか?」
「え? ああ、これは鉄筋だよ。コンクリートの建物はこれが中に入ってるんだよ」
「こん、くりーと……なるほど、この世界の建材というわけですね」
どういうことだろう。
突然こちらを見たかと思えば、何やら気になる発言が出てきたぞ。
低く見積もってもこの子は中学生くらいに見える。
それくらいの年齢ならば、鉄筋についてはともかくコンクリートくらいは知っていると思うのだが。
それに、何だ……この世界?
変わった子が来店してきたと最初は思っていたが、そういうキャラになり切っているのだろうか。
「崩れた建物に倒れる鎧騎士の方々……精巧であることを意識した情景……」
俺の混乱をよそに、女の子は顎に手を当てながら色々つぶやいている。
というか鎧騎士? もしかしてロボットのことを言っているのか?
ここまで来ると趣味の違いというより、浮世離れと言った方がいいくらいに知識の違いがあるような気がしてきた。
一体この子は何者なのか。
そんな疑問を抱き始めたところで、突然女の子が俺の方に詰め寄ってくる。
俺の胸元ほどしかない身長の子だというのに、俺は勢いに驚いて一歩後ずさってしまう。
「素晴らしいですっ! 現実を追及するあなたの姿勢、感服いたしました!!」
「は、あ……そ、そう。どうも」
先ほどまでのおとなしい雰囲気はどこへやら。
まくし立てるように話しかけてくる勢いを前に、本当にさっきまでの子と同一人物なのかと疑ってしまう。
「やはり感じるはずのない魔力の気配を追って正解でした。まさかこのような方に出会えるとはっ」
「気配? 魔力?」
「これはきっと
ダメだ、全く状況が理解できない。
俺に詰め寄ってきたかと思えば、今度は杖を持ったまま両手を握り天井を見上げる女の子。
神への祈りを捧げているのだろうが、そもそもなぜここで神?
唯一分かったのは、格好の通り神職に就いていたという事くらいか。
しばらくの祈りの後、頭を下げ一息ついた女の子が再び俺の方を見る。
その眼差しは明るく輝いているが、表情は先程とは打って変わり真剣そのものだ。
一気に張り詰める場の空気。
俺はただ息を呑み、女の子の言葉を待った。
「突然申し訳ございません。出来ればあなた様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「名前? えっと、
明らかな年下に対し敬語になってしまう情けない俺。
そんな俺に対し、女の子は満足した様子でうんうんとうなずいている。
「アオシマコウスケ様……失礼ですが、姓は前に付けるのがこの地域の習わしですよね?」
「は、はい。名前は康介です」
これまた妙なことを聞かれたものだが、もはや疑問に思う暇もない。
ただ促されるように質問に答えると、女の子は微笑みを向けてくる。
「ありがとうございます、康介様。私はオフィレナ・フレン・グレースマンと申します」
「お、おふぃ?」
「発音しにくいのでしたら、気軽にフィーとお呼びくださいっ」
年……いや、外見相応の子供っぽい笑顔を見せるオフィレナことフィーちゃん。
発音しにくいということはないのだが、向こうの様子からしてそう呼んで欲しい雰囲気があるので、今後はフィーちゃんと呼ぶことにしよう。
それでだ、一体俺はどういう状況に巻き込まれているのだろうか。
こちらの文化を確認するように話しかけてくる様子からは、演技のようなものが一切感じられない。
つまりフィーちゃんは真剣にこちらの文化に合わせようとしている事になるのだが。
フィクション世界から飛び出したかのような浮世離れした格好と、日本の文化に馴染みのない様子。
そういったアニメや漫画はあんまり見ないのだが。いやまさか、そんな馬鹿な。
「さて、康介様。実は折り入ってご相談があるのです」
杖を左手に持ち、右手を自らの胸元に当てるフィーちゃん。
先ほどまでの無邪気さが残る様子から、まるで信者に対し説法を聞かせる聖職者の風貌へと変化する。
「相談? 俺に出来ることなんてほとんどないんじゃないかな」
「そんなことはありません。康介様の作品を見て、あなたなら間違いないと私は確信いたしました」
「作品って……えっと、それって何か作って欲しいってこと?」
「その通りです」と口にし、フィーちゃんが深くうなずく。
突然そう言われても困りはするものの、それなりに長くやっている趣味だ。そういうことなら出来ないことはないだろう。
まあ俺より上手い人はこの日本だけでごまんといそうだし、場合によっては3Dプリンターとか使った方が速そうだが。
しかしフィーちゃんの様子からして、どうもそういった意味ではないような気がする。
そう、何かとんでもない話を持ち込んできたような――。
「康介様。どうか二つの世界のために、『迷宮』を製作してはいただけないでしょうか?」
……おおっと。
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