第29話
























 前回の反省を活かして、今度こそは告白できるタイミングを見計らってチャンスを逃さず行こうとした結果。


「好きです、鵜飼先生。付き合いませんか」

『……嫌です』


 溜まりに溜まった思いもあったから、通話して早々に告白したら、見事に撃沈してしまった。

 通話の向こうではため息をつく音が聞こえて、その後で呆れきった声が耳に届いた。


『電話に出てすぐなんて……さすがに色気がなさすぎます。まったく…』

「すみません、声を聞けて気分が盛り上がって、つい…」

『……そ、それならそうと、最初に言ってくれればいいのに』

「最初から言ってたら、付き合ってくれた?」

『あぅ……そ、それとこれとは話が別です』


 気難しい彼女は、まだまだ告白には応じてくれなさそうだ。

 しかし焦ることはない。最終的にクリスマスの日、盛大に告白するという手段がまだ残っている。

 ムードに弱い彼女なら、きっとその日には口説き落とせると信じて、今は貴重な通話タイムを無駄にしないよう話題を提供することにした。

 ちなみに今は深夜0時を回っていて、隙を見て十数分程度だけ電話をするためわざわざ鵜飼先生はひとり職員の集まる部屋から抜け出してくれたらしい。


「どうですか、そちらは」

『…来てみれば案外、楽しいです。生徒達も怪我や病気なく、他の先生方も優しくて』

「それはよかった」

『……そちらはどうですか?』

「相変わらずの忙しさですよ。仕事を早めに終わらせれば終わらせただけ、他の業務が舞い込んできます」

『仕事ができる人は大変ですね…』

「いやぁ、そうなんですよ。参っちゃいます」


 謙遜もせず笑ったら、向こうもつられて気の抜けたように微笑んだのが伝わった。


『羨ましいです、そういうところ』


 次に聞こえてきた声は、本当に羨むような静かな声で。


『勝先生は、自信があってかっこいいですよね』


 続けて素直に褒められたことには、予想外の発言すぎて軽率に照れた。

 電話越しだから声がダイレクトに耳へ響くのも相まって、嬉しさは倍増である。

 鵜飼先生は過去の経験からか自分にあまり自信がないようで、時折こうして私のことを羨望する気持ちで褒めては、自分の自信を喪失させているようにも感じた。

 褒められるの嬉しいが、なんとも複雑な気分ではある。


「……鵜飼先生も、すごいですよ」

『?……何がですか』

「今も、たったひとりで何百人という生徒の安全管理を担ってるんですから。凄いことです」

『業務なので。当然のことをしているだけですよ』

「そう思えるのも、あなたの強みですよ」


 前向きな事ばかりを伝えていたら、照れたらしく通話の向こうで彼女は黙ってしまった。

 声が聞こえなくなったら途端に寂しさを覚えて、気持ちをごまかすためベランダに出てタバコの火をつける。


『…あ。今、タバコ吸ってますか?』

「ははっ、バレましたか」

『ずっと見てるもの。音だけでも分かります』

「……そういえばもう、出会って半年は経ちますからねぇ。早いんだか遅いんだか…」


 まだ一年も経っていないということには驚きだが、半年以上も経ってるということにも驚く。ついこの間まで夏だったのに、今はもう秋も終わりだ。

 鵜飼先生も同じ感想のようで、しばらくお互い感慨深く話をした。

 しかし時間も時間で、明日も仕事があることを考えて早めに切り上げる流れへ持っていった。


「それじゃあ、そろそろ…」

『え。もう少し』

「修学旅行中は体力も使うし、仮眠くらいの時間しか取れないから。寝れる時に寝といた方がいいですよ」

『でも……さびしい…』


 通話越しに聞こえてきた、本当に寂しそうな声に心臓が痛むほど縮こまる。


「…私も、早くあなたに会いたいです」


 本心を告げて、その日は泣く泣く通話を切った。


 翌日も、さらに翌日も……鵜飼先生との深夜ほんの十数分だけ通話する時間は続いて、


「寂しくなったら、もち太郎を抱き締めていいですよ。勝先生は特別です、許可します」

「いやはやありがたい…」

「あ、だけど……もち太郎にえっちなことするのは禁止です」

「……ご安心ください。生憎、くまに興奮する癖は持ち合わせてませんので」

「ふふ。よかった」


 修学旅行前に合鍵を渡されてたから、連日自分の家ではなく鵜飼先生の家に帰宅していることも彼女は知っていて。


 いよいよ、最終日。


 三泊四日の修学旅行を終え帰宅してきた鵜飼先生は先に家へと帰っていて、通常通り業務がある私が後から帰宅することに。

 夜になってスマホを見れば、「今日は疲れたからお弁当買ってきました」と、そう連絡が入っていた。

 疲れてるのにわざわざ私の分の夕飯まで考えてくれるなんて……なんて優しい人なんだろうと心打たれながら鵜飼先生の自宅へ向かう。


 鍵を開ける時、少しだけ緊張した。


 たった四日会えなかっただけなのに、この先に彼女がいるんだと思ったら……それだけで心臓は落ち着きを失くす。


「…た、ただいま」


 玄関に入ると、少ししてひょっこり鵜飼先生が部屋に続く扉から顔を出した。


「お、おかえりなさい」


 彼女もまたどこか気まずそうに出迎えてくれて、そそくさと私の前まで足早にやってきてくれる。

 しばらく、どうしていいのか分からず互いに立ち止まって、無言のまま時は流れた。

 へ、変に意識しちゃうな…困った。

 以前の私であれば、何も気にすることなく抱き締めに行っていたはずなのに。


「…は、入りますか」

「あ……はい」


 目の前にいる鵜飼先生が可愛すぎて、何をするにもぎこちなくなる。

 招いてもらうがまま部屋に入り、定位置であるベッド下に座る。彼女は、ベッドの上のもち太郎を抱きしめに行っていた。

 この瞬間だけはぬいぐるみに本気で嫉妬したものの、言うのはあまりに大人気ないという恥があったから何も言わずに、気持ちをごまかすためテレビをつけた。


「……どうでしたか、修学旅行」

「…た、楽しかったです」

「それはよかった」


 会話も長くは続かず、テレビから流れる笑い声だけが虚しく響く。

 どうしようか困り果てた私は、一旦タバコでも吸おうと立ち上がれば……過剰反応した鵜飼先生の肩がビクリと跳ねた。

 そこまで何かを期待されると逆にやりずらく、頭の後ろを掻きながらベランダへ出る。


「あ……な、なんだ。タバコですか?」

「はい。…緋弥さんは待ってていいですよ。寒いから」


 てとてと後をついてきた彼女はカーテンに隠れつつこちらの様子を窺っていて、かわいくてキスしたくなる気持ちは煙に巻いてかき消した。

 ……早くキスしたい。

 が、今はタバコを吸ってしまったばかりで、においを嫌がられるから我慢だ。

 それならいつしよう?…と悩んでいるうちにタバコを吸い終わり、また部屋へ戻り、彼女ももち太郎と一緒にベッドに座り……何もせず時間だけが無作為に流れること十数分。


 ツン、と。


 背中を触られる感触がした。

 肩越しに振り向けば、怒ったような拗ねたような顔をして足先でグリグリと抉ってくる鵜飼先生と目が合って、それもすぐに逸らされてしまう。


「……なんですか」

「別に何も」

「……じゃあ、この足は?」


 細い足首をやんわり掴み持って、体の向きをベッド側へと変える。


「は、離してください」

「嫌です」


 足を引こうとしたのを、こちらはさらに強い力で引き寄せて止めた。そのタイミングで、自分はベッド脇に膝を乗せる。


「人を蹴っちゃいけないって、教わりませんでしたか」

「せ、せっかく帰ってきたのに構ってくれない最低教師がいたから、お仕置きしたまでです」

「……お仕置き、ね」


 寂しいだけの、素直じゃない生意気な鵜飼先生にこそ相応しい言葉を吐いた彼女には、こちらも何かお返しをしなくては。


「あなたはするよりも、される方が好きでしょう」


 足首から膝下へと手を持っていって、無防備に開かれた足はそのまま固定させておく。

 もう片方の手は太ももに置いて、ネグリジェの布の中へと忍び込ませた。

 しかしそれも、手を重ねられてやんわり拒否の姿勢を取られ、止められてしまう。


「…嫌だ?」

「……嫌じゃないけど…だめ」

「どうして」

「…今は、ハグしてほしいの」


 不意打ちの甘えん坊に、一瞬で心やられた。


「ごめん、緋弥さん」


 性欲に走ろうとした自分を反省して、すぐ彼女を抱き締めるため体を前屈みにさせる。

 腕の中へと包み込めば、彼女の手も背中へと回って、久しぶりの体温に心音は高鳴るものの……どうしてか気持ちは落ち着いていた。

 ここまで来たら、私の抱く感情は恋心というよりもはや愛で。


「会いたかった、ずっと」

「……うん。私も」


 愛してやまない彼女が、自分の触れられる距離にいることにもまた、愛おしさを芽生えさせた。

 …愛してるって伝えるのは、冬までとっておこう。

 告白まで残り少ない。

 ここは焦らず、今は目の前にいる彼女の温度だけに集中しようと目を閉じる。


 その大人の余裕が功を奏したのか。


「…会ったら、蒼生さんに伝えたいことがあったんです」

「なんですか?」

「私……その」


 少し体を起こして距離を取ったら、背中に回っていた手が胸元に移動して、不安げに服を握られた。

 どうしたんだろう、という疑問は、


「そろそろ……ほ、本番の練習がしたい、です」


 嬉しい提案と共に抱えていた欲も解消され、胸を締め付けてきた。

 それはもう、告白となんら変わらない。

 私との練習を終わらせたいという明確な意思を持って伝えられた言葉は、胸の内に大きな幸福感をもたらした。


「っあ、あくまでも本格的な練習ってだけですから。別に蒼生さんと本番に進みたいとか、そういうわけじゃ…」

「うん」


 いつものツンデレも愛しくて、相手の声を遮ってまで抱き包む。


「分かってるから」


 言葉は無くとも、人の服を掴んで甘えてくる行動や、恥じらった声色で。

 彼女の全てが私を“好き”と言ってくれていて、そんなんで分からないほど鈍い大人じゃなかった。


「少しずつ、進んでいこうね」

「……はい」


 だけど大切にしたいから。

 その日は彼女の言う“本番の練習”に進むことはせず、ただただ頭を撫でたりと愛でるだけで終わらせた。

 こうして修学旅行も無事に乗り越え、12月。


 いよいよ、クリスマスが近付いてきた。











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