第15話
早くも、旅行三日目の朝。
約束通り鵜飼先生が一人風呂を朝から満喫している間に軽い清掃と荷造りを済ませ、あらかた終わってからは最後の一服を堪能した。
「…なんで私も誘ってくれないの」
「緋弥さん、タバコ吸わないでしょう」
「今度から吸うたび誘ってくれないと嫌です」
「は、はぁ……分かりました」
どうしてか苦情を受けたが、その後は機嫌もよく…問題なく帰路についた。
途中で気になるお店や場所には寄ってみて、なんだかんだで帰宅したのは深夜近くなったから、鵜飼先生を家に送るついでにそのまま泊まらせてもらった。
お盆休みはあと数日残ってるし、マッチングアプリの女性ともいい感じに話が進んでるのもあって、翌日は起きてすぐ自分の家へ帰ろうかなと思ったんだけど。
「さて、帰ろうかなぁ…」
「……ま、まだ居てもいいんですよ」
「いやぁ…さすがに帰ります」
「っ……さ、さびしいから帰らないで…って、もち太郎が!」
「うーん…もち太郎がそう言ってるなら仕方ないですねぇ」
なんかかわいいやり方で引き止められたから、帰る気をなくしてしまった。
結局、お盆休み中は鵜飼先生の家に入り浸り形となって、おかげでせっかく出会ったマッチングアプリの黒髪ギャルとの予定は一旦流れた。
そうして鵜飼先生と過ごす楽しくてムラムラする時間も流れ、無情にも出勤日は近付いてくる。
カレンダーの日付が進むたび、どんどん気分は沈んでいった。それでも鵜飼先生の前では態度に出さないようにしていたのに。
「うーわ……行きたくない…仕事嫌だぁ……休みたい、むり…あと三十連休欲しい……くそぅ、学校爆発しないかなぁー…」
「……大丈夫?蒼生さん」
前日の夜に耐えきれず、彼女がお風呂に入ってる隙を狙って絶望に突っ伏していたところを、あっさり見つかってしまった。
お風呂あがりの鵜飼先生は今日も今日とていやらしいネグリジェを身にまとった状態で、ベッドの下でうずくまる私のそばに来てしゃがみこんだ。
そして意外にも優しく頭から背中までを丁寧に撫でてくれる。
「蒼生さんも、連休明けはそうなるのね…」
「すみません……弱音を吐くつもりじゃなかったんですが…」
「いえいえ。出勤前の夜はしんどくなりますよね、分かります」
どうしてか嬉しそうに微笑んで、女性らしい座り方に変えた彼女は自分の太ももをぽんぽん叩いた。
「…よ、よければ、ここに来て甘えてもいいんですよ」
「え。いいんですか」
「……えっちなことはしないでくださいね」
「もちろんもちろん。そんなやましい気持ちなんてありませんよ、はは」
平然と嘘をついて、遠慮もなく迷わず膝枕をしてもらう。
怒られない範囲で膝や太ももを触らせてもらいながら、髪を撫でられる感覚に浸って目を閉じた。
「……タバコ吸いに行きます?」
「今はやめときます……動きたくないくらいメンタルしんどいんで」
「弱ってる蒼生さんかわいい…」
いったいどんな性癖を持っているのか。
どこかのぼせた声で囁いて、珍しく愛でる手つきで頬をさすり始めた。
……これ今、もしかしたら告白したらOKしてくれるかも。
彼女の望むロマンチックなものではないとはいえ、私への好意が高まってそうな今ならチャンスなのでは…?とあわよくばを狙ってみる。
「緋弥さん」
「…ん、なに?」
「付き合ってほしい…って、もち太郎が」
「……もち太郎はそんなこと言いません。ふざけないでください」
「あ、はい。ですよね…」
まぁ…失敗した。
断られると分かっていても挑戦してしまうのが私の良いところでもあり、悪いところでもある。
もはやここまで来たら私が彼女を好きだってことはバレてるだろうし、練習という名の言い訳もあるし、今さら包み隠せるわけもないから開き直って好意は伝えよう。
恋愛慣れしてない鵜飼先生を、少しでも慣れさせるためにも。
「まったく……告白はロマンチックなものじゃないと嫌って言ったじゃない」
「…どんなのが良いの、緋弥さんは」
質問しつつ、どんな顔をしてるのか気になって横向きから仰向けに変えて見てみれば、想像以上に眉間にシワを寄せて悩んでいた。
「色々ありますけど……学園モノならやっぱり、バスケットゴールにシュートして、「これが入ったら付き合って」っていうのが…良い。うん。良いですね」
「……残念ながら私達、学生じゃないです」
「げ、現実を突きつけるのはやめて…」
本人もさすがに現実的じゃないと自覚があるらしく、悲しい顔で項垂れていた。
「でもまぁ……実現できないわけではないですよ」
なんとなく可哀想だったから、学生ではないものの学校には通っていることを利用して、試しに彼女の理想を叶えてみることにした。
鵜飼先生はお盆休みが過ぎてもまだ数日は休みが続くのもあって暇らしく、ある企みを持って「それなら明日の出勤ついてきて」とお願いしてみる。
「いいですけど…」
怪訝に思いながらも頷いてくれた彼女を連れて、さっそく次の日ふたりで学校へ向かった。
通常通り業務を行い、その間は申し訳ないながらも保健室で待ってもらって……仕事があるからちょうどいいと言ってもらえたのでお互い業務を終え、いわゆる放課後くらいの時間に退勤した後。
「ほ、本当にやってくれるの?」
「うん。まぁ……入るかは分からないけど」
「そもそもバスケできるんですか?蒼生さん」
「これでも一応、元バスケ部なんで。…仮にも体育教師ですし、ある程度は運動できないとね。やっていけませんから」
わざわざ体育館をこのためだけに開放して、鵜飼先生を呼び出した。職権乱用である。
バスケットボールを弾ませながら軽い準備運動を始めて、投げる前になんて言おうか気恥ずかしい思いで考える。
…まさか大人になって、少女漫画の再現をするだなんて思ってもなかった。
しかし、ここは恥を忍んでやるしかない。
壁際にいる鵜飼先生も期待感でワクワクした様子で目を輝かせて待っているし、彼女に喜んでもらうためにも……気合いだ。恥は捨てよう。
「…さてと、緋弥さん」
コホン、と咳払いをひとつして、ボールを脇に抱え持った。
ついでだから壁ドンでもしとこう…と、鵜飼先生の前まで行って、肘と手を壁につく。
「これが成功したら……付き合ってくれる?」
私じゃあんまり胸キュンにはならなかったのか、それともその逆でキュンとしすぎた反応なのか、彼女はただただ戸惑った上目遣いで見上げるだけで何も言わなかった。
返事をいつまでも待っていても仕方ないし、恥ずかしいから手短に済ませようと確実に入れられるであろうゴール前にポジションを取る。
…こういうところが大人のセコいところである。
ボールを何度かバウンドさせながら軌道を見定める。100%入る保証はもちろんない。
「…よし」
自信はないが、とりあえずやってみよう。
これで入らなかったらかっこ悪いことこの上ないが……といくばくかの不安を抱えて、そこはこれまでの経験を信じてボールを投げた。
結果は見事に、成功した。
自分でも驚きつつ、嬉々としてボールを取りに行って鵜飼先生の元へと向かう。
「はい、じゃあ…決まったんで付き合いましょう!いやぁ、成功してよかった!さっそくキスしていいですか」
「……嫌です」
「えぇ…?どうして」
「せ、成功したら付き合うなんて言ってません。…それに、終わった後の対応が雑すぎます。最後までドキドキさせてください」
それでも、こだわりが強すぎる彼女の期待には添えなかったようで、告白は断られてしまった。
でも確かに、最初から了承の返事は貰えてなかったし仕方ないか…とその日は諦めて、仕事を思い出したからサービス残業するため準備室へと戻った。
が、鵜飼先生は用が済んだからもう帰れるのにわざわざ待ってくれていて、申し訳ないから早い時間に切り上げて帰宅することにした。
「送っていきます」
「わ…私の家に来ても、いいんですよ」
「うーん……連休中ずっとお世話になってるからなぁ。悪いんで、今日は自分の家に帰ります」
「……じゃあ、私が蒼生さんの家に行きます」
「えぇ?何もないですよ、うち」
「…行きます」
「はい…」
こうなると意地でも聞かないから、おとなしく車を走らせて長らく空けていた自分の家へと帰った。
1Kのマンションの一室は旅行前となんら変わりなく、人を招いても問題ない綺麗な状態は保たれてることだけは先に確認して鵜飼先生を部屋に入れる。
「意外と物が少ないのね…」
「色々あると、掃除がだるいじゃないですか。……じゃなくて。ミニマリストってやつです。はは」
殺風景な部屋への感想を苦笑で受け止めて、ただの面倒くさがりを良い風に言いながら折りたたみ式のテーブルを開く。
ベッドの上から適当にクッションを取ってそこに座らせてからは、一旦仕事終わりの一服を済ませにキッチンへと出た。
そしたら鵜飼先生もついてきて、換気扇の下でタバコを吸い始めた私の隣に会話もなくじっと立っては眼鏡の奥から静かに視線を送ってくる。
……なんでタバコ吸う時、いつも来るんだろう。
不思議に思いつつも、かわいい行動だからあまり深くは考えず好きにさせておいた。
「この後、パソコンで少し作業してもいいですか?仕事がまだ残ってて…」
「…いいですよ」
「すみません。うちテレビもないんで、暇つぶしに筋トレ道具使っていいですから」
「筋トレが趣味なんですか?」
「うん。体を動かすのが好きで……汗をかくのはいいもんですよ」
「……今度、プールでも行きますか」
「いいですね!行きましょう」
嬉しいことに相手からお誘いを受けて、気分は上がる。
まだまだ世間的には夏休みが続くし、週末の休みを使えば余裕で遊びに行けるから、さっそく予定を立てるためまず先に仕事を終わらせようと部屋の隅に置かれた作業場についた。
パソコンの電源をつけて椅子に座り、その間に縛っていた髪を解いて、コンタクトも外して眼鏡に変える。
「え」
「…ん?」
完全に家用だからオシャレなんて微塵も意識してない重ための黒縁眼鏡をかけた私を見て、鵜飼先生の口から驚いた声が漏れた。
声に反応して椅子ごと振り向けば、クッションの上でスマホを触ってたらしい彼女も、見開いた目でこちらを見つめていた。
「め、眼鏡属性は神…」
「……はい?」
「ふ、普段は眼鏡なんですか?」
「あぁ……はい。地味に目が悪くて…」
「学校でもかければいいのに……いや、かけた方がいいですよ。かけてください」
「うーん、でも…運動するのに邪魔だからなぁ」
「それなら、私以外の人の前では一生かけないでください」
極端すぎる無理難題を突きつけられて、困り果てて頭の後ろを掻く。
「こ、こっちに来て。蒼生さん」
反応に困っていたら鵜飼先生にベッドの上へ呼び出されたから、しぶしぶ立ち上がって彼女のそばに腰を下ろした。
「わ…私のこと、押し倒して」
「?……はい」
いやらしいようなお願いを自らしてくるのが不思議で、新手のお誘い…?と疑問に思うけど、素直に従って腰に手を回しつつ相手の背中をシーツの上へと倒す。
どこまでやっていいのか分からない中で、とりあえず、体の上に跨がってみた。
「はぁあ〜……!良い。よすぎる…」
鵜飼先生は自分の口元を手で覆って、なんとも言えない喜びの表情で瞳を揺らしていた。
「な、なんか……呆れた感じで、言ってください」
「…はぁ?」
「なんでもいいので、お願いします。…できれば、罵る感じで」
今これはどういうプレイをさせられてるんだろう。
でもまぁ……どんな理由であれ積極的になってくれてるのは嬉しいから、いいか。
にしても、罵る…か。どうしようかな。
「…仕事の邪魔をするなんて、悪い子ですね」
彼女が好きそうなことを、少女漫画の内容を思い返しながら選ぶ。
「特別な、保健体育の授業をしましょうか」
「はい…」
下心満載で言ったのに、予想外に頷いてくれた鵜飼先生の手が私の腕に巻き付くみたいに置かれて、潤んだ唇へと寄せられた。
目を軽く閉じて手のひらにちゅ…と甘える仕草でキスをした彼女の瞼が持ち上がって、クールにも熱を持ったようにも見える瞳が、誘うように私を射抜いた。
「お仕置き、して。勝先生…」
鎖骨の辺りを撫でられて、そのまま服を握られる。
半ば冗談のつもりだったのに、想像を遥かに超えてノリノリな鵜飼先生に困惑して、言葉を無くした。
練習だけで終わらなそうな雰囲気をひしひしと感じながらも、
「ヤダって言っても、やめませんよ」
それならキスのひとつでもしてしまおう…と、期待感を高めた表情に向かって顔を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます