第4話 多樒
名をアレンに呼ばれると、ほとんど金髪の少女は嬉しそうににぱあと笑った。無垢な笑みである。
「お姉! 会いたかったよ!」
「カインと一緒だったんだね」
「こいつが姉貴に会いたいって五月蝿いから連れてきた」
「なんでアンタが嫌そうなのよ」
樒がカインを小突く。痛い、とカインが文句を言うが、まあ、そこまで嫌そうではない。
彼女は才女と呼ばれており、その文章能力、表現力、語彙力において、この年齢でここまで書ける者もそういない、と言われている物語のプロフェッショナルである。そのことからついた渾名は「式部さま」。紫式部に肖っている。
本人はすごい才能を持っているし、他校や劇団から依頼が来たりするようなすごい人物なのだが、上には上というものがいる。
樒には優秀な兄がいて、学業でも趣味でもなんでも、とにかくその兄と比較されるらしい。兄より優秀でも色々言われるし、当然兄より不出来だと貶される。理不尽きわまりない話である。
樒は才能に傲らず、たゆまぬ努力を続けているというのに。アレンは樒の才能だけではない努力を知っているからこそ、才能という言葉を嫌う。そもそも、いくら才能があったとしても、その生かし方がわからないのなら意味がない。その点においては樒は誰よりも自分について追及し、常に上を目指し続けている。
まあ、金髪に近い髪と、よく口にしている棒つきキャンディが絶妙に煙草に見えたりするところが、柄の悪さとして樒のマイナス点になっているのも影響しているだろう。
「わあ、やっぱりお姉、その制服似合うね」
「樒ちゃんのお兄さんが同じ学校なんだっけ」
「そそ。お兄はモテるから女いっぱい見てきたけど、やっぱりその制服はお姉が世界一似合うよ」
「言い方」
喋り方が独特というか、言い回しがあまり心象によろしくない部分があるのも樒の特徴だ。まあ、樒に本当の姉のように慕われていることについて、アレンは満更でもないので、そこもかわいらしさと思うのだが。
「お姉は和風美人だから、中学みたいな青ベースのよく見るセーラー服よりもっとシックで落ち着いた色合いのが似合うって思ってたんだ。四角襟にリボンタイ。臙脂でまとめてるから、派手すぎないけど魅力を損なわない。うん、ウチの見立てに間違いなかった」
「さすが樒っち、わかってるぅ」
「茜サン……樒っちはやめてくださいって言ってるじゃありませんか」
「そうカタイこと言うなよ!! 一日や二日の仲じゃないダロ!!」
それはそうなのだが、茜の胡散臭さになんとも言えない表情をするより外ない樒であった。
まあ、茜は他人との距離の取り方や喋り方に独特な部分があるが、秘密は守ってくれるし、プライバシーは侵害しない。胡散臭いと思われがちだが、根はいい人物である。
アレンと茜とカインと樒は中学で一緒だった友達グループみたいなものである。アレンが浮世離れしてしまうところがあるので、友達ができないというより、人が寄りつかなかった。アレンが嫌われているわけではなく、神社の子らしい神聖さを纏っていたが故の畏れからである。
そこに他人との距離の取り方が独特の茜が気づき、アレンをクラスメイトの輪に入れてくれた。二人の縁はそこからだ。
樒は小学生の頃、カインと街で出会って、密かに友達になっていたらしい。小学校は別だったが、よく街のゲームセンターにいる子だったという。
ゲームセンターなんて、カインが行かなさそうなイメージだったのだが、出会った日、たまたま、同級生に連れられていったのだとか。
カインは慢性的な寝不足で、いつも目の下に隈をこさえている。故に表情はどうしても根暗いものになってしまい、教室での人間関係は良好とは言えなかった。ゲームセンターも無理矢理付き合わされたのだという。
樒はかなりのゲーセン通いで、他校の小学生の間でも噂になるようなプレイヤーだった。そんな樒が、たまたま居合わせたがために、カインは新しい道が開けた。
こいつが五月蝿いから云々と言っているが、樒といるときのカインはいつもより安らいだ表情をしているし、樒と遊んだ後の夜は快眠できるのだ。
姉としては、カインが中学で紹介してくれるまでそういう友達の存在を知らされなかったことが少し寂しいが、アレンは樒がカインにとって相性のいい存在として傍にいてくれることを有り難く思っている。それに、アレンを本当の姉のように慕ってくれるのも可愛くて仕方ない。
「今日はゲーセン行ってきたの?」
「入学式だから大人しく帰ってきました。カインとはカルタで遊びます」
「カルタいいね! あたしも混ぜてよ!」
「茜、駄目だよ」
アレンが茜を止める。茜はアレンから止められるとは思っていなかったので、きょとんとしてアレンを見た。
アレンの家には娯楽用品がないわけではないのだが、カルタは小学生が複数人で遊ぶタイプのものはない。
「家にあるのは百人一首。百人一首は一対一でやるものでしょう?」
「ええ……むしろなんで百人一首あって普通のカルタないの……」
先代宮司の趣味だと聞いてはいるが、百人一首のセット時代は古くからあった稗田家である。
それに、アレンもカインもあまり二人で遊ぶことはない。古びた百人一首セットが、数十年ぶりに日の目を見ることとなったのは、樒の存在があった。
「樒ちゃん、百人一首強いのよ」
「へえ。カインくんは?」
「樒ちゃんと遊ぶのが楽しいみたい」
それを聞いた茜は、カインと樒を交互に見て、青春ですな、と笑った。友達以上のつもりのない二人は、茜に冷たい視線を向けたが。
「早く行きましょ。三月は家のせいで忙殺されて遊べなかったからうずうずしてるの」
「樒っち可愛い~」
「だから樒っちはやめてください」
年上にも物怖じしない樒だが、樒が百人一首をしているときにこぼしていた言葉が、アレンには忘れられない。
「樒ちゃんすごいね! これで二十連勝だよ」
「別に、すごくないですよ。……たった一人には決して、敵わないんですから」
そのたった一人というのが常勝不敗という樒の兄のことだった。
樒も充分な才能を持っていて、それを存分に発揮するための努力はしている。百人一首だって、兄に勝つために暗記して、一文字目か二文字目には札を取れるほどだ。普通に競技カルタレベルなのだが、それでも兄には勝てないという。
百人一首以外もそうだ。成績は優秀だが、百点満点を常にとれるわけではない。一方、樒の兄は欠点をとったことがないらしい。八十点台になどなろうものなら、「やっぱりお兄ちゃんには敵わないみたいね」と言われる始末。やるせないことだろう。
テスト勉強だって、計画的にしている。予習復習を欠かしたりはしない。その証拠に、アレンは樒がカインと一緒に勉強しているところを毎回目撃している。遊んでもらったお礼、と言っているが、彼女から焦りが見えるのはアレンにもわかった。
テスト期間はカインと会わないようにして、猛勉強しているらしい。分刻みの勉強予定、部活や遊びに現を抜かしている暇はない。全ては兄に勝ち、周りに認めてもらうため。
そんな自分の追い込み方をしている樒を見ていると悲しくなる。どんなに才能がある人だって、上には上がいると言われて、追い詰められるのだ。自分の矜持のために、心を磨り減らすのだ。
眠れないカインと、何が違うというのだろう。だからアレンは樒が好きだし、樒を苦しめる才能という言葉が嫌いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます