第21話
鵜飼先生との密会で抱えた特大のムラムラは、
「よーし、みんながんばれ!勝ったら先生がアイス奢ったるからな!」
「ふはっ!今日テンション高くない?ウケる!」
「先生も気合い入ってるから!みんなでがんばろう!」
まだまだ残暑が続く中で行われた体育祭の熱気に合わせて、ついでに発散させようと意気込んだ。
私の受け持つクラスは一年生故に、色々と不安な点もあるだろうから、ここは教師である自分が堂々とした態度を見せることで勇気づけたい思いもあった。
何より、体育祭は楽しい行事だから、普段よりも気が楽で心が軽い。
とにかく、日頃の欲と業務での疲れは子供達が頑張る姿を見て癒やそうと思う。
ただ、みんながみんな活気ある生徒ばかりではなく、
「走るのいやすぎる…」
「大丈夫だ、高良!その競技は先生も走るから。一緒に頑張ろう、高良ならできる!」
始まる前から気が沈んでる生徒には、できるだけ明るく接するようにも心がけた。
普段なら「熱血すぎたかな…?」と気にするところだが、今日は体育祭。それで生徒の心に火が灯るならうざがられても構わなかった。
実際に、最初は自信なさげだった女子生徒のひとりもいざ本番……借り物競争の時間が始まれば、
「行けー、伏見ー。走れー、ゴーゴー!」
「なんで私を選んじゃうんだよ!あと自分で走ってよ、高良ぁ…!」
いったいなんの紙を引いたのか、もうひとりの女子生徒におぶさってもらって無事に一着でゴールし、なんだかんだ楽しそうにしていた。
生徒の中でも目立つ子だから浮いていて心配していたが、その光景を見て安心もする。仲がいい子がいてくれてよかった、と。
「なにしてるんだ、あの子達は…」
しかし案の定、走り抜けた後に騒がれていて、それには呆れ半分に苦笑した。…そりゃ、あんな目立つ子があんなことしたら、ただでさえ目立つのにそうなる。
ちなみに彼女が引いた紙は“学年一優しい人”と後から知って、それなら確かにと納得した。教員から見ても面倒みが良く、周りに気配りができるような子だったから。
まぁ少し、自信がなさすぎるのは心配ではあるが…それも、仲良くしてそうなふたりを見て安堵する。
「さて。俺らも頑張りますか。負けませんよ〜、勝先生」
そんなことを考えていたら自分達の番が近づいてきて、隣のレーンに立つ橋田主任に声をかけられた。
「いやはや……お手柔らかにお願いします」
正直、これがただのリレーであれば勝てる気しかしてないが、困ったことに借り物競争。何が起こるかは分からない。
今年の教員が参加する種目はクラス対抗借り物競争の教師部門。橋田主任はやけに私を意識しているようだ。この間のことを根に持ってるのかもしれない。
教員同士で競争するなんて滅多にない機会だから、ここは無駄に敵視せず楽しもう。
そう心に決めて、合図と共に走り出した。
400mのうち、200mまでは問題なく一位で到着し、用意された箱の中から紙を一枚引く。
「ははっ……これは随分と運命的じゃない」
ランダムで出題される借り物のお題を見て、思わず声を出して笑ってしまった。
確認後はすぐ目的の場所、
「鵜飼先生、ちょっと一緒に走ってくれませんか」
本部のテントの下で見守り待機中の鵜飼先生を呼び出した。
「なに……なんで私…」
「いいからいいから。行きますよ!」
問答無用で戸惑う彼女の手を引いて、ゴールまで駆ける。
幸い、他の人が手こずっていたおかげで難なく一位で辿り着くことができた。
ゴールテープを切った後はすぐ手を離して、真っ先に担当の生徒に紙の中身を確認してもらう。
「…確かに、これは鵜飼先生しかいないですね!」
「でしょう?」
「記念にこれ持っておいていいですよ」
借り物も無事に認められ、案内されるがまま持ち場についてからは運動不足なのか300mも走っていないというのに鵜飼先生は疲れ果てて膝に手をついて呼吸を整えていた。
…白衣だし、スカートだし、走りづらかったかな?と、少し申し訳なく思う。
「っはあ……はぁ、なによ。急に…」
「すみません、お題がまさに鵜飼先生ピッタリだったもんで」
「私ぴったり…?」
「はい!…ほら」
言いながら、回収されず手に持っていた紙を広げて見せた。
「学年一の美人!…こんなの、鵜飼先生しかいないでしょう」
書いてある文字を読み上げたら、赤い眼鏡の奥にある瞳が大きく見開いて、気温の暑さだけじゃない内側からの温度でじわじわ赤くなっていく様を見る。
……かわいい。
明らかに動揺してるのがどうにも可愛らしくて、今すぐにでも抱き締めたい想いは、そっと折り畳んだ紙を相手に握らせることで堪えた。
「これ、あげます。…記念に」
「あ……ぅ、はい…」
何度も落ち着きなく瞬きをして受け取ってくれたのを確認して、これ以上は視界に入れてるだけで心臓が辛くなるから背を向ける。
こうして無事に終わった借り物競争の後。
全競技を終えた結果、我がクラスは負けてしまったが、クラスの子達には賞賛の気持ちで昼休みに買っておいたアイスを全員に配った。
ついでに、片付けなんかがあらかた終わった頃に橋田主任や他の先生方にも配り歩く。
「皆さん暑い中お疲れさまでした!これ良ければ好きなの選んでください」
まずは本部に集まっていた人達へと袋ごと渡して、アイスにつられて歩み寄ってきた鵜飼先生は他の人に譲ってから、残っていたストロベリー味のものを真っ先に選んで手に取った。
「…鵜飼先生は、ストロベリーが好きなんですか?」
「は、はい。…色がかわいいので」
「ははっ、そんな理由で?」
「っみ、見た目は大事ですから」
「それは確かに。見目麗しい鵜飼先生が言うんだから、間違いないですね」
「ま…またそういうことばかり……セクハラで訴えますよ」
「これはこれは失礼しました。訴えるのは勘弁してください」
人前だからか、いつにも増して塩対応な鵜飼先生にも気分が良いから笑顔を返す。
さり気なくそのまま隣に立って、世間話でもしようと口を開く。
「今年の体育祭はどうでしたか、鵜飼先生」
「……想定より生徒の怪我が少なく済んでホッとしています」
「…楽しめた?」
「ええ。とっても。…やっぱり、子供が元気にはしゃいでる姿はいつ見ても素敵です」
普段は生徒に興味もなさげで冷たい印象もある彼女だが、思いもよらぬところで教育に携わる人間らしい子供好きな一面を知って和んだ。
年相応に落ち着いた雰囲気の鵜飼先生は、プライベートで見せる幼さなんて微塵もなくて。
「…あなたの方が、素敵ですよ」
ガラにもなく、キザすぎる言葉を吐いた。
恥ずかしくなって、相手の反応を確認もせず「他の人にもアイスを配る」という言い訳をして退散する。
そしてその後も、鵜飼先生を避けるように過ごしていたのだが…
『今日、今から家に来てください』
夜になって彼女からの呼び出しがあり、諦めて怒られる覚悟で鵜飼先生の住むアパートへと向かった。
「…入ってください」
「……はい」
インターホンを押したら、ちょうどお風呂上がりだったのか良い匂いを漂わせた色気ある彼女に招かれて、玄関へ足を踏み入れる。
案内されるがままベッド下のクッションに腰を下ろして、用意されたお茶菓子と紅茶を軽く会釈して頂いた。
……意外と、怒ってない?
思いのほか丁寧な対応をされて戸惑いつつ、紅茶をひとくち飲んで花柄のティーカップをテーブルの上に戻す。
「体育祭、お疲れさまでした」
「あ、あぁ……はい。鵜飼先生も、お疲れさまでした」
「…アイス、ありがとうございました」
「いえいえ。もう食べましたか?」
「はい。おいしかったです」
感想を伝えながら見せてくれた笑顔は華やかで…逆に怖い。
笑顔の裏に、実は怒りを隠してるんじゃ…?なんて怯えた気持ちで、私もとりあえずにこやかな笑みを返しておいた。
しばらく、二人で笑い合う微笑ましいような裏を探り合ってるような、謎の時間が続く。
「…それで、勝先生」
「は、はい。なんでしょう」
いよいよ怒られる時が来た。
と、緊張感を持って、崩していた足を正座に直し膝の上で拳を作る。
「何か、お礼をさせてください」
「……え?」
「アイスのお礼です。…何がいいですか?」
予想外にご機嫌な鵜飼先生から明るい提案を貰えて、変に心の準備をしてしまった変動で、それだけのことなのにたじろぐ。
怒りを微塵も感じさせない彼女はいつになくニコニコで、胸のそばで小さく拳を握るくらいには気合を入れて何かしてくれる様子だった。
「お、怒ってないん…ですか?」
「?…なにか、怒ることでもありました?」
「あ……え?いや…その、避けちゃってたから…」
「なんだ、そんなこと。照れ隠しかなにかでしょ?そのくらい、私にだって分かります」
どうやら私の思いは見抜かれていたようで。
「んふふ……それにしても蒼生さんって、意外と照れやさんでかわいいですね」
口元に置いて嬉しい笑みを浮かべた彼女は、これ以上ないくらい上機嫌だった。
よほど気分がいいらしく、褒めてくれた後は四つん這いの姿勢で私の前までやってきて、膝の辺りにそっと手をつく。
「それで……なにしてほしいですか?」
上目遣いに、前のめりになってるおかげで無防備に開いた胸元。
正直もう、彼女の容姿をもってすればそれだけでご褒美になるくらいには満足感があった。
しかし、本人がなんでもいいと言うなら……抱えてる欲望はいくらでも吐き出せる。遠慮なんて、頭にもない。
日頃の我慢がようやく解放される時が来た。
「……キス、させて」
いきなり「ヤラせて」はあまりに色気がなさすぎるから、まずはじっくり攻めることにした。
そうしてじわじわお願いしていって、最終的に流れで体を許してくれないかな…という特大の下心を胸に手を伸ばす。
「ん……い、いいですよ。いつでも」
頬を触ったら、彼女は平静を装いつつ目を閉じて、隠しきれてない緊張は震える瞼の動きが教えてくれた。
無理させてないか心配になるものの、やめる気はない。
気分が乗ってきたら舌も入れちゃおうと企みながら唇を重ねようとして、ふたりとも体の動きをピタリと止める。
なぜなら、私のスマホが着信を知らせたからだ。
「……すみません」
「い、いえ…」
ムードぶち壊しなタイミングに辟易としながらも裏面に伏せた状態で床に置いていたスマホを手に持って、
「え」
表面にしたとき、誰からの着信か見えてしまったんだろう……鵜飼先生が驚いて声を出した。
私も軽率な自分の行動を、そこでようやく理解して咄嗟にスマホの画面をオフにする。
「今の、なんですか」
「あ……いや」
「あやかって、誰?」
だけどそれも、遅かった。
電話をかけてきたのはマッチングアプリで知り合った女性で。
「……他の女の人とも、こういうことしてたの」
鵜飼先生の失望したような低い声と共に、突然の修羅場が訪れた。
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