最終話
窓の外では、小さな光の粒たちが集まっていてきらびやかな夜景を生み出している。
固定されたビルの光の間を走り抜ける車のライトがこれまた綺麗で、遠く遠くに見える光たちを眺めて感心した吐息を漏らした。
「いやぁ……こうして見ると、夜景もいいもんですね」
「そうですね。…ほんと綺麗」
テーブルを挟んで向かい側にいる彼女も感嘆と声を零していて、私は得意げに気分よくワインを喉に通す。
「いかがですか、この風景。気に入ってくれました?」
「ええ、とっても。また来たいです」
「ぜひぜひ。来年も来ましょう」
“来年”というワードに反応して目を細めて微笑んだ彼女は、いつになく穏やかな瞳をしていて。
渡すなら、今しかない。
最大のチャンスを見逃すことなく、ムードを崩さぬよう気を付けながらパンツスーツのポケットを弄った。
「改めてになりますが、緋弥さん」
コホン、とひとつ咳払いをして、気恥ずかしくも取り出した小さな箱を開きながらテーブの上に乗せた。
それを見て、鵜飼先生の瞳がまん丸く開く。
相手が呆気にとられている間に、中に閉まってあったダイヤモンド付きの指輪を指でつまんで、無防備になっていた手を取った。
「あなたのことを心から愛しています」
まっすぐに相手を見つめて、嘘偽りない愛の言葉を囁く。
「私と、人生を共にしてくれませんか」
本当は“付き合ってください”と言うはずが、気分が盛り上がりすぎてもはやプロポーズとなった言い回しに、鵜飼先生の瞳には涙が滲んだ。
「っ……はい!」
こうして無事に、彼女の希望通りでもあるロマンチックな告白も経て、改めて正式な交際をスタートさせた私達だったが。
大人には、色々と考えたり確認したりしなきゃいけないことがたくさんあるもので。
告白後の食事の最中は、なんとも現実的な話ばかり繰り広げる結果となった。
「子供とか……作れませんが、いいんですか」
「はい。…元々、男性と結婚しても子供を儲けようとは思っていませんでしたから」
「…どうして?」
「理由は様々です。……でも一番は、自分の子供を愛情持って育てられる自信がなくて」
意外にも鵜飼先生は現実的な話にも応じてくれて、その中で彼女の自信のなさも垣間見えた。
未だ容姿に自信がないらしい彼女は、子供が生まれても可愛いと思えなかったらどうしよう……そんな不安を抱えていたようで、男性と付き合うのを渋っていたのもそれが原因のひとつだとか。
「だけど子供は好きなので……それもあって、子供に携われる仕事にしました」
「なるほど。そういう経緯が…」
「はい。…だから、好きになったのが女性で良かったのかも」
そう考えると、ある意味で運命的な出会いだったのかもしれない。
なんにせよ、鵜飼先生が子供のことなんかを気にせず付き合える相手でよかった…と、これはお互い同じことを思っていただろう。
「そのうち同棲とか……その辺り、鵜飼先生はどうお考えですか」
「それは私もしたいけど……住所とか、移しちゃうとバレちゃいますよね」
「そうなんですよねぇ……職場が同じだと、どうしてもそこが厄介ですよね」
「困りますよね、こういう時…」
「まぁしかし、私の家はほぼ何もありませんし、基本は鵜飼先生の家で過ごして定期的に換気がてら帰るのはどうでしょう」
「蒼生さんがそれでいいなら…」
と、まぁ……なんとも色気のない真面目な話し合いをすること数十分。
未来についての話も固まってきて、ふたりとも妥協なく、問題もないところまできたところでちょうど食事も終え、最後のワインをひとくち飲み干してからホテルの一室へと向かった。
今日は奮発して良い部屋を予約していて、ここも夜景が見下ろせるところである。
「すごい……全面窓ガラスなのね」
「はい。…景色を見ながら、楽しめますよ」
何がとまでは言わなかったが、ガラスに手をついた鵜飼先生は手を回した動きで、察してくれたんだろう。
「もう……着いてすぐ…ばか」
とか言いながら体の向きを変えて、私の首に腕を回した素直じゃない相手の腰を抱き寄せて、そっと唇を奪った。
すぐに顔を離して見てみれば、後ろに続く夜景がよく映える、美しい顔立ちの鵜飼先生に心奪われる。
「……本当に綺麗です」
「やだ……嘘つかないで…」
「こんな時に、嘘なんてつきませんよ」
頬のラインを撫でて、自信なさげに顔を逸らしたその体を抱き締める。
「世界で一番、綺麗です」
一年前の自分は、こんなクサい台詞吐いたこともなかった。
だが、今はどうだ。
「愛してるよ、緋弥」
彼女によって変えられた口が勝手に動いて、引き寄せられるように唇を重ねる。
そこからはじっくりと、味わうように舌を絡めたりとしていって……気が付けばベッドの上。
「は、はぅ……っうぅ…あ、蒼生さん…」
「んー?なんですか、緋弥」
「好き…っ愛してる」
「…うん。かわいい……私も愛してるよ」
夜景なんてそっちのけで鵜飼先生を堪能して、し尽くして、最後にはふたりで寝落ちた。
目を覚ましたのは深夜で。
鵜飼先生はまだ寝てたから、灰皿の置いてあるバルコニーに出て、あくびを噛み殺しながらタバコの火をつけた。
白い煙が揺れて、少し強い風に流されたのを目で追いつつ、視線の先に見えた夜景をそのまま楽しむ。
「綺麗だなぁ…」
「……好き」
柵に腕を置いて眺めていたら、後ろから抱きつかれて少し驚く。
「…起きたの、緋弥さん」
「……うん。起きたらいなくて、さびしかった」
「ははっ、ごめんね」
寝起きだからかやけに甘えたな彼女を抱きしめるため振り向きざまに灰皿で火を消して、腕の中へと包み込んだ。
ネグリジェをまとった鵜飼先生は本当に綺麗で、こうして体を密着させてるだけでまたムラついてしまう。
しかし、ここはムードを優先して耐えた。
「蒼生さん……好き…」
「…なに、そんな甘えて」
「だって……好きなんだもん」
「あー……もう。かわいい」
せっかく我慢しようとしてたのに、これは誰だって無理でしょ。
我慢するほうが無礼だとまで思えてきて、彼女の背中を支えながら膝下に手を入れる。
「ベッド行こう?緋弥さん」
「…うん」
素直な鵜飼先生を連れて、また室内へと戻る。
お姫様抱っこの状態からベッドへ優しく下ろしてあげて、そこからはまたふたりの愛を深める行為を始めた。
夢のような時間は、終わらないまま。
結局、朝方まで楽しんだ私達は時間を延長して、のんびり過ごしてからホテルを後にした。
こうして、無事に二度目の告白も成功に終わり。
「さてと……行きますか、緋弥さん」
「はい!」
「今日は保健体育の授業がありますから、放課後…打ち合わせしましょう」
「うん、わかったわ」
数ヶ月後、無事に同棲(仮)を始めた私達は、仲良く仕事へ向かうため家を出た。
家でも学校でも、たまに喧嘩しつつも仲良く過ごしながら……きっとこれから先も、こうやって時間を重ねていく。
練習でしかなかった保健体育の時間も、今では慣れたもので。
「蒼生さん……もう一回、したいです…」
「うん。…何回でもしましょう、緋弥さん」
今では怖いくらい素直になった鵜飼先生は、毎晩のように求めてくれるようになった。
……たまにしんどい時もあるけど。
そんな時は、漫画でも読みながらまったり過ごしたりと工夫して。
「大好き……好き、蒼生さん」
「…私も。愛してますよ」
いつまでも幸せに。
運命は終わることなく続いていく。
だけどこの続きは、ここでは話せないから。
また別の場所で話そうと思う。
【ここからは、保健体育の時間です。】
完
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