第6話 裏切られた女
「みさき」
という女が今逃避王をしているが、彼女は、店に勤めている時、
「裏切られた」
と思ったことがあった。
自分を裏切ったのは、最初は誰か分からなかった。
というのは、自分を裏切った相手というのが、誰か分からないが、
「同僚の女の誰かだ」
と思っていたのだ、
というのは、そもそもの離婚の原因となった、
「かずきの浮気」
を旦那に密告したやつがいた・
ということだったからだ。
それをかずきは、
「みさきだ」
と思っていたのだ。
実際には、みさきが入ってきたのは、ちょうど、離婚問題が出てきた時だったわけだから、そんなちょうどいいタイミングということもない。
もし、そうだったとすれば、
「みさきという女は、かずきのことをばらすために、店に入ってきた」
というくらいでなければ、タイミングが合うわけなどない」
というものであった。
それを考えると、
「あの二人の関係は、最初からねじれたものだったのか知れない」
とママさんは思っていた。
このあたりになると、曖昧なところが多いのと、
「タイミングが微妙」
ということで、必要以上のことはいえない」
ということで、桜井刑事の耳には入れないでおくと考えるようになっていたのだ。
それはそれで正解だったのかも知れない。
実際に、ママさんの方でも、
「それ以上のことは分からない」
ということで、自分でも、曖昧な部分に、
「女の勘」
というものが、結びついてこないということが分かってきたようだった。
そんなことを考えていると、
「どうして、かずきさんが殺されなければならなかったのか?」
ということがますます分からなくなっていた。
ママさんが、ここまで気にするのは、店が忙しくなったということで、募集を掛けた中で、入ってきたみさきという女が、
「事件に巻き込まれた」
という状況を作ってしまったのが、自分であると感じたからだった。
しかも、ママの考えとして、
「一人女の子を増やすと、かずきの抑えになるかも知れない」
と思ったのだ。
「かずきが何かをする」
というハッキリとしたものはなかったのだが、
「かずきなら何かをしかねない」
という思うがあったのも事実で、
「何か不気味な気がする」
という気分にさせられたのが、ママさんとしては、
「気持ち悪かったT」
ということであった。
「私は、どちらに対して、謝らなければならないのか?」
と、ママさんは考えていた。
少なくとも、今回、
「かずきさんが殺される」
という、痛ましい事件が起こった。
そのことに関しては、どうしようもないということになるのだが、ただ、ママさんが今回の事件の第一発見者ということになってしまったのは、
「私に何かあるからなのかも知れない」
ということで、
「事件に首を突っ込んでしまった」
ということが、ただの偶然ということで片付けられないということを感じた時、
「本当に、この事件を無視してはいけない」
と思えて仕方がなかったのだ。
だからと言って、詳しく知っているわけではない。
しかも、
「浮気相手かも知れない」
ということで、ある意味、
「一番の容疑者だ」
と思っていた。河東に、
「まさか、鉄壁のアリバイがあったなんて」
と感じていたのだ。
確かに、鉄壁のアリバイがあることで、少なくとも実行犯ではない」
といえるのだが、だからと言って、
「河東さんがまったくの無関係」
ということはありえないとしか思えなかった。
ママさんは、河東という男を、結構知っているつもりでいた。
最初は、ママさんを目的に来るようになった。
そもそも、ここを利用している会社の、
「営業での接待」
として招いたのが最初だった。
だから、
「一見の客だ」
ということでママさんは、認識していたのだが、一度来てから、数か月後の、
「忘れかけていた時期」
といってもいいくらいの頃に、ふらりと、河東が現れた、
「もう来ないだろうな」
と思う客が来てくれるということが、ママさんとすれば一番うれしかった。
「常連になってくれることはないだろうな」
と思っている相手は、来てくれるのだ。
これ以上ありがたいことはないだろう。
それを分かっているだけに、
「お互いに有頂天になった」
といってもいい。
ママさんも、いつになく喜んでいる。
そんなところに、かずきが入ってきた。
「この人、浮気相手がいるくせに」
と思ったが、そんな感情をママとしては出すわけにはいかない」
それでも、うれしかを隠せない二人は、まるで、
「河東を奪い合う」
という感覚だったが、それが、男にとっては、
「至福の悦び」
に近いものがあり、
「くすぐったい」
という感覚だったのだ。
それだけ、
「三人三様」
という快感が、店の中にあふれていたといってもいい。
ただ、三人三様というのは、
「含みがあってのことだ」
と言ってもいいかも知れない。
河東という男は、
「女を手玉に取る」
ということがうまかった。
ただ、
「されでもい」
というわけではなく、自分が気に入った女で、しかも、自分に従順な女でなければ、自分からすり寄ることはしない。
しかも、
「自分が目を付ける女は、そういう女ばかりだ」
という自負があり、それを、自分の取り柄だと思っているのだった。
だから、女の方も安心する。
「男の方から、こわごわ近寄られるよりも、自信を持った男性に惹かれる」
というのは、女としては、当然のことであろう。
だから、女も安心するのだろうが、
「それができる女は、それだけ自分に自信を持っている女ではないだろうか?」
ということであった。
「男が女をひっかけるように、女も男を見ていて、自分からひっかける」
と人もいる。
ここのようなスナックなどでは、日常茶飯事だというところも少なくはないだろう。
それを思うと、
「自分にとって、好きになる男性を見分けるには、自分に自信が持てるようにならないといけないのではないか?」
と言えることだろう。
どういう意味では、スナックのようなところは、
「食うか食われるか?」
という状態の中にいるといってもいいのではないだろうか。
ママさんが最近気になっているのが、その河東という男が、
「最近店に来なくなった」
ということであった。
かずきの死体が見つかる少し前には、まったく姿を現さなくなった。
ただ、こなくなった傾向は、1か月くらい前からあった。
それまでは、週に3回くらいは姿を見せていたのに、急に来る回数が減ってきた。
そのことを、ママは気にならなかったが、最初にそれを口にしたのが、かずきだったのだ。
それまでかずきは、河東にそんなに意識を向けていたわけではなかった。どちらかというと自分から話をすることはなかったのだが、河東が話しかけると、結構、二人だけの世界を作っているように見えたのだ。
それは、みさきにもあった。
どうやら、最初は、先輩であるかずきに遠慮していたようなのだが、次第に、慣れてくると、
「先輩相手でも遠慮しない」
という態度に出るのだった。
スナックのようなところなので、それでもいいのだろうが、かずきとの関係は、他の、女の子同士の関係とは少し違っているようだった。
「一緒にすると、少し危ない」
ということでもあったのだが、ただ、それは、
「客を取り合う」
というような、殺伐としたものではなく、漠然とした感覚の中だったので、理由というと言葉にできるものではなかった。
かずきという女と、みさきという女を、それぞれ一人のオンナとして見た時、
「一緒にするのは危ない」
ということになるのであった。
何が危ないのか?
というと、
「男がらみではない」
という漠然とした感覚になったのだ。
だから、どこかからのウワサとして、
「あの二人、レズらしい」
と言われても、
「ああ、そうなんだ」
と、無理なく納得できたのだった。
あの二人がp店では遭わないようにさせたのは、
「二人が衝突する」
というよりも、
「二人だけの、異様な世界を作ってしまいそうで、それが怖かった」
と言ってもいいだろう。
店の外では、二人がどんな関係であってもいいが、店で直接的に何かの問題が起こると、厄介だった。
もし、
「二人がレズだ」
などというウワサが流れたとすれば、
「どちらかをひいきに来てくれていた客が来なくなるのは必至だ」
その客が、
「他の女の子に乗り換えよう」
と考えたとしても、
「もし、レズというものが流行っているのだとすれば、乗り換えようと思っている子が、レズの毒牙に罹っていないとも限らない」
そんなことを考えると、
「この店自体が怖い」
と感じ、
「もう来ない」
ということになりかねない。
それは当たり前のことであり、客が少しずつ減っていくと、そこから雪崩を打って消えていき、最終的に、
「常連だけの店」
ということになるだろう。
ママは、それでもいい」
と思っていたが、
どこかで、
「風評被害」
というものが、襲ってくるのは困ると思っていた。
一度立ってしまったウワサは、
「根も葉もない」
と言われるウワサほど、面白がって広がるもので、、
「その内容を誰が信じるというのか」
というのは、当事者だけで、広がってしまったウワサは尾ひれがついて、時には、
「信憑性のあるもの」
になっていくのではないだろうか?
特に、このあたりのスナックでは、
「レズのウワサ」
というのは、昔からあるようで、その信憑性は高かったといわれる。
なぜなら、一時期、レズが流行ったといわれる時期には、数軒の店で、ウワサになったりしている。
それを、
「まるで伝染病ではないか?」
と言われることも多いようで、女の子とすれば、
「そんな根も葉もないウワサ」
と言っていた人が、その渦中に入り、実際に、
「レズだった」
ということが、当たり前のようにあったようで、それこそ、
「レズって、伝染病なんじゃないか?」
と言われるようになっていたようだ。
レズというものが、どういうものなのか、実際にやらないとわかるわけはない。
それは、男性がそう思っていることであり、女性は、
「想像はつく」
と思っていた。
だから、
「嵌る時は、無意識に嵌ってしまうのではないだろうか?」
と言われていたのだった。
「世界的なパンデミック」
というものが流行った時、スナックの女の子たちは、
「職がなくなるのは、困る」
と思っていたが、半分は、
「レズという伝染病に罹らなくていい」
という思いもあったのだ。
レズを伝染病だと思った時、
「高熱によって発症し、熱が上がりきるまで、苦しむ」
と思っていた。
伝染病として一番怖いと考えるものとして、
「インフルエンザ」
というものを、考えると、
「高熱が出るメカニズム」
というものを思い出した。
インフルエンザに感染したりすると、まず、高熱が出る。
これは当たり前のことで、すでに、熱が39度近くになっていれば、即効性のある解熱剤を接種し、食事がいけなかった場合には、
「点滴」
などを打つことになるだろう。
もちろん、他の病気を併発しないように、抗生剤も一緒に接種するということになる。
それを考えると、
「高熱が出ることがどういうことなのか?」
と思うようになる。
そもそも、人間の身体の中には、病気に対する、
「抗体をつくる」
という機能があるのだ。
菌やウイルスのようなものが入ってきた時、それらをやっつけるためのものだ。
そして、その抗体があるおかげで、
「同じ病気に罹りにくい」
ということになるのだ。
そんな抗体ができるということを意識しない人は、病気に罹った時の看護を、
「間違える」
ということになりかねない。
というのは、
風邪などを引いて、熱が出た時、どうするであろう?
「熱があるから、冷やさないといけない」
と思っている人も多いのではないだろうか?
実際には、風邪で熱が出た時、簡単に冷やしてはいけない。なぜなら、本人が震えている可能性があるからだ。
どういうことのかというと、
「風邪をひいたり、病気に罹るというのは、菌が身体に入ることで、その身体に悪い菌というものを駆除するために、身体の中にある抗体が、菌と戦うのだ」
という。
「その時に、身体が熱を持つわけなので、いきなり冷やしてしまうと、せっかく戦ってくれている抗体の邪魔をすることになるだろう」
つまり、
「熱が上がりつつある間は、冷やすのではなく、身体を温めるということをしないといけない」
という。
「その証拠に、身体から汗は出ておらず、身体が熱くなるばかりで、結果、熱が上がり切るまで待つしかないのだ」
ということになるのだ。
熱が上がり切ると、今度は、身体から汗が噴き出してくる。
その時に、身体をタオルで拭いたり、乾いた下着に着替えたりするのだ。
そして、それから、身体を冷やすことをすれば、汗とともに熱も下がっていき、その分、それまできつかったものが、スーッと引いていくということになるのであった。
つまり、
「熱が上がり切ったところで、やっと、病原菌に打ち勝った」
といえるであろう。
だから、
「熱があるからと言って、むやみに身体を冷やすというのは、危険なことだ」
といえるだろう。
病気の場合と一緒にできないかも知れないが、
「鉄は熱いうちに打て」
という言葉もある。
ひょっとすると、恋愛であったり、性癖による感情というのは、こちらのことわざの方が当てはまっているかも知れないといえるだろう。
しかし、
「鉄は熱いうちに打て」
というのは、
「普段であれば、硬くて、どうにもならないものでも、熱を加えることで、柔らかくなり、その間に細工ができる」
ということなのであろうが、それが、どのような効果をもたらすのだろうか?
確かに、
「相手の弱点をつけば、いくらでも加工で来たり、こちらの都合のいいように扱える」
ということで、
「洗脳したり」
あるいは、
「都合のいい形に変えることもできるだろう」
しかし、ウイルスのようなものは、
「生存のため」
自分でいろいろ変化することによって、敵から身を守るという、
「自衛能力に長けている」
と言ってもいいだろう。
つまりは、
「こちらが扱いやすいように相手を変化させる」
ということができれば、
「ウイルスに立ち向かえる」
ということになるだろう。
「ウイルスが、人間に寄生することで、生き残りを図るのであれば、人間もウイルスを駆逐するためには、やっつけやすい形にして、一網打尽にする」
という方法もあるのではないか?
と考えている学者がいると聞いたことがあった。
そんなことを考えた時、
「スナックで自分が、マウントを取ろうとするのであれば、敵対するかも知れない相手を、自分に取り込んでしまう」
という方法がいいのではないか?
というのが、手っ取り早い方法であった。
かずきが、
「レズビアン」
という武器を身に着けたのは、
「元々、女性が好きだ」
ということを、学生時代に知ったからだった。
最初に気づいたのは、中学時代。その頃は、
「私にはそんな性癖はない」
ということで、かなりの勢いで、自分から否定に走ったことだった。
そもそも、自分のことを、
「潔癖症」
だと思っていた、かずきは、
「レズビアン」
などという世界があることも知らなかった。
中学時代に、少女漫画を見るのも嫌いだった。
というのは、
「少女漫画は少年漫画のそれよりも、かなりどぎつい描写で描かれている」
ということだからである。
そのことは、同じクラスの女の子から聞いていた。
その時は、彼女が、
「美少女趣味だ」
ということを知らなかったので、単純に、
「いやだ」
としてしか思っていなかったが、
「レズビアン」
ということを彼女の口から聞いたことで、
「気持ち悪い」
と思いながらも、
「それを否定する」
という気には、なぜかならなかったのだ。
レズビアンというものを知ったのは、中学に入ってすぐのことだった。
やはり、
「少女漫画」
で知ったのだが、
「女同士で愛し合う」
ということの想像がつかないだけではなく、そもそも、
「男女が愛し合う」
ということも知らなかったのだから、まずは、
「その比較はできなかった」
と言ってもいいだろう。
ただ、男女の恋愛に関しては、まわりの友達からも、どんどん入ってくる。
内容としては、ほぼ同じであったが、微妙に違っていることで、それが、
「性癖や、お互いの性格の交差」
ということにあるというような当たり前のことを、分かってはいなかったのだ。
何しろ中学生というと、一番好奇心が旺盛になるというもので、その時期のことを、
「思春期」
ということを、その時に知った。
そして、何よりもショックだったのが、
「男女で体の構造が違う」
ということを思い知った時だった。
というのも、初潮を迎えた時、
「男の人にも、同じことが起こる」
と思っていたがくらい、その頃まで、
「ウブだった」
と言ってもいいだろう。
小学生の頃は、誰もがそうだっただろうが、
「異性というものを意識しない」
という時期であった。
しかし、思春期になると、
「異性が気になる」
ということになるわけだが、その理由がどこにあるのかというと、
「異性は、自分にないものを持っている」
ということと、
「男性に弄られると気持ちよくなる」
ということを聞かされたからだった。
かずきは子供の頃から、
「自分で自分を慰める」
ということをしていた。
だから、
「どこを触ると気持ちがいいのか?」
ということは分かっているつもりであったが、
「それ以上に気持ちいい」
と言われているようで、その好奇心は、相当なものだった。
だから、
「その気持ちよさは、男性からしか得られない」
と思い込んでいた。
それまでしていた、自慰行為というものが、
「味気ないものだ」
と思い込むようになると、それまで男女ともに気にすることなく、友達でいたのだが、男性に対して、大いに敬意を表するようになったのだった。
だが、中学時代の男の子の変化を見ていると、どうしても、潔癖症のかずきにしてみれば、
「こんなに気持ち悪い男が、女性を気持ちよくするなんて」
ということで、どうしても、受け入れられないという気がしてきて仕方がなかった。
「顔のニキビや吹き出物」
かずきには受け入れられるものではなかった。
そんな時、できた友達が、妖艶な雰囲気のある女の子で、どうみても、
「同級生とは思えない」
と感じたのだった。
「同年代であれば、成長期というのは、圧倒的に女性の方が早い」
と言われている。
それは、
「個人差が激しい」
という意味で、全体的にも、女性の方が発育は早いといえるのだろうが、
「男性のその個人差よりも、女性の個人差の方が圧倒的に広い」
ということであろう。
女の子の中には、
「中学生になってから、初潮を迎える人もいれば、小学4年生くらいで初潮を迎える人もいる」
ということで、個人差は激しいのだ。
男性の場合には、女性のように、特徴的な変化があるわけではないので、分かりにくいと言ってもいいだろう。
胸が大きくなるわけでもないので、分かりにくいのだ。
それに、身長も、思春期であれば、女性の方が高い子が多いくらいに成長が早いと言ってもいい。
身体がそもそも違うのだから、その違いがどこから来るのかということを考えると、
「身長の高さ」
というくらいしかないだろう。
ただ、女性というものを見た時、明らかな男性との違いから、その成長を見ることで、男性が女性に対しての、性を感じるようになったとしても、それこそ、
「思春期というものの感情だ」
といえるのではないだろうか?
女の子も、男の子も、
「性に対しての感情は同じくらいに大きいのではないだろうか?」
ただ、女性というのは、その身体の変化の大きさと、子供を産むために、デリケートになっているということから、男性と違って、
「大胆にはなれない」
ということではないだろうか。
特に、思春期を迎えた後、大人になるということは、
「身体も大人になっていく」
ということで、
「別に思春期の成長で、身体の発達が終わる」
というわけではないといえるだろう。
まわりも、そのことを必要以上に意識するからか、特に男性の見る目のいやらしさは、
「潔癖症でなくとも、気持ち悪いと思うに違いない」
といえることだろう。
かずきは、高校生の時、
「もう少しで襲われる」
というところまできたことがあった。
ちょうど、自転車が通りかかったことで、襲い掛かってきた男が逃げ出したので、
「事なきを得た」
と言ってもいいだろう、
かずきは、それを誰にも言わなかった。言ってしまうと、
「後が面倒くさい」
という考えだったのだ。
彼女は、
「潔癖症」
ではあったが、
「勧善懲悪」
というわけではない。
ある意味、
「面倒くさがり屋だ」
と言ってもいいだろう。
そんな中学時代に、
「レズビアン」
というものを知ったかずきだったが、その時にかかわったことがあった女性の中にいたのが、みさきだったのだ。
みさきが行方不明になったということで、いろいろ調べられたのだが、みさきを、殺人の
「重要容疑者」
ということで、犯人というよりも、保護という意味を含めたところでの、捜索願から、
「指名手配」
という意味合いの深い、捜索願だったのだ。
そして、同時に、みさきの部屋も、
「捜索令状を取って調べられることになった」
のだが、そこで、意外なものが発見されたのだった。
事情を知っている人は、それほどの驚きもなかっただろうが、事件の概要を分かっている警察としては、この事実は、事件を考えるに、唸ってしまうようなことであった。
というのも、
「みさきの部屋にあったのは、かずきの部屋の合鍵だった」
ということである。
確かに、みさきとかずきが、レズビアンであるということを分かっているので、そこまで考えることはなかったのだが、合鍵ともなると、
「レズビアンの関係」
であることを、決定づけるものであった。
そして、もう一つ見つかったものがあったのだが、それがなんとも意外なものだった。
というのは、
「これは、店の誰も知らない」
と言っていたことであったが、かずきの
「借用書」
であった。
これは、二人の間のものということではなく、どうも、れっきとした会社の借用書であった。
しかも、
「法律的には生きているもの」
ということで、
「なぜそんなものが、個人の女性の部屋にあるというのか?」
しかも、それが、
「知り合いの借用書だということがどういうことになるのか?」
ということを考えると、
「二人の関係が、まさにどういうことになるのか?」
と考えると、難しいと言ってもいいだろう。
これは、
「二人がレズビアンだ」
という事実よりも、リアルで深いものなのだが、それだけ、
「レズビアン」
という関係が、歪なものであり、
「そこに金銭が絡んでいる」
ということになると、理屈が分からないという状態ではないだろうか?
そして、かずさが残していったではないかと思われる言葉が、その借用書の近くに置かれていた。
その言葉は、
「裏切者」
と書かれていて、
「それが誰のことを言っているのか、そして、今回の事件にどのようなかかわりがあるというのか?」
ということを、桜井刑事は、考えていた。
「裏切者」
という言葉が、かずきに対してのものなのか?
だとすれば、この借用書を自分が持っていることで、
「もし、かずきの死体が見つからなければ、これを持っていることで、
「誰かから逃げている」
と言ってもいいだろう。
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