第14話


























 入浴後、発散できないモヤモヤを解消させるためのやけ酒を一杯飲み干してから、先にベッドで休んでいる鵜飼先生の元へと向かった。

 二階へ上がってみれば、彼女は昨日寝ていた奥側のベッドじゃなくて、私が使っていた手前側のベッドで枕と毛布を丸ごと抱き締めて寝転んでいた。

 毛布を挟んだ、細く白い足を普通にエロい目でしばらく楽しんで、声もかけず無言でベッド脇に膝を置く。


「あ……お、おかえりなさい…」

「…ここ、私のベッドなんですが」


 肘をついて横になれば、毛布で顔の半分を隠した鵜飼先生と目が合って、とりあえず苦情の言葉を投げておいた。


「れ、練習するのに必要だから待っていただけです。別に、一緒に寝たくて待ってたわけじゃありません」

「……一緒に寝たかったの?」

「っち、違うって言ってるじゃない」

「私は構わないけど……寝るの意味は変わってくるよ」


 念のため濁しつつもしっかり忠告したら、意味はちゃんと分かるらしい彼女の眉が垂れ下がる。

 そして、恥ずかしいのか毛布に顔をうずれて隠れてしまった。…すぐ隠れる。


「さ、さっきからずっと……体目的みたいなことばっかり言うのやめてください。傷付きます」

「……すみません。欲に正直なもんで」

「正直すぎます。少しは謹んでください」

「はい…」


 説教を受けてしまって、項垂れながら謝った。

 今からキスの練習をするというのに、そんなに怒られては始め方に困る。


「そろそろ、練習しますか」


 迷った時はど直球にいこう。

 調子に乗らないようにだけ気を付けて、毛布を僅かにずらし、鵜飼先生の顔色を窺う。

 彼女はすでに真っ赤な顔をしていて、恥じらいつつも頷いてくれたから、それじゃあ遠慮なく…と毛布を奪い取って体の上へ覆い被さった。


「…どうしましょうか」


 髪を踏まないように気を付けながら手のひらをシーツにつけて、もう片方の手は輪郭をなぞる。


「……て、手を、貸してください」

「はい。どうぞ」

「ん…」


 私の腕に手を回して、自分の口元へと寄せた彼女の思いのまま、好きにさせてみる。…何をしてくれるのか、単に期待したのもあった。

 鵜飼先生はまず手首に向かって唇を押し当てて、チラリと横目でこちらの様子を確認してきた。


「さ…先に言っておきますけど、えっちな気分になるのはナシです」

「……練習ですもんね。分かりました、それなら私も割り切りましょう」


 こんな状況で酷な話ではあるが、幸い日頃の激務で心を殺すことには慣れてる。…正しくは“心が勝手に死んでいく”だが。

 仕事と思えば、感情をそこまで動かさずに済みそうだから、私にとってもありがたい提案だった。

 生徒に興奮することはない。それなら、この瞬間に限っては彼女を本当の生徒だと思い込んで接すればいいだけのこと。


 …とはいえ。


「は……ん…蒼生さん…」


 生憎、こんなにエロい生徒……多分どの学校を探してもいない。

 サテン生地でワインレッドのネグリジェに身を包んだ鵜飼先生は、大人の魅力と色気を怖いくらい纏っていて、その彼女が慣れない動作で手のひらにキスをするのを眼下に捉えて眉をひそめた。

 こんな官能的なのに耐えろなんて、もはや拷問である。

 ……もしかして、理性を試されてる?

 これを乗り越えないと、付き合う資格すら与えられないのかも。体目的は嫌ってさっき言ってたもんね。

 彼女の理想に相応しいか見定めるためのひとつだとするなら、ここは耐えるしかないか。


「あ…蒼生、さん」

「…ん?」

「私、上手にできてますか…?」


 耐えるのに集中していて、反応を示さなかったことに不安を感じたんだろう…涙を浮かべた瞳が私を映した。


「……とても上手にできてますよ」


 彼女が自ら口元に当てて掴んで離さない方の手で頬を触り、できるだけ優しい口調で褒める。

 安心してくれたらしく体の力が抜けたのを感じ取って髪をくしゃくしゃに撫でたら、髪型が崩れるのが嫌だったのか顔を逸らされた。


「…子供扱いしないでください」

「してませんよ。めちゃくちゃ大人の女性扱いしてます」

「……本当に?」

「でなければ、こんな風に触りません」


 疑ってかかってくる相手には、あえて焦らす手つきで唇の真ん中から端までじっくりなぞって、私の抱える欲望を分かりやすく行動で現す。

 興奮が指先の熱を通して伝達されれば、鵜飼先生の困惑した瞳が上目遣いで私を見上げた。

 自分の体を支えていた手で枕元に置かれていた無防備な手首を押さえつけて、肘と一緒に顔を落とす。


「さぁ、ほら。…続けましょう、緋弥さん」


 もちろんキスはせず、耳元で話しかけて相手の口元を覆った。


「上手にできたら、ご褒美にあなたの大好きな言葉責めでもしてあげますから」

「っ……す、好きじゃありません。ちょっと興奮しちゃうだけです!だいたい、あなたにご褒美でやられても嬉しくなんかありませんから。調子に乗らないでください」

「うーん……じゃあ、今後はやめときましょうか。言葉責め」

「……蒼生さんなんてもうだいきらい…」

「ははっ、嫌われちゃった」


 まぁ…それでもやめないけど。


「緋弥さんにはご褒美じゃなくて、お仕置きが必要みたいですね」

「んく、うぅ…」


 半ば無理やり人差し指と中指をねじ込んで、舌を挟み込みながら弱く引っ張る。

 驚いたのか肩を叩かれたけど、それも無視して首筋に吸いついたらピクリとした後で体の動きが止まった。


「ディープキスの練習です。…ちゃんと絡ませて」


 だけど厳しい声で言えば、焦った仕草で本人なりに頑張って動かし始めた。

 適当な理由をつけて指を舐めさせてる間に、私も私で耳の外側を挟んでみたり舐めてみたりと好き勝手に欲を解放させる。

 そのたびに熱い吐息が漏れたり肩をピクつかせるのが可愛くて、何度か耐えきれず頬にキスを落とした。


「はぁ……かわい。顔熱いよ…これで興奮しちゃうなんて、緋弥さんは変態なんだね」

「っ〜…や、ぅ…ふ」

「あ。腰動いちゃうね……声だけなのに、気持ちいいんだ…?」


 人の太ももに向かってこすり付けるように動いたのを指摘したらさすがに恥ずかしすぎたのか、指をガジガジ甘噛みするという抵抗を受けた。

 かわいいけど少し痛いから、指はそっと引き抜く。


「は……っあぅ…き、きもちよくなんて…」

「じゃあ、濡れてるか確認してもいい?」

「やっ…!だ、だめ……濡れてないから!触っても意味ないですから」

「触ってみなきゃ分からないでしょう」

「ぁ……や、やぅ…待って、今触られたら…」


 本格的に触ろうとは思ってなくて、本当に軽く確認がてら布の上から指の腹を当てただけなのに、それ以上の刺激を阻止するかのように勢いよく太もも同士が閉じられた。

 声が漏れないようにか自分で自分の口を塞いで体を震わせた彼女は、何かに耐えるみたいに瞼を強く下ろして下唇を噛みしめる。

 色々と察してしまって、滾る興奮を胸に続きをしようか悩んだ結果……しんどそうだったからやめておいた。


「〜……っは、はぅ…う、はぁ……もう…だから触らないでって、言ったのに…」

「随分と感度が良いんですね。もしかして普段ひとりでも練習してます?」

「っし、してません……あぁ、だめ…まって。疲れた…」


 言い返す気力もなくしてしまったようで、額に手の甲を当てて深いため息をついたのを、おかげでちょっとスッキリした気分で見つめる。

 そうして鵜飼先生の様子が落ち着くのを待つこと数分。


「もう今日は練習終わりです……早く離れてください、重いです」


 とか口では冷たく突き放すことを言っておきながら、いつの間にか背中に手が回っていて、服もぎゅっと強く掴まれていた。

 可愛いからしばらく退かないで上から抱きしめたまま放置していたら、引っ張られる感覚がして、鎖骨に隠れてる鵜飼先生の方を見下ろす。


「なに、どうしたの。甘えて」

「…甘えてません。重いって、言ってるじゃないですか」

「いやぁ……緋弥さんの体は正直なんですがね」

「変な言い方しないでください」

「そろそろ素直にならないと、いつまで経っても恋愛に進めませんよ」

「っ…あ、蒼生さんと恋愛に進もうとなんて思ってませんから。練習ができれば私は充分です」

「…何も相手は私に限りません。運命の人が現れた時に困りますよって意味です」

「……嫌ですか、素直じゃないの」


 本人も自覚があって気にしてるらしく、どこか怯えた声で聞かれた。


「嫌いって言われるよりは、好きって言われた方が…そりゃあ。当たり前に嬉しいですよ」

「そ…そうよね」

「ま、しかし……緋弥さんは慣れてませんから。恥ずかしくなっちゃって素直になれなくても仕方ないことです。あまり気にせず、自分らしくいましょうね」

「……うん」


 照れ隠しも無くなってしおらしくなったところで、ようやく起き上がって離れる。

 物寂しい表情へ変わったことに胸を締め付けられたけど、また気持ちを荒ぶらせないよう一服に出かけた。

 珍しく彼女はついてこなくて、ひとりになれたから今のうちに“ロマンチックな告白”とやらをネットに頼って計画してみることにした。


「夜景の見えるレストラン……アリ。やっぱり王道が一番だよねぇ…」


 だけど、鵜飼先生の家にある漫画達を参考にしてみる方が早いか。

 練習なんかじゃ満足できなくなってしまった私はついに本番へ進むための準備を陰ながら始めていって、告白するまでは彼女に好かれるためドキドキさせる方法を模索することに決めた。

 今も、嫌われてるわけではないと思う。…むしろ押せばいけちゃう気がするくらいには好かれてる。自惚れでなければ。

 だから後は、このままの調子でご機嫌を取りながら口説いていくだけ。

 もはや練習とかじゃない、本番の恋が始まろうとしていた。


 ただまぁ、私は悪い大人である。


「一回、発散させとくかな…」


 彼女で満たせない欲は、他の女性で満たすことにしよう。一度スッキリさせとけば、今日みたいな過ちを繰り返さずに済むから。

 もちろん本人には口が避けても言えない。そもそも付き合ってるわけではないから、何をしても私の自由ではあるが……バレて嫌われるのだけは避けたい。

 お盆休みが終わって仕事が忙しくなる前に、手短に会える人を探そうとマッチングアプリを開いた。

 

「誰でもいいけど……できたら黒髪…」


 設定を女のみに変更して、タバコを吸いながらいくつも右や左にスワイプしていく。

 鵜飼先生に似てる人を狙うか、逆に正反対のタイプにするか……迷う。そういうの関係なく、欲を言えばギャル寄りのエロい子と出会えたら嬉しい。


「ん。この人かわいいなぁ…」


 良さげな人を見つけたから連絡を送っといて、他にも数うちゃ当たるで気になる人にはハートを押しておいた。

 女漁りに集中してたら思いのほか時間が経っていて、さすがに待たせすぎたと焦って携帯灰皿にタバコを押し込んでコテージへと戻る。

 臭いと言われないように急いで歯を磨いて消臭剤を振りまいてから二階に上がった。

 彼女は未だ私のベッドの上、こちらに背を向けた状態で横たわっていて、毛布に潜り込みながら話しかける。


「緋弥さん…起きてる?」

「……遅い。寝ちゃうところでした」

「寝るなら自分のベッドに…」

「ま、またあの変な蚊が出たら怖いので、今日はこっちで寝ます」

「あー…はいはい。分かりました」


 一緒に寝たいのね、と瞬時に理解した頭でどさくさに紛れて毛布を被るついでに脇の下に手を通して抱き締めたら、胸元の辺りでぎゅっと手を握られた。


「へ、変なことできないように、ここで固定しときます」


 …お■ぱい当たってるけど。いいのかな。

 彼女にとっては必死の言い訳なんだろうが、私にとってはご褒美にしかならないから好きにさせておく。

 しかしエロいなぁ…

 密着してるから分かる、豊満な胸の柔らかさや線の細い腰回りの感じとか、私の腹部辺りに当てられた臀部の割れ目の感じとか。

 このまま後ろから足の間に太ももを入れて臀部に向かって擦り当てたり、背筋を刺激してお尻を突き出させてみたりしたら……やらなくても分かる、体は素直にかわいい反応を見せてくれるんだろうな…なんて。

 いかがわしい妄想が捗りすぎて辛い。


 …やっぱり、発散させとかないとまずいかな。


 自分がそこまで理性的じゃないと自覚しているからこそ、爆発する前に鎮めておこうと改めて思う。

 こういう大人の汚いところは、見せないように気を付けないと。


「蒼生さん、あったかくてきもちいい…」


 とても同じ年とは思えない、たかだか抱き合っただけの体温に安心しきって眠たい声を出したピュアな彼女には、内緒だ。





 














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