第2話 初恋の彼は少し様子がおかしい 2


 青髪の少女を着替えさせ終えたウッドレイが、真剣な表情で「君が──」と口を開く。


「君がさっきまでの格好を好きでしているのならと、出掛ける際には何も言わなかった。もちろんさっきまでの格好も君にとても似合っていた。だけどやっぱり僕はこっちの方が好きだな。それにああいう格好は五番街では厳禁だ。もしああいう格好が好きなら、一番街の方でするといい」

「ウ……ウッドレイ……」


 とても紳士的なウッドレイの物言いに、青髪の少女がもじもじとしながら頬をさらに赤く染める。あの破廉恥な服装を否定せずに褒め、だが危険だからと着替えさせた一連の流れ。正直青髪の少女はあの破廉恥な服装を自分でも似合っていないと思っていたが、ウッドレイはそう言わずに褒めた。そんな優しさにきゅんきゅんとし、頬が赤く染まっただけではなく、口元も緩む。だが──


 きゅんきゅんし過ぎて青髪の少女は聞き流してしまったが、ウッドレイは「出掛ける際には何も言わなかった」と言っている。つまり青髪の少女が家を出る前からウッドレイは見ていたのだ。そうして着替えを見られないようにするための大きな黒い布と、青髪の少女が普段着ている膝丈のワンピースを手に持ち、後をつけていたということになる。


 そもそも外で黒い布で包んで着替えさせるという発想がおかしいし、青髪の少女が普段着ているのと全く同じワンピースをウッドレイが持っていることもおかしいのだが──

 きゅんきゅんし過ぎた青髪の少女は、そういったことに思い至れない。そうして実は、下着も黒から白に取り替えられたことにも気付かない。


 そんな傍から見れば常軌を逸した光景に、ゴロツキ達はしばらく呆然としていたが、ようやく「な、なんだおめぇ!」「邪魔すんじゃねぇよ!」「今から俺らはその女と気持ちいいことすんだ!」「ぶっ殺されてぇのか!」と、口々にゴロツキっぽいセリフを吐く。だが──


「黙っていろ。今僕は彼女と話しているんだ」


 ──と、ウッドレイがゴロツキ達に視線を向ける。その視線は凍えてしまうのではないかという程に冷たく、放たれた言葉は身を貫く槍のように鋭い。ウッドレイから漏れ出る気迫に押され、ゴロツキ達がじりじりと後ずさってしまう。そんな中ゴロツキの数人が、「おいおい……、もしかしてあれって英雄ウッドレイじゃねぇか?」「ウッドレイ? 紅蓮の軌跡のか?」「うちには受像機がねぇから見た目は分かんねぇよ」「はぁ? ウッドレイって言やぁ、あのみすぼらしいカスのことだろ」「そうそう、ゴミ漁りの情けねぇウッドレイだよ」と、口々にウッドレイに関してのバラバラの情報を話す。

 そんなゴロツキ達に背中を向け、ウッドレイが青髪の少女を見つめる。


「な、なに……? 私の顔になにか付いてる……?」

「いや、今日のメイクもとても魅力的だと思ってね。特に目元の紫みのピンクが青い髪と合っていて素敵だ」

「あ、ありがと……」

「だけど……」

「だけど?」

「着替えたから今の服装には少し合わない。もちろん君の顔にはバッチリ似合ってるけど……」


 「……少しいいかな?」と、ウッドレイの顔が青髪の少女に近付く。きゅんきゅん真っ只中の青髪の少女は、これはキスする流れだ──と、「う、うん……」と返事をして目を閉じた。すると──

 何故かウッドレイが、黒い布の中から自前のメイク道具を出す。青髪の少女は目を閉じているので、そんなことには気付かずに少し震えながらウッドレイの唇を待っていた。そんな青髪の少女の唇に、ひやりとしたが触れる。



 んん……

 ウッドレイの唇って冷たいんだ……

 それにすごく潤ってる……

 ううん……

 潤ってるっていうよりこれは……

 濡れてる!?



「な、何してるのよ!!」


 青髪の少女が目を開けると、ウッドレイがメイク落としの液体を含ませた布を唇に当てていた。そうして瞬く間に濃いめのメイクを拭き取られ、洗顔、スキンケア、ベースメイク、アイメイク、チークやリップと──

 流れるように新たなメイクを施される。ベースメイクの前の日焼け止めも忘れていない完璧さだ。


「……よし、終わったよ。これなら今の服装にも合うし、君の魅力が最大限に引き出される。ああだけど、以前からメイクしていない君も素敵だって思ってたから、ラフな服装の日はメイクなしでもいいかもね」


 そう言ってウッドレイが手鏡を青髪の少女に向けると、そこにはいつも通りのメイクをした青髪の少女の顔。いや、いつも通りなのだが、細かい部分が青髪の少女がするメイクよりも上手い。



 ああ……

 ウッドレイってメイクまで得意なんだ……

 強くてかっこよくて優しくて……

 


「あ、ありがとウッドレイ……」


 青髪の少女がうっとりとした表情でウッドレイを見る。だがまたしてもきゅんきゅんし過ぎて青髪の少女は気付かなかったが──

 ウッドレイは「以前からメイクしていない君も素敵だって思ってたから」と言っている。青髪の少女がメイクしていないのは、寝る前と起きた直後だけ。おそらくこれまで誰にもメイクしていない状態では会っていない。少し前、青髪の少女は囚われの身だったこともあるのだが、その時ですら持ち込んだメイク道具でメイクをしていた。つまりウッドレイは、青髪の少女の寝ている顔を見ているということになる。


「さて、とりあえずこっちの用事は終わった。お前達はどうするんだ?」


 そんなうっとりとする青髪の少女を背にし、ウッドレイがゴロツキ達に向けて身を切るように冷たい口調で問いかける。それに対してゴロツキ達は一瞬たじろいだが、「紅蓮の軌跡だろうとなんだろうと構うことか!」「あいつをやっちまえば気持ちいいことが出来んだ!」「ウッドレイをヒィヒィ言わせた後で女もヒィヒィ言わせるぞ!」と、有り得ないほどにゴロツキっぽいことを叫んでウッドレイへと向けて駆け出した。だがその直後、ウッドレイの体が淡い光を帯び──


 瞬殺。


 今この瞬間のために瞬殺という言葉が作られたのではないか──と思わせるほどの清々しい瞬殺。気付けばあれほどいたゴロツキ達は全て地面へと倒れ伏し、皆一様に腕を抑えて呻いていた。


「とりあえず腕を一本。もしまだやると言うのなら、次はもう片方の腕も折る。その次は足だ」


 ウッドレイのその言葉で、「く、くそー!」「覚えていやがれ!」「次に会ったらぶっ殺してやる!」と、ゴロツキ達は見事な負け惜しみを言いながら逃走した。そうしてウッドレイが青髪の少女に向け、「君が無事でよかった。この世界で君だけが僕の灰色の世界に色をくれる」と優しげに語りかけ、くるりと後ろを向いて立ち去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待って! 私はもう少しあなたと話したいの!」


 そう言って青髪の少女がウッドレイに手を伸ばすが、もう少しで掴めそうなところでひらりと躱される。その後も「待ってよ!」「行かないで!」と手を伸ばすが、その手がウッドレイに届くことはなかった。


「お願いだから行かないで! あなたともっと一緒に過ごしたいの!」

「……ありがとう。君がそう言ってくれて僕も嬉しいよ。だけど──」


 ウッドレイはそこまで言うと一瞬黙り、僅かに首を振りながら「……だけど僕にはその資格がないんだ」と力無く呟いた。そうして青髪の少女の「待ってよ!」という言葉を背中に受けながら、その場から足早に立ち去った。


「なんなのよ……、なんなのよもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 本日四度目の青髪の少女の大絶叫。



 資格がないってなによ!

 これだけこっちをきゅんきゅんさせておいてなんなの!

 本当に意味が分からない!

 次こそは……

 次こそは絶対……



「……絶対に捕まえてみせるんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 通算で五度目の青髪の少女の大絶叫。そんな大絶叫する少女の目に映る、地面に落ちた見慣れないノートのようなもの。落ちている位置的に、おそらくウッドレイのものだと思うが──

 青髪の少女が恐る恐るノートを拾う。ノートの表紙にはとても綺麗な字で【思い出は宝石のように輝いて、砂上の楼閣のように脆く儚い。そして君が歌い、世界は色付く。】と書いてある。そうしてパラパラとノートを捲ってみた青髪の少女が「えぇっ!?」と驚きの声を上げた。



 う、嘘でしょ……?

 これ……

 私とウッドレイの出会いを書いた小説だ……

 そういえばウッドレイと出会った最初の頃、私が軍でどう過ごしていたのか根掘り葉掘り聞かれた気が……

 え?

 それを小説に?

 なんでなんで?

 変な人だとは思ってたけど本当に意味が分からないよ……

 タイトルもまたポエってるし……



 理解不能のウッドレイの行動に、青髪の少女が頭を抱える。



 まあでも……

 ちょっと……、ううん……

 すごく変な人だけど……

 優しくてかっこいいんだよね……

 この小説を読んだらもしかしたら……

 ウッドレイのこともっと知れるかな……



 青髪の少女が近くに転がっていた横倒しのドラム缶に座り、手に持った【思い出は宝石のように輝いて、砂上の楼閣のように脆く儚い。そして君が歌い、世界は色付く。】のページを捲る。


 

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