第3話 少し様子のおかしい彼は、小説まで書いている 1
【思い出は宝石のように輝いて、砂上の楼閣のように脆く儚い。そして君が歌い、世界は色付く。】
──前編/灰色の世界と赤い宝石──
***
一人の少女が狭い路地を全速力で駆けている。
限られた土地にこれでもかというほどに立ち並んだ様々な店。ここは五番街と呼ばれ、無計画に密集した建物がまるで迷路のような道を作り出す。その迷路のような路地裏──人が一人通るのでやっとの道を、がむしゃらに少女が走る。顔は今にも泣き出してしまいそうで──
「やだ……やだやだ……、死にたく……ない! まだ恋もしたことないのに……、死にたくなんてない!!」
少女が走りながら叫ぶ。年齢は十五~十六歳くらいだろうか。透き通るような青く長い髪を振り乱し、必死に走る。
走るのに邪魔だったのだろうか、色鮮やかな花が描かれた白いワンピースの裾をビリビリと破り捨て、下着が見えてしまいそうなことにも構わず走る。
途中で靴が片方脱げ、素足で踏みつけるジャリジャリの地面が痛い。足の裏からは血が滲み、それでもなお走る。
***
「ちっ! てめぇのせいで酒が不味くなんだよっ! つーかなんでのうのうと息してやがんだぁ!? さっさとクタバレや!!」
迷路のような路地裏──ゴロツキがたむろする飲食店の裏で、一人の男が大柄の男に馬乗りで殴られていた。殴られている男の服は浮浪者のようにボロボロで、白髪混じりの髪も伸び放題。殴られて口内が切れたのか、口からは血が滴る。
「ごめん……なさい……」
「ああ!? ごめんなさいだぁ!? てめぇが! てめぇが失敗したせいで人類は滅ぶんだ! 今からでも
「でき……ません……」
「じゃあてめぇが死ね!!」
「本当に……ごめんな……さい……」
白髪混じりの男が血を吐きながら謝るが、大柄の男の殴る手は止まらない。ここ湖畔の街ボイガンでは、こういった暴力沙汰が連日のように起きている。暴力だけで済めばいい方で、殺人や強姦なども日常茶飯事である。
「何がっ! 人類のっ! 救世主だっ! ただのっ! 臆病者っ! じゃねぇかっ!!」
そう叫びながら殴る大柄の男の拳が、白髪混じりの男の顔面に当たる。ゴキンッと嫌な音がし、白髪混じりの男の口からは、プッと折れた歯が吐き出された。
「ごめん……なさ……」
「あぁん? 聞こえねぇなぁ? ……っと……こりゃなんだぁ?」
大柄の男が白髪混じりの男の胸元に覗くネックレスを掴む。ネックレスの先には赤い宝石がキラキラと輝いており、見るからに高そうな雰囲気だ。白髪混じりの男にとって大切なネックレスだったのだろうか、「それは……それだけは勘弁してください……」と言って、大柄の男の腕を掴んだ。掴む手にはギリギリと力がこもり、死にかけとは思えないほどの力を発揮している。あまりの力の強さに大柄の男が一瞬怯むが──
「汚ぇ手で触ってんじゃねぇっ!! これは俺がもらっ──」
そう言って大柄の男がネックレスを引き千切ろうとした、まさにその瞬間──
「どいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
透き通るような青く長い髪の少女が駆けてきて、大柄の男に思い切りぶつかる。ぶつかる瞬間、少女の体が淡く光り、少女の二、三倍は体重がありそうな大柄の男を吹き飛ばす。
そうして大柄の男が吹き飛ばされた勢いで、白髪混じりの男のネックレスがブチブチと切れて吹き飛び、路地裏のゴミ捨て場に落ちた。それと同時、「あああっ! リーメイ! リーメイ!!」と、白髪混じりの男が叫びながらゴミ捨て場に向かい、ガサガサとネックレスを探し始めた。探しながらも「リーメイ……リーメイ……」と人の名前だろうか、泣き出しそうな声でゴミ捨て場を漁っている。
「ご、ごめんなさい! 私のせいでなにか失くしちゃいました!?」
そんな中、青髪の少女が白髪混じりの男に声をかけるが返答はなく、白髪混じりの男は相変わらず「リーメイ……リーメイ」と、泣きそうな声を漏らしながらゴミ捨て場を漁り続けている。そんな様子を見ていた青髪の少女は、リーメイという名に覚えがあるのだろうか、「リーメイ……?」と首を傾げて考え込む仕草をみせた。
「何か思い出しそうなんだけど……ごめんなさい! 手伝ってあげたいけど急いでて! ああ!! 来た!!」
青髪の少女が叫び、一目散に駆け出したのだが──
その青髪の少女の後を追うように軍服の男が駆けてくる。軍服の男は白髪混じりの男の横を通り過ぎる瞬間、「ちっ……まだ生きていたのか。クズが」と吐き捨てるように言い放ち、少女を追いかけて行った。
***
「おいおいどうしたんだよその傷」
「ちょっと転んでしまって……」
「転んでこんなになるかぁ? 喧嘩だろ?」
「………………」
五番街からほど近いボイガン川の河川敷。ボロボロの木材や破れたブルーシートで組まれた小屋が立ち並ぶ
「あんた……
「……どこでそれを?」
「そう言うってことは本当にあんたがウッドレイなんだな。でもどうしたよこの白髪ぁ……頬もこけて見る影もねぇ……わしが知ってるウッドレイは……」
紅蓮の軌跡のウッドレイ──
それは人類を蹂躙する
失敗した。
その失敗によって人類は窮地に立たされ、ウッドレイは行方をくらませた。
「あの時……みんなが知ってるウッドレイは死んだ……。もう……疲れたんだ……」
「作戦の失敗で心が折れたのかい?」
「僕のせいでみんな……」
白髪混じりの男──ウッドレイが悔しそうに拳を握り、目に涙を湛える。
「まあ……あの作戦で
それは
だがその人類の希望が半年前──
ほとんど失われた。
「だけどよぉ、もう一回戦おうとは思わねぇのか? ここの周りにも黒い霧が溢れてきた。あと三日もすりゃあ
「僕はもう……、戦えない……」
「そうかいそうかい。まぁあんた一人が挑んだところでもうどうにもなんねぇわな。ふぅ、やれやれ……、人類もあと三日の命ってわけかい」
白髪の老人はそう言うと立ち上がり、自家発電機に繋いだ受像機を点ける。受像機からは「脱走した
「かわいそうにねぇ……もう何をしたって無駄だってのによぉ。それに
「……支援系に戦わせるのか……?」
「あんた今のボイガンの状況を知らないのかい?」
「ああ……」
「……今回捕まった子以外に
「僕の失敗のせいか……」
「そう思うんなら、あんたが助けに行ったらどうだい? 紅蓮の軌跡のウッドレイって言やぁ、最強の戦闘系だろう?」
「いや……、僕はもう戦えないんだ……」
ウッドレイが力なく呟き、ゴミ捨て場から見つけ出した赤い宝石のネックレスを握る。とても脆く儚いものを握るように、優しく──
「そうかいそうかい。戦う戦わないは本人の自由だ。まあだが残念だな。髪の色が綺麗なかわいい子だったが……」
そう言って白髪の老人が受像機の画面をウッドレイに向ける。画面には、透き通るような青く長い髪の少女の顔が映っていた。その青髪の少女を指差して「かわいい子だろう?」と白髪の老人がウッドレイに問いかけるが──
「ごめん……色も顔も……何も分からないんだ……」
「そういやあんた……、そのネックレスの宝石の色と形しかちゃんと認識出来ねぇとか言ってたか……。半年前の失敗で心が壊れちまったんだなぁ……」
「………………」
「まあ、わしは別にあんたを責めちゃいないから気にしなさんな」
白髪の老人はそう言うと、優しくウッドレイの肩を叩いて「まあ最後の三日間、悔いなくすごそうや」と、数本しか残っていない歯を剥き出しにして、破顔した──
──前編/灰色の世界と赤い宝石(了)
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