第17話
生徒達よりも早くやってくる夏休み最後を満喫させるため、鵜飼先生を連れて今回は車ではなく電車で都内の大型プールへやってきた。
屋内と屋外どちらもあるプールは大人気なようで、大量の人間で溢れ返っているのを見て、急遽有料で屋根・デッキチェア・テーブル付きの席を借りることにした。
金に物を言わせて場所を確保するなんて、鵜飼先生的にアウトだろうか…?と心配に思ったものの、
「……はぁ、いい天気。最高…」
思いのほか本人はご満悦で、デッキチェアの上、足を組んで堂々とした態度で寝そべっていた。
サングラスにクロスデザインで黒のモノキニ水着姿の彼女はいつにも増して色気増し増しで、細く透き通った肌質の四肢をこれでもかというほど見せつけるように自然なスタイルで伸ばしていた。
…ちなみにモノキニとは、全面がワンピース、後ろの面がビキニに見えるタイプの水着である。今回、鵜飼先生が来ているのは胸元の布がクロスしていて、胸の下からお腹にかけてはレース調のスケスケ、エロエロ仕様である。
私はシンプルなタンクトップ式のビキニにした。
「鵜飼先生、お酒でも飲みます?南国仕様のサングリアがあるみたいですよ」
「…いいわね。飲もうかしら」
「買ってくるから待ってて」
「……やだ。私も行く」
荷物をまとめ置いて声をかけたら、彼女はむくりと起き上がって私の元までやってきた。
「…そういえば、眼鏡してないんだ?」
「実はそんなに……目、悪くないの」
「そうなの?」
「ええ。昔に読んだ漫画で保健の先生がかけてたことに憧れて、いつもしてるだけ」
なんとも乙女らしい理由で眼鏡をかけていた事実を知って驚いたが……日頃の言動なんかを踏まえたらあっさり納得できた。
養護教諭を目指したのも、その漫画がきっかけだとついでに教えてくれた。そういう夢の持ち方もあるんだ…と少し感心させられる。
「蒼生さんは、どうして体育教師に?」
「うーん……高校時代、荒れてた時期にお世話になった人に憧れて…恩師にも勧められたから、それで」
「恩師…」
「はい。ちょっと変わった人だったんですけどね、私にとっては女神のような人でした」
「……その人の話、もう二度としないでください」
「あ、はい。すみません」
なにやら怒っている、裸眼でも問題なさそうな鵜飼先生と売店へと向かって、列に並んでいる間はどこで泳ぐか話し合う。
「そもそも私、あまり泳げないの」
「じゃあ、おんぶでもしましょうか。もしくは浮き輪を買うのもアリ」
「……おんぶがいい」
こんな時ばかりは甘え上手で可愛い彼女と約束を交わして、とりあえずお酒を何杯かとおつまみになりそうなポテトやらなにやらを買って戻った。
がっつり泳ぐ予定ではないから多少飲んでも問題ないと判断した私は、調子に乗って甘ったるいようなサングリアをグイグイ飲み干す。
甘くて飲みやすいからか、珍しく鵜飼先生もゴクゴク進んでいた。
サングリアの後はビールで口直しをして、ポテトや他の物も食べ終わった頃にようやく近場のプールに入水した。
「はい。いつでもどうぞ」
「…ん」
お酒を飲んで酔ってるらしい彼女はすんなり頷いて私の背中に乗って、しっかり足に手を巻き込んでから腰を低く曲げた状態でゆったり歩き出す。
「気持ちいいですねぇ、この時期のプールは」
「ん…きもちい」
真夏の太陽が照りつける暑さの中、水は冷たく快適で……感嘆と漏らした私の声に反応した鵜飼先生の熱に浮かされたような声が耳元で響いて足を止めた。
言おうかどうか、悩む。けど…
「……鵜飼先生、それ少しエロいかもしれません。いやエロい」
「へ、変なこと言うのやめてください」
「…じゃあもっと、気持ちいいって言ってみて。エロくないと思うなら」
「っい、言えますよ、別に!」
「それなら、ほら。言ってください」
冗談半分に、茶化す気持ちで言ってみたら、
「……き、きもちいい」
さすがに恥ずかしかったらしく、耳打ちでコソコソと囁かれた。
恥じらった感じといい、吐息感といい……それがまた逆に官能的で、ついつい虐めたくなる欲は増す。
「そんなに気持ちいいの?」
「う、うん……きもち、いい…です」
「どこが、どう気持ちいいの」
「やっ…そ、それは悪意ある聞き方すぎます」
「ははっ、だめでしたか」
「そもそも人前でこういうこと…やめてください」
「人前じゃなければ良い…と?」
「っち、違います!」
顔に水をかけられて、笑いながら一度拭うため鵜飼先生を背中から下ろした。
「あ、あんまり変なことばかりしないでください」
「はいはい。すみません、ごめんって。怒らないで、鵜飼先生」
「あなたが怒らせるからでしょ!」
「あ、ほら。見て、あんなところにラーメンありますよ。体も冷えたし、お腹空いたので食べましょう。ついでにビールも飲みましょう」
「……飲みすぎじゃない…?」
怪訝な表情を浮かべる鵜飼先生の手を引いてプールサイドへと上がって、見かけたお店でラーメンとビールを何杯か頼む。
私と違って少食な彼女は先ほど食べたポテトが残っているようでお腹いっぱいらしく、有料スペースに戻ってからは私だけビール片手にラーメンを堪能した。
途中、ひとくちだけほしいと言うから食べさせた時にはすでに怒りは治まっていて、
「ん……おいし。あったかい…」
「プールで食べるラーメンは染みますよねぇ」
「…私もビール貰おうかしら」
「いいですねぇ、乾杯しますか」
むしろサングリアの酔いが残っていて機嫌が良いのか私のビールを少し貰っていた。
その後も飲んでは水の中を歩き、飲んではプールで体を冷まし…を繰り返して、鵜飼先生がすっかり酔っ払ってきた頃。
「うわぁ……かなり混んでますね」
着替えの前にシャワー室へ寄ったら、個室全部が埋まりに埋まっていて困り果てて立ち尽くした。
「空いたら、先に入ります?鵜飼先生」
「…一緒に入りたい」
「えぇ…?」
分かりやすく酔っている彼女は、きゅっと腕にしがみついてきて甘えた声を出す。
どうしようか…と迷っているうちに個室がひとつ空いて、いつ他が空くか分からないことや、こんな状態の鵜飼先生を一人残しておく危険性を考慮した上でしぶしぶふたりでシャワーを使うことに決めた。
そそくさと個室へ移動して、お湯を出しつつ先に足元を綺麗に洗い流す。
「このまま脱ぎます?」
「い、いや……後で着替えます…」
「そっか。じゃ、流しちゃいましょうか」
裸見れたら見たいなぁという下心は見事に打ち砕かれ、落ち込むことすらせずシャワーが当たる場所を譲った。
軽く会釈して肩や腕にお湯を当てた後で頭から受け止めだした肢体の曲線を、ぼんやり目で追う。
彼女の肌はどこも綺麗で、外で遊んだというのに日焼け止めの効果なのか赤くもなっていない艷やかな美白に、無意識の欲望が滲んで手を伸ばした。
きっと怒られると分かっていて、それでも腰を抱き寄せながら壁際に追い込んだら、驚いた咄嗟な仕草で私の方を向いた鵜飼先生と視線が交わる。
「あ、え…?なん…ですか」
「……キスの練習、しましょう」
「い…今、ですか?」
「…だめ?」
意外にも怒られることはなく。
顔を覗きこんで聞けば、小さく首を横に振りながら体の向きをわざわざ私の方へと変えてくれた。
肩にそっと手を置かれて、それが合図だったみたいに相手の口元を手で覆い塞いだら、すぐに指の隙間へ向かって唇を押し当てられた。
「……緋弥さん」
今回は、ただされるだけで終わる気は毛頭なかった。
私からも顔を近付けて、自分の手越しにキスをするかのように唇を手の甲へ重ねる。
近い距離に困惑して見開かれた瞳を見つめ返しつつ、僅かに手の位置をずらして唇が触れるか触れないかの辺りに口元を移動させた。
「…こういうの、緋弥さんが読んでる漫画でありましたよね」
頬にもキスを落として、腰に置いていた手に力を込めて密着させるように寄せる。
「このまま、しちゃいますか」
「だ、め…」
耳元で耐えきれず吐息を漏らした私の肩をやんわりと押して拒絶した鵜飼先生は、言葉や行動とは裏腹に酔いも相まって欲情しきったとろけた瞳をしていて。
シャワーの熱気がまとう空間の中、もうどうなったっていい…と。
赤く熱いその唇を、奪い去った。
練習にしてはやりすぎで、本番だとしてもあまりにロマンチックとはかけ離れた欲望にまみれた私の行動に、びっくりした手が何度も鎖骨の辺りを叩く。
それも無視して手首を掴み持って壁に押し付けたら、腰が抜けてしまったのかずるりと膝が落ちた。
支えるため腰をさらに引き寄せて、何度か挟み込む動きを繰り返す。
相手はずっと、どうしていいか分からないんだろう…唇を動かすことなく息を止めたままぎゅっと目を閉じて体を硬直させていた。
「……今日の練習は、これで終わりです」
散々、唇の温度や感触を堪能して欲を発散させた後で、愚かにもここに来て“練習”を言い訳にして、体を離す。
逃げるように踵を返してシャワー室を出ようとして、水着の紐を引っ張られた感覚に、嫌な予感をひしひし感じつつ足を止めた。
「ふ、ファーストキス…だったんですけど」
背後から聞こえてきた苦情には、あっけらかんとした対応で乗り切ることにして、にっこり笑って振り返った。
「今のは練習ですよ。本番じゃありませんから、ご安心を」
「……練習で本当にはしないって、以前誰かさんが仰ってましたけど…?」
「はは、なんのことでしょう。私も疲れてるのかな、記憶が曖昧なもんで…」
「っ信じられない。大っきらい!さっさと出ていってください、この淫乱教師…!」
蹴り飛ばされてシャワー室を追い出された後は、もう……ご想像の通り。
「教員たるもの、プライベートにおいてももっと自制心を持って行動すべきです。生徒を前に、ムラムラしちゃったからキスしちゃった、なんて軽いノリで言えるんですか?だとしたら最低最悪のクソ教師もいいところですね」
「はい……はい、すみません…」
「だいたい、人のファーストキスを奪っておいてしらばっくれるなんて、どういう了見なんですか?責任ある行動で示してくれないと、今後あなたに身を任せることそのものが危うく思えてきちゃいますよ」
「ほんとすみませんでした…」
着替えも済ませた帰りの車内にて、ボロクソに説教を受けた。
「ま、まぁ……今回は大目に見てあげますけど。次は練習と言えどロマンチックな場面でないと許しませんから」
「ありがとうございます……恩に着ます」
「せ、責任とって…そのうちきちんと結婚してよね」
キスぐらいでそこまで?
と思うものの、なんだかんだ許せてもらったから良しとしよう。
…というか、もはやそれ逆プロポーズなんじゃ?
なんて無粋なことは、
『女同士じゃ結婚できませんよ』
『う、うるさい!だいたい勝先生は……』
こうなることが分かっているので、この場においては言わないのが正解である、と長年の社会人経験から得た学びを元に口を固く結んでおいた。
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