第8話

























「そういえば、勝先生」


 泊まったはいいものの、する事がないからダラダラとテレビを見て過ごしていた午前中。


「コン■ームの扱い方、もう一度教えてください」


 前回失敗したのを実は気にしていたらしい鵜飼先生から、そんなお願いをされた。

 加えて「もっと実践的にやりたい」と、おそらく将来男とそうなった未来を想定して、よりリアルな実情を知りたい旨も伝えられた。

 気持ちはどこまでも複雑だが、鵜飼先生のためなら仕方がない…と、一度ひとりで出かけることにした。


「少し待っていてください」

「どこか行っちゃうんですか…?」

「…少々、買い物に」


 ついてきたいんだろう、寂しげな顔をした相手に後ろ髪引かれながら家を出ていく。

 向かった先は、自分の住むマンションだった。

 部屋に入ってすぐクローゼットを開けて、奥の奥に封印していた元カノ達とのグッズを漁る。…捨ててないのは、処分方法が少し面倒だから放置していた結果だ。まさかこんなところで役に立つとは。

 そのうちのひとつ、今回の授業にはもってこいの物を取り出して、衛生面を気にして軽く洗ったりと下準備を終えてからまた鵜飼先生の家へ戻った。


「お待たせしました」

「……どこ行ってたんですか?」

「これを買いに」


 私物だということを知られると色々まずいから、平然と嘘をついて例のブツを見せる。

 彼女はそれが何か瞬時に悟った頭で目をパチクリとさせて、頬を赤らめさせた。


「あ……ぅ、そ、それ…って…」

「はい。大人のおもちゃです」

「っな、なんてもの買ってきてるんですか!」

「いやぁ…あった方が説明しやすくて。実際の物と形も似てるものを選んできたので、練習には最適化と……嫌でしたか?」

「い、嫌というか……そ、そんないきなりは恥ずかしいです…」


 胸元に手を置いて眉を垂らした鵜飼先生は、いったい何を期待してるのか。

 ただコン■ームをつけるためだけに持ってきたモノを、チラチラと何度も見ては目を泳がせて羞恥で顔を赤く染めた。

 ……そんなかわいい反応されると使いたくなる。

 思わずムラついて、押し倒してやろうかとも思ったが、


「…準備しますね。少々お待ちを」

 

 教えるという名目であれやこれやしたくなってしまった下心は押し込めて、とりあえず練習を始められるよう服の上から装着してみた。

 その様子を、鵜飼先生は見たいけど見れないという気持ちを表すかのように目元を覆い隠し、ちゃっかり指の隙間から覗いていた。…むっつりでかわいい。

 ベッド脇に腰を下ろして、念のためウェットティッシュでアルコール除菌を済ませる。

 鵜飼先生が固まってる間に、他にも持ってきていたコン■ームやらローションなんかも取り出して、シーツの上に置いておいた。

 これで準備は完璧。

 だから、いつでも始められるのだが……


「…鵜飼先生」

「やぅ……っむ、むり!」


 声をかけただけで、彼女は部屋の隅に逃げて首をブンブン横に振った。


「っそ、そんな凶悪なものつけて……なに考えてるんですか!」

「凶悪って…サイズも形も、平均的なものだと思いますが」


 指さして声を荒らげるから、可哀想に…と自分の下腹部にあるそいつを撫でる。

 家にあったこいつは、元カノの希望で実物と似た形状をしたシリコンタイプ、大きさも人並……いや少し大きめではあるが平均を大きく上回ってはない。色は人工的な赤ピンクだ。

 そこまで騒ぐことの程ではない、至って普通の代物だが…経験のない彼女にとっては、得体の知れない何かに過ぎないんだろう。


「ほら、おいで……緋弥さん。怖くないから」

「ど、どう見たって怖いです!」


 もはや恐怖の対象のようで、それなら無理にとは言わず今日のところは諦めるか…とベルトの一本を外そうとした時。


「そ、そんなに大きいの……入るわけないじゃないですか…!」


 彼女の発言からテンパりすぎて本来の目的を忘れているだけ、という事実に気が付いた。

 入れるつもりは毛頭ないし、そりゃ多少私だって期待はしていたが…本当にするわけもないのに。

 私よりも意識している鵜飼先生を見て興奮は滾るものの、もちろん何もしない。あくまでもコン■ームの扱い方になれるための練習だということを、鵜飼先生と違ってこちらは忘れていない。


「…入れませんから。こっちおいで」

「や、やぅ…」

「大丈夫。怖いならやめましょう。だからそんなに怯えないで」


 とにかく今は部屋の隅で縮こまった鵜飼先生の不安を解消させに行って、道具を外す余裕もなかったから付けっぱなしだったのに彼女は意外にもすんなり抱き締めさせてくれた。

 それでも、体が小さく震えているのを肌で感じて心配になる。


「今日はやめときましょうか?」

「ぅ……いや、あの、平気…です」

「無理しないでいいんですよ」

「び、びっくりしちゃっただけです…」

「…ほんと?」


 嫌がってたわりに、素直にコクンと首を動かした鵜飼先生を見下ろしつつ頭を撫でた。

 何度かゆっくり耳の裏から後頭部にかけてさすり触っていたら、次第に腕の中にある体の力が抜けていく。

 そうして、鵜飼先生の緊張もほぐれたところで…いよいよ。


「わ……すご…い。いつものやつより…」

「…いつもの?」

「い、いや。なんでもありません。…腰に装着するタイプもあるんだって驚いただけです。変な勘違いしないでください」


 改めてベッド脇に座り、鵜飼先生はベッドの下、私の足の間に挟む形で座ってもらって練習がスタートした。

 気になる発言は、今は進まなくなりそうだったから不問にしておいた。


「けっこう太いわね…」


 モミモミとした手つきで触りながら感嘆と声を出す彼女を眼下に、できるだけ興奮が表に出ないように気を付ける。私のせいでまだ怖がらせるのは気が引けたから。


「でも…意外と柔らかいのね」

「はい。一応、中に入れても痛くないものをチョイスしましたから。……あ。もちろん、今回は入れません」

「…そ、そうね。コン■ームつけるだけだものね」


 僅かに落胆したように見えたのは、きっと気のせいじゃない。

 性に関して彼女は私が思うより興味があって、その影響による反応だろうと分かっていても、心のどこかで期待してしまう。

 ただ、興味本位だけで大切な初めての経験を奪うようなことをするつもりはなかった。


「……舐めてみますか」


 代わりに、欲望は別の形で表してみる。

 動揺した鵜飼先生の唇がきゅっと閉じられたのを、胸が締め付けられて苦しくなった眼差しで見つめる。


「現実でも、こういう場面が来ると思います。…もし嫌なら、きちんと断ることも大切です」


 あくまでも今後あるだろう未来を想定した“練習”であることを口実に、相手の頬を撫で触った。


「これをしないと嫌われるかも、とか。そう思う女性も多いようですが……鵜飼先生は、自分の気持ちを一番大切にしてくださいね」

「は、はい…」

「そもそも、何事も強要してくる相手と付き合わないのが吉です」

「……ん…わかりました」


 理性的な態度を示したことで安心してくれたのか、手のひらに向かって頬を寄せられる。

 甘えられるがまま甘やかすように頬を撫でて、さり気なく唇に親指の腹を当てた。

 無意識なのか、僅かに動いて挟んできた唇の動きを……めっちゃキスしたい邪な思いのみで視界に捉える。もちろんしないけど。


「ど、どうやって舐めたら…いいですか?」

「え。舐めてくれるんですか」

「……れ、練習ですから」

「…それじゃあ、まずはキスしてくれませんか。ここに」


 思いのほか乗り気だった鵜飼先生に指示を出して、赤い唇が先端に触れたのを瞳と心の奥に熱を宿らせながら見下ろす。


「続けてて」

「ん、ふ……っう」


 そのまま慣れない動きで続けてもらって、目を閉じて一生懸命に舌を伸ばしたり、唇で挟んだりしてくれる姿を目に焼き付けた。

 かわいすぎて、心臓がつらい。

 この光景を未来の彼氏が見るんだ…って悲しくなる思いも、胸を締め付ける要因のひとつだった。


「歯が当たらないよう、気を付けてください。…できますか?」

「ん……は、はい」

「上手にできたら、ご褒美です。また言葉責めしてあげますからね」

「べ、別に好きじゃないです」


 とか言いつつ、さっきよりも熱心に咥えだしたのを見て、苦笑する。


「そんなに好きですか、言葉責め」

「っ……ち、ちがいます。変なこと言わないで」

「違うのに、そんな夢中で舐めちゃうんだ?いやらしい人ですね、鵜飼先生は」

「ぅ、や……こ、言葉責めやめてください」

「はは、すみません。あまりに上手だったもんで、ついご褒美あげたくなっちゃって」

「そ、そんなに上手にできてましたか…?」


 私の言葉に、照れた反応を見せた鵜飼先生の髪をひと束持って軽く口付けた。


「…とっても。本番なら大成功です」


 おもちゃだから感覚はなかったが、吸いついた感じとかを見るときっと気持ちいいんだろうな…と本能的に分かった。

 褒められたのが嬉しかったのか気の緩んだ表情を見せた彼女は珍しく素直に微笑んでいて、それが可愛くてまた頭を撫でる。


「さて…次はコン■ームをつけてみましょうね」


 舐めさせるのもその辺に、忘れる前に本題へ入れば、鵜飼先生は積極的な様子でベッド上のコン■ームをひとつ手に取った。


「…あれ。これは表記がないのね」


 だけど外装を見て、困った顔で顎に指を置く。


「メーカーによっても変わりますが、基本的には裏面となる部分が男性側のことが多いですよ」

「なるほど……だけど本番だと、電気消して暗かったりするわよね?みんなどうやってつけてるのかしら…」

「そもそも、女性がつけることはそう多くありません。困ったら男性に頼るのもアリです」

「…男性がつけてくれてる間は、どうしてればいいの?」

「さぁ……そこは人それぞれですね。何もせず、ただ待つだけでもいいかと」


 さっきまでのいやらしさは皆無で、真剣にリアルな性教育が始まった。

 そうしているうちに無事つけ終えた……のはいいが、今日は使わないからこれで授業という名の練習も終わりである。


「それでは、片付けるとしますか」

「え、もう…?」


 まだまだ無知で愛しい鵜飼先生の姿を見ていたがったが、我慢してゴムを取り外そうとしたら、その手の甲にそっと指が重なって止められた。


「…も、もう少し、練習しておきたいです」

「いいですけど……この後はご褒美がありますよ。しなくていいんですか」

「こ…これ付けたままでも良いんですよ」


 そういうプ■イのお誘い?

 どんな気持ちで言っているのかは分からないが、寸止め希望だとして、彼女のおへその下へ向かってコレをアレしてるところを想像して……


『あぅ……は、ぁ…すごい、■■まで入って……っはぅ、う』


 絶対にこうなるであろう、鵜飼先生の喘ぐ姿と未来が、簡単に予想できた。


「……やめときましょう」


 妄想とはいえあまりにもエロすぎたから、めちゃくちゃにやりたいけど一旦保留。耐えきれる自信がない。

 絶対に、何がとは言わないが挿入してしまうのが自分で分かってるから、それなら最初からしない方が身のためと判断した。

 私の葛藤を知ってか知らずか寂しい顔で「わかりました」と呟いた彼女は……それなのに、人の手を握ったまま離さず。


「はぁ……分かりましたよ。少しだけですからね」


 そんなにも分かりやすく残念がられては、なんだか意地悪しているみたいな気分になっていて最後には何も言われずとも折れてしまった。

 さすがにこの状態で毛布に潜り覆い被さってしまったら抱く気しかしないから、座ったままの状態を維持して相手の脇の下に腕を通す。


「…抱き上げますから、首にしがみついてて」

「は…はい」


 しっかりと抱き包んで、鵜飼先生が首に手を回してくれたことを確認してから「よいしょ」と上半身を持ち上げた。

 そして膝の上に乗ってもらって、少し邪魔な棒の位置を自分のお腹側へ立てるようにしてずらす。

 気になって仕方がないのか、彼女の手が伸びて触りだしたのは、今は無視した。意識するとやばくなりそうで。

 触られてる感覚がなくてよかった、と心底思う。


「…はじめましょうか」


 この時間を早く終わらせるため、相手の腰を抱き寄せて耳元に近付いた。


「ずっと触って……えっちだね、緋弥さん」


 未だ指で挟んでいじっていた手首を持ちながら言えば、一気にまとっていた温度が上がって耳や頬が赤く染まる。

 恥じらいから私の鎖骨辺りに顔をうずめて隠れた鵜飼先生の心をさらに羞恥へ追い込むため口を開いた。


「興味津々なんだ。…いつからそんな、変態になっちゃったの」

「ぁ、や…」

「そんなに入れてほしいなら、入れてあげよっか。ここ、欲しいんでしょ…?」


 囁いて、手首から下っ腹へと指を移動させて軽く服の上から皮膚を押したら、息が止まって太ももが締まる。

 腰を挟まれたから今度は開かせようと内ももに親指の腹を食い込ませて、そっとさすった。

 私の指先ひとつに反応してふるふる肩を震わせるのが最高に官能的でたまらなくて、髪から漂う鵜飼先生の香りにもクラクラとしてくる。


「…抱いてくださいって、言える?」


 もしこれで言ってくれたら、そのときは容赦なく抱こう……そう企んで耳のそばで聞いたけど、鵜飼先生は首を横に振った。

 なんだ、だめか…少し落ち込んだ気持ちで、肩に顎を乗せてため息をついた。


「は…は、恥ずかしくて……言えない…」


 あぁ…なんだ。

 か細く上擦った声で伝えられたおかげで、嫌なわけではなかったんだと知って気を持ち直す。


「よく頑張りました。…偉いね、鵜飼先生」


 子供をあやすみたいに頭の後ろに手を置いて、怒られないよう気を付けつつこめかみ辺りに唇を押し当てる。

 怒るどころじゃないのか、彼女は縮こまってじっとしたままされるがままされてくれた。


「…ご褒美になりましたかね」

「わ、私にはまだ…早かったかも」

「はは、そうですか。じゃあ今度は、もっと控えめなやつにしときましょう」

「はい……先生…」


 ぽんぽんと頭を触って、その日の練習はなんとか襲わずに終えることができた。

 そうして、貴重な週末の休みはムラムラだけを残して過ぎていったのだった。

 

 















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