第4話 少し様子のおかしい彼は、小説まで書いている 2
【思い出は宝石のように輝いて、砂上の楼閣のように脆く儚い。そして君が歌い、世界は色付く。】
──中編/灰色の世界と青い髪の少女──
***
「まったく。なぜ逃げ出せたのかは分かりませんが……、私を困らせないで貰ってもいいですか? 最後くらい役に立って死んでください」
冷たい鉄格子に閉ざされた檻の前、軍服を着た男が透き通るような青く長い髪の少女に吐き捨てるように言う。その物言いも見据える目も、人に相対しているようには見えず、まるで実験動物を相手に話しているように感じる。
それもそのはずで、青髪の少女は
「ほら! 今
「くく……、もしかしたら奇跡が起きるかもしれないでしょう? 奇跡的にあなたが
「ば、ばかなこと言わないでよ! 支援系の私がどうやって
青髪の少女が叫ぶと、軍服の男が鉄格子を思い切り蹴りつけ、「だからこその奇跡ですよ」と、厭らしく口角を上げて笑う。
「し、知ってるんだから! あなた達はまだ幼い
「ああ……知っていたんですか? もしかして……紛失した書類はあなたが?」
軍部はすでに
逃げる途中で書類は紛失。そうして捕獲されて今に至る。
「クズ! 最低! 立て直せるならわたしが死ななくてもいいじゃない!」
「くく……あなただけじゃないですよ?
軍服の男はそこまで言うと「くく……くくく……」と、気味の悪い笑い声を漏らし、「いずれ
「そ、そうだ! 紅蓮の軌跡のウッドレイ! 紅蓮の軌跡のウッドレイよ! まだ生きてるんでしょ? さ、探そ! ウッドレイなら
青髪の少女が鉄格子を掴んで必死に訴えている途中、軍服の男の人差し指が少女の唇に触れる。驚いた少女が後ろに飛び退き、唇をワンピースの袖で拭った。
「あんまり騒がないで貰えます? 正直若い女の甲高い声が苦手なんですよ。ああ、
そう言って唇をぺろりと舐めた軍服の男に、「最低……」と、青髪の少女が軽蔑の視線を向ける。以前軍服の男は、青髪の少女を無理やり抱こうとしたことがある。服を破かれ下着を剥ぎ取られ──
青髪の少女が「舌を噛んで死ぬからっ!!」と叫んだことで、何とかその場は汚されずに済んだ。
「まあ……、それにですね? ウッドレイなら昼にあなたも会ってますよ?」
「え……?」
「逃走中にゴミ捨て場を漁っている小汚い男がいませんでした? あのゴミみたいな男がウッドレイです。もはやなんの価値もない便所の糞以下の汚物ですがね」
軍服の男のその言葉に、「あの人が……」と、昼に会った白髪混じりの男のことを青髪の少女が思い出す。とても英雄だとは思えない、ボロボロの服を着たみすぼらしい男。聞いた話では自分より三つほど年上なだけのはずだが、正直それよりも随分と上……、老人のように見えた。
「彼はもう使いものになりません。いちおう
「なんであんなになっちゃったの……?」
「さあ? 前回の作戦失敗で心が折れたんじゃないですかぁ?」
「それであんなになる? 私が知っているウッドレイは──」
少女が知るウッドレイ。それは精悍な顔つきの逞しい男性。黒々しい髪に鍛え上げられた体。それが前回の作戦失敗からの半年であれほど変わるものだろうか。
「ウッドレイが
軍服の男はそう言うと、檻の前に設置された再生機を起動し、少女に
「な、なによこれ……」
その映像はあまりにも衝撃的だった。孤児院だろうか、襲い来る
実は
女性はたった一人で
しばらくの間映像には、直視出来ない光景が繰り広げられる。女性は体を解体されていく中でも子供達を気にかけ、懸命に時間を稼いでいた。
「うぅ……こんなの酷すぎるよ……。でも……この女の人……」
少女は映像を見て、二つの意味でショックを受けていた。一つはあまりにも惨たらしい女性の死に様に。そしてもう一つは──
「前に言いましたよね? あなたは我々が作り出した個体だと。軍部では様々な方法で
「それって……」
「そう、この肉塊があなたのオリジナルです」
軍服の男はそう言うと、映像の
「名前……は?」
「リーメイです。ですが失敗でしたね。リーメイも支援系だった。やはり支援系からは支援系しか作り出せない」
「え……? リーメイって確かあの人が言ってた……」
「そうです。リーメイはウッドレイの恋人です。あなたの首から下げているネックレスはリーメイの遺品……ですよ? 確かウッドレイも同じものを持っているはずです」
軍服の男にそう言われた少女が、白いワンピースの内側に隠れて見えなかったネックレスを引っ張り出す。ネックレスの先には、赤い宝石がキラキラと輝いていた。
***
三日後──
「いちだんと黒い霧が濃くなったなぁ。今日で人類は滅びるんだろうが……、あんたは悔いはないのかい? 本当にこれでいいのかい?」
五番街からほど近い河川敷の小屋。対岸には黒い霧が溢れ、今にも
「悔い……しかない……な。あの日……、僕が考えなしに突っ込まなければみんなは……リーメイは……」
半年前、ボイガンから西へおよそ二十四キロ地点にある、バリングという小さな街の付近で行われた
壊れた。
今でも目を閉じれば、物言わぬ肉塊へと成り果てた最愛の人の姿がウッドレイの脳裏に浮かぶ。自惚れていた。調子に乗っていた。紅蓮の軌跡と云われ、人類の救世主と云われ──
そんな自分が情けなく、ウッドレイの目からはボロボロと涙が溢れる。
「あんたの口からたまに出るリーメイってのは恋人かなにかだったのかい?」
「ああ……、僕の愛した女性……だ……。僕がみんなを……、子供達を……、仲間を……、全員殺したようなものなんだ……」
そう言ってウッドレイが赤い宝石のネックレスを握る。
「そのネックレス……形見かい?」
「リーメイは……、孤児院で働きながら宝石細工もやっていたんだ。これが僕に残されたリーメイとの唯一の思い出……」
ウッドレイが宝石を握りしめ、吐きそうなほどに嗚咽する。
「あんた……これでいいのかい? 思い出だけを抱きしめて死んでいくつもりなのかい?」
「僕一人が頑張ったところで
「この子を見殺しにするのかい?」
白髪の老人が受像機の画面をウッドレイに向ける。そこには黒い霧が溢れる中、一人で立っている透き通るような青く長い髪の少女の姿。だがウッドレイには色も形もハッキリとは分からず、少女なのかどうかすら不鮮明に映る。分かるのは自身が持つネックレスの、赤い宝石の色と形だけ。心はもう──
死んだ。
「あんたはもう戦えねぇとは言ったけどよ、最後くれぇ格好つけたらどうだい?」
「だめ……なんだ……リーメイがいない僕なんて……」
「まあ……無理にとは言わねぇが……。この女の子よぉ、一人で偉いよなぁ……。絶てぇ殺されるってのによぉ……。おお!? おいあんた! ここ見てみろよ!」
白髪の老人が興奮したように、少女の胸元を指差す。そこにはウッドレイの持つネックレスとまったく同じものが映っていた。自身の世界から色も形も失われたウッドレイの目に、鮮烈な赤い宝石の輝きが飛び込む。
「あ……ああ……」
ウッドレイの目に映る、受像機越しの色も形も不鮮明な少女の姿。だがその姿はネックレスの宝石の赤い色が広がるようにして色付き、形を成していく。
それは透き通るような青く長い髪の──
「このネックレスはあんたの恋人の形見なんだよな? なんでこの子が同じもんを持っ──」
老人が話している途中、ウッドレイが駆け出す。目からはボタボタと涙が溢れ、映像の中、色付いて形を成したあの青髪の少女の元へと──
──中編/灰色の世界と青い髪の少女(了)
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