第28話























 仲直りを終えてから、数日後。


 季節はもう冬に差し掛かる秋へと変わり、本格的に寒くなってきた今日この頃。


「お疲れさまです、鵜飼先生!さっそく今日の打ち合わせなんですが…」

「お疲れさまです…」


 放課後、用があって保健室へと出向いたら、目に見えて鵜飼先生のテンションが低かった。

 疲れ果てた様子ではなく、落ち込んでいる気配をまとった彼女は打ち合わせ中もどこか上の空で、何か悩みでもできたかな…?と心配になって夜に彼女の家へお邪魔する約束を取りつけた。

 真面目な彼女のことだから、きっとミスでもしてしまったのかと思っていたが、


「……修学旅行が、嫌で…」


 予想に反して、業務に対し弱気な発言を受けて腑に落ちた。

 養護教諭である鵜飼先生にとって修学旅行が気が重い業務であることは、想像に難くなかったからだ。

 たったひとりで生徒全員の安全管理なんかを、慣れない土地で行わなければならず、それに加えて緊急時の対応も常に問題なく動けるよう気を張っていなければならない。

 誰だって、気が重くなって愚痴のひとつでもこぼしたくなる。

 気持ちが分かるから、その日は泊まることにして、彼女の心の内を余すことなく聞いてあげようという同情と親切心を働かせた。


「……一緒に行きませんか」

「ん?」

「勝先生も、来てください」


 作ってもらった料理を食べている時、不意に箸を置いた鵜飼先生がぽつりとそんなお願いをしてきた。

 ひとりで心細いんだろうことを察して、本当なら「いいですよ」と言いたいところだが……生憎、私も私で仕事が忙しく休みなんて取れそうもない。


「気持ちは行きたいんですが……お休みがとれるかどうか…」

「ですよね……すみません。わがまま言って」

「代わりに、当日の夜とか時間があれば電話するとか…どうでしょう?会えなくても、せめて」

「……うん…」


 代案を出せば、少しは気持ちを落ち着けてくれたのか柔らかな微笑を浮かべて頷いたものの。


「うぅ〜……いやだ、行きたくない…助けてもち太郎…」


 寝る直前になって、毛布の中でもち太郎を抱き締めた彼女は唸るほど嫌な思いをひたすらに吐き出していた。

 修学旅行まではあと数日。今からこんな具合では、前日の夜から当日にかけてはもっと辛いだろう…と慰めたくなった気持ちで同じ毛布に潜り込んだ。


「おいで、緋弥さん」

「ん……うん、蒼生さん…」


 腕を広げて待てば彼女はすぐ来てくれて、落ち込んでる体をそっと優しく抱き包んだ。

 頭の後ろを撫でながら、そのまま背中の方まで宥めさすって、しばらく無言で静かな時間を過ごした。

 そうしているうちに、今度はグスグス泣き出したのを、可哀想に思えてきて強く抱き締める。


 ほんと、こんな調子で大丈夫かな…?


「…明日から当日の朝まで、泊まりましょうか?」

「……いいんですか」

「うん。…心配だから」

「…うれしい」


 私からの提案を素直に受け入れてくれた鵜飼先生が予想外に可愛くて、胸の奥がきゅっと縮こまった。

 ……やばいかも。

 そう素直に喜ばれると、そんなにも私が必要なのかと勘違いしてしまいそうで、理性がうまく機能しなくなる。

 “抱きたい”と“ただ抱き締めたい”の狭間で彷徨った心は結局、浅いキスをひとつ落とす結果となった。

 泣いていたからか、彼女の唇はいつもより温度が高くて、ぷっくらとしていて。


「…緋弥さん」

「な、なに…?」

「ここ……触っても、いい?」


 それがまたえっちで、ついつい欲深な手は胸元の膨らみへと伸びた。

 断られるのは分かりきっていて、それどころか怒られると分かっているのにバカな頭は期待して愚問を投げる。


「……い、いい…ですよ」


 が、その日の彼女は違った。


 修学旅行が嫌すぎることへの現実逃避なのか、意外にもすんなりと頷いてもらえたことに驚いて、私の方がしばらく固まる。

 一瞬、弱みにつけこむようなことじゃないかと良心が痛んだものの、こんな機会もう訪れないかもしれない……そう思うと、欲の方が余裕で勝った。

 さっそく揉みしだいてしまおう…と、嬉々として手を伸ばしたら、彼女は素早く体勢を変えて背を向けてきた。


「ん…?緋弥さん?」

「っは、恥ずかしいから、顔は見ないでください」


 やっぱりやだ、と言われなかったことには一旦安堵する。

 ただ、欲を言えば善がるえろい顔も見たかったなぁ…なんて、少し落ち込みはした。が、彼女が本当に嫌なら仕方ない。後ろからの方が揉みやすいし、いいや。

 気を取り直して彼女の首の下に腕を通して腕枕しつつ、もう片方の手は脇の下へと通す。

 いきなり鷲掴みするのは色気もないし、痛いだろうからやめておいて、まずは下着とパジャマ越しに柔く包んだ。


「…前から思ってたけど、大きいね」

「い、言わないでください…」

「恥ずかしい?」

「それもあるけど……コンプレックスなの」

「どうして」

「わ……笑われる、から…」


 きっと、躾のなってない男達の視線が嫌だったんだろう。


「…大きいのも、かわいいよ」


 こんなにも魅惑的な体つきを持っていても自信のない彼女を慰めるため囁いて、さらに言葉を続けた。


「緋弥なら、なんでもかわいい」


 無自覚の言葉責めを受けた体が、ピクンと反応したのを…見逃さず捉えた。

 愛でる手つきで頭じゃなくて胸の膨らみを撫でながら、愛しさ余って口元に当たる髪にキスを落とす。


「ごめん。直接いい…?」


 柔らかさは感じるものの、体温に触れられないことがどうしようもなくもどかしくてお願いすれば、コクリと無言の許しを貰えた。

 だから一度、名残惜しくも手を離して下へと移動させて、裾から忍び込ませてからまた上へと持ち上げる。

 下着を外すまではせず、布を軽くずらす形で直接彼女の温度に触れてみたら、想像以上に熱く高ぶった体温が私の手を迎え入れた。


「熱いね」

「く、くっついてるから…」

「……本当にそれだけ?」


 意地悪な声を出して、意地悪な指先で尖りきった一部を触る。

 息を止めると同時に自分の口元を覆い隠して、動揺は隠しきれず震えた体に愛しさを抱いては、温度の高い吐息となって零れ落ちた。


「はぁ、かわい。もっと熱くなっちゃったね……どうして?」

「ぁ……や、ぅ…」

「恥ずかしくて言えない?」

「う、うん……ごめんなさ…」

「いいよ、謝らないで。…そういうとこも、かわいいから」


 何度も執拗に褒めながら、じわじわと上がっていく体温と汗ばんできた肌感を楽しむ。


「ここ、立ってる」

「そ、そんな触り方されたら誰だって……あ、ぅ」

「誰だって、なに?」

「ま…待って、くださ……それやられると、話せなくなっちゃ…」

「んー……なんで?教えて、緋弥さん」

「や…だ。言わせないで…?」


 反応がいちいち、全部かわいくてつらい。


 なんだろう、この加虐心をくすぐってくる感じ…今までにないくらい興奮する。

 しかし、落ち込んでる相手にもっと先を求めるのは酷か……と、酷いことをしている気分になってやめた。


「今日はこれで終わりにします。…続き、修学旅行が終わってからしてもいいですか?」

「は、はい…それを糧に、がんばります」

「かわいい……そんなに期待しちゃうんだ?」


 糧にするくらい、相手も嫌がってないんだって思ったら嬉しくて、ついつい意地悪く聞いてしまう。


「うん……早く、触ってほしいです」


 てっきり、いつものように「そ、そんなことは言ってません」なんて言われるかと思ったら……よほど修学旅行が嫌で強がる気力もないのか、やたら素直な言葉が返ってきた。

 背後にいる私に手を伸ばして、頭の後ろを支える形で立ち寄せた彼女は、顎を持ち上げて肩越しにスリスリと顔を寄せて甘えてくる。

 ……抱いてもいいかな。

 こんなに可愛くて、これはもう抱かない方が失礼なのでは?…と、血迷い全開で思考を止めた。


「蒼生さん……修学旅行がんばりますから、私にご褒美をください」

「…ご褒美?」

「うん。…いっぱい、触ってほしいの」


 そこへさらに彼女からの甘えたお誘いがあって。

 もうかわいすぎて、心臓がはちきれそうな思いで、なんとか頷く。


「自分からおねだりして……偉いですね、緋弥さんは」

「ん……もっと、褒めてください…」

「……嫌な仕事も頑張って、本当に偉いよ。緋弥」

「キスしたいです……蒼生さん」

「…うん。何回だってしますから。そんなかわいく甘えないで」


 我慢できなくなる。

 そう言って唇を奪い去って、体ごとこちらを向かせながら相手の上に股がった。

 修学旅行が過ぎるまでは我慢、我慢だ……と何度も言い聞かせて、理性を保つ。ここで勢いのまま触るのは、お互い望んでないと思ったから。

 前日の夜まではこうして励ますためのキスを落とすだけで過ごして、いよいよ当日の朝。


「…緋弥さん、起きて」


 普段よりもだいぶ早い、まだ日も登ってきていないような早朝……起きなきゃいけない時間に起きないから、心配になって毛布をめくる。


「……行きたくない…」


 すると彼女は、涙声で私にぎゅっと抱きついてきた。

 もうここまで来たら、休ませた方がいいんじゃ…?と、そう思えてきてしまうくらいには可哀想で、とにかく慰めようと頭を撫で続ける。

 異動してきて初の修学旅行。そんなにも嫌なのかな…?そりゃ嫌か…と納得したところで、


「さびしい…」


 鵜飼先生が、思っていたところと違う意味で落ち込んでいたことを知った。

 え、もしかして……もしかする…?


「なんで、寂しいの。緋弥さん」


 本人の口から言わせたくて、顎を支え持って顔を上げさせながら聞いたら、情けなく眉を垂らして泣いていた鵜飼先生の唇が弱く閉じる。

 恥じらいに揺れた瞳を見ただけで察してしまったが、ここは言わせたい。

 彼女の言葉で聞きたいから、もう一度「どうして?」とだけ聞いて待つ。


「…蒼生さんに会えなくなっちゃうの、さびしい」


 少しして、素直に伝えてくれたことに胸を強く締め付けられる。

 思わず息が止まるほどの愛おしさに、堪えきれず性急な仕草で唇を重ねた。

 こんなにもかわいい彼女をひとりで生かせるなんて、心配でたまらない。私だって、行かせたくはない。


 が、仕事は仕事だ。割り切るしかない。


 だけど。


「私も寂しいよ、緋弥」

「……ん、ほんと…?」

「ほんと。…だから、ここに私の跡、残しておくから」


 鎖骨の下、胸の膨らみが始まる辺りへと指を移動させて、そのまま顔を近づける。


「ぁ……う、蒼生さ…ん」


 独占欲と一緒に吸いついて、濃く跡になるくらいの小さな痛みに、彼女はピクンと体を反応させた。

 抵抗はされなくて、むしろ頭を抱きかかえられた状態でしばらく、服を着れば見えない位置に私の面影を転々とさせていく。

 修学旅行の間、消えないように。

 そのついでにちゃっかり肌の上も舐めて、無防備に胸元が空いたネグリジェから見えた■■には指の腹を押し付ける。


「んっ……あぅ…蒼生さん…」


 鵜飼先生は、戸惑いながらも私の行為を受け入れてくれた。


「これで仕事、頑張れる?」

「はい……頑張れそうです…」

「よかった。…私も緋弥さんのおかげで、頑張れそうだよ」

「ん、うれしい…」

「準備して行こう?」

「うん…」


 そうして、朝からのぼせそうなくらいの熱を持った私達はその日、家を出る直前までなんだかんだイチャイチャして。


 肝心の告白を完全に忘れ去ったまま。


「……行ってらっしゃい、緋弥さん」

「行ってきます、蒼生さん」


 先に出発した彼女を玄関先で見送って、最後の最後にお互い惹かれ合うようにキスを交わした後で、鵜飼先生は家を出た。

 朝のあの、いい感じだったムードの時に告白しときゃよかったことに私が気付いたのは、自分も仕事に向かい激務を終えた夜のことで。


「もったいないことした…」


 合鍵を使って帰ってきた鵜飼先生の部屋でひとり、もち太郎に見守られながら頭を抱えるのであった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る