【番外編】鵜飼先生視点
























 文化祭の日。


 嫉妬して追い出してしまった勝先生は、出てすぐのところを加藤先生に捕まっていた。

 加藤先生は数学を専門としている人で……採用同期ということもあり、他の先生に比べそれなりに交流のある先生でもある。


 私と彼は、とある秘密で繋がっている。


「はは。フラレちゃいました」


 扉の向こうで何やら会話をして入ってきた加藤先生は、落ち込んだ顔で告げてきた。


「…それは、残念でしたね」

「嘘を言わないでください。思ってないくせに」

「ふふ。バレちゃいましたか」


 私達は、同じ相手に恋をするライバル同士である。


 いつだか、私と勝先生の仲が良くなったことを察して向こうから思いの丈を話してきたのを期に、お互いライバル関係にあることを知った。

 それから特に連絡なんかは交わしてないものの、互いに互いを意識していて……いつ、勝先生が取られないかソワソワしていた。

 だけど、今日でそれも終わりである。


「はぁ……まさかあんなにも、バッサリ言われるとは。思いませんでした」

「勝先生はそういうところ、案外サバサバしてますからね」

「……それは私の方が知っているぞという、いわゆるマウントってやつですか?女は怖いですね」

「いえ?本当の事を伝えたまでです。ネチネチした男性は好かれませんよ」


 失恋してすぐの加藤先生はやたら攻撃的で、勝ち誇った私は余裕綽々の笑顔で答える。


「悔しいな……僕、けっこう自信あったのに」

「勝先生の好みではなかったようで、何よりです」

「…そちらは、どうなんですか」


 不意に、答えたくない質問を投げられて顔を逸らした。


「ぷ、プライベートの話を深く聞くなんて、失礼ですよ」

「はは、ご安心を。…僕が興味あるのは、勝先生の恋路だけですから」


 この人は……相変わらず、腹の立つ言い回しばかりする。

 それも、フラレた腹いせだと今は分かるからいちいち反応することはない。


「……勝先生は、何を考えているか分かりません」


 質問の答えを返すためポツリと呟けば、興味を持った彼がさっきまで勝先生が座っていた椅子に腰を落ち着ける。

 本格的に話を聞いてくれる姿勢になった相手に対して、私はため息混じりに言葉を続けた。


「幻滅するような事をされたのに、嫌いになりきれないんです」

「彼女はそれほど魅力的ですからね。分かります」

「……そうなんです」


 お返しされたマウントに対しても、今は反論する気にすらなれない。


「許せちゃうんです、何もかも」


 たとえ彼女が浮気しても、嫌いだったはずのタバコを吸っていても。

 どんな一面を見ても変わらず好きで仕方なくて、自分でも怖いくらいに“惚れた弱み”というものを痛感している。

 彼女の魅力は言葉では言い表せなくて、私の好きな風に言い返すならば、これは運命なんじゃないか…って。

 嫉妬して突き放す行動とは裏腹に、心はいつまでもくっついて離れてくれない。


「惚気…ですか」

「はい」

「あーあ。やってられませんよ、僕。もう」


 盛大に、わざとらしくため息を吐き出した加藤先生は立ち上がって、一歩近付いてきたと思ったら…テーブルに手をついて距離を縮めてきた。

 勝先生に出会う前の私なら、胸をときめかせていたかもしれない。…だって彼は、私の理想通りの高身長黒髪メガネ属性の人だから。

 でも今は、心音は高まるどころか変化すらない。穏やかな鼓動が続く。


「…僕の負けです」


 そう言って彼はいつの間に取り出したのか……個包装された飴玉をひとつ置いて保健室を出ていった。


「勝先生には、内緒で」


 去り際にそうは言いつつ、おそらく喧嘩腰になったお詫びのつもりなんだろうそれをつまみ持って、食べようかどうか迷う。…捨てるわけにはいかないものね。

 と、思いつつ飴は白衣のポケットにしまって、業務に戻ること数分。


「う、鵜飼先生!助けて…!」


 確か……勝先生が担任を受け持つクラスの生徒、伏見さんが女の子の手を引いて保健室へと飛び込んできた。


「か、かくまってください!」

「……はい…?」


 入ってきたかと思えば扉を勢い良く閉めて、鍵までガチャリと閉めた彼女は、辺りを見回しながらコソコソ歩いて近寄ってくる。

 その後ろには……さっき勝先生が褒めていた、本当に顔立ちの整った女の子が居て。

 生徒相手だというのに、嫉妬でチクリと胸を痛める。


「どうしたんですか、突然……何かありましたか」


 それでも養護教諭として、努めて冷静に優しく聞けば、伏見さんは眉を垂らしてへらりと笑った。

 この子は高校一年生にしては背が高く、たまに関わる機会がある時はとても気遣いでよく出来た子で、関わりやすい生徒のひとりだ。


「じ、実は告白イベントがあったんですけど…」

「あぁ……はい。勝先生からも聞いてますよ」

「それで、その……高良を連れ去ってきちゃって…追われてるんです」


 事情を察して、なんだか微笑ましく思って口元を緩める。

 普段、真面目で控えめな彼女がまさかそんな大胆な行動に出るとは思っていなくて、少しだけ驚いた。


「王子様みたいで素敵ですね」

「そうなの…!分かる?伏見は素敵なの!」

「恥ずかしいからやめてよ…高良」


 私の何気ない発言に飛びついた女子生徒……高良さんを諌めた伏見さんは、居心地の悪そうな顔をして頭の後ろを掻く。

 そこから、しばらく騒ぎが落ち着くまで匿うため椅子にふたりを座らせて、鍵だけはさすがに緊急の用が入った時に困るから開けておいた。

 ふたりは良い子で、特に騒ぐこともせず座りながらコソコソ話すだけで……たまに私にも気を遣ってか話しかけてくれた。


「鵜飼先生のそれって……もしかして、勝先生とお揃いだったりします?かわいいですね!」

「ぁ…う、これは…」


 途中、スマホにつけていたキーホルダーの存在を指摘されてたじろいだものの、


「った、たまたま。同じだっただけです」


 苦しい言い訳で、なんとかごまかした。


「…高良、そういうのは見てみぬふりするんだよ」


 伏見さんは耳打ちでそう言ってたけど、私にも聞こえてたからあまり意味はなかった。…気が使えすぎるのも、考えものね。

 とりあえず、話を変えるため飴を渡しておいた。

 そんなこんなでドギマギすることも多かった文化祭は、なんだかんだ楽しく過ごせて……勝先生は追い出したことを怒ってるのか珍しく連絡がなくて。


 休日、私の方から出向こう…と、何も知らないまま彼女の家へと向かったのであった。


 ……怒られるとも知らずに。













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