淀成と景久の特殊能力
静岡市内のある中学校のことである。城川ひなのという生徒が、周りにいじめられていた。恐竜などが描かれたノートを破られたり、それ以外のノートにも、死ねだの幼稚園児だの、ひどい悪口が書かれていた。その日は許し難いことがあった。つけていた恐竜のキーホルダーをバラバラにされたのだ、しかも目の前で。
「返して!返してよ!」
「返してと言われて返す奴がいるもんか」
ひなのはいじめっ子に襲いかかろうとしたが、突き飛ばされた。ひなのの体には、殴られた痕であろうあざがたくさんできていた。それを、 SNSで流されていた。#雑魚すぎ、#いじめではありません、などのハッシュタグがついていた。いじめっ子どもは、それをひなのに見せた。
給食の時。給食当番はこう言った。
「お前には給食なんかやらない」
「いいよ、君たちはいつもそう言ってるんだから」
悲しいかな、その日はひなのが大好きな揚げパンの日であった。担任教師は何も注意をしない。一人だけ、美味しそうにみんなが揚げパンを食べているのを見ているだけであった。
その夜。ひなのはノートに何かを書いている。
「書き終わった」
そのノートには、猛川淀成と古川景久の名があった。
「僕が悪いから、いじめられたんだ。ならば、なかなか死ねない方法で」
ひなのは、いかにも頑丈そうなロープで首を吊った。その顔はいかにも苦しそうに見える。23時頃、ついに息絶えてしまった。享年14。
次の日。景久はテレビのニュースを見ていた。
「中学校でいじめられていた男子生徒が自殺 恐竜が好きだった模様。恐竜が好きだなんて幼稚だ、といじめられていた」
「私たち古生物学者に失礼じゃないの!」
景久は怒って、テレビを消してしまった。そして、家友たちの前に現れた。
「いじめられていた男の子が、恐竜とか昔の生物が大好きだったらしい。自殺したことと何も関係ないはずよ」
「なんぞ、朝から物騒なことを申すの」
「一番物騒なのは、私たちが現代に生きていることだけどね。人間にとっては」
淀成は爆笑した。
「何がおかしい?笑うのは不謹慎であるぞ、人が死んだというのに」
淀成は急に真剣な目つきになった。
「つまり、人間じゃない俺たちが死ねば、人間たちが俺たちのことを笑っても不謹慎とは言わないということか?」
「貴様の質問は返答に困る。我には分らぬ」
「しかし可哀想ね。その子は何歳だったの?」
「14歳とかだった気がする。私と同い年」
「せめて別れの言葉を言っておきたいものだ、その子は昔の生物が大好きだったというのなら。しかしながら、我らは陸に上がれない」
景久が魔法の杖を取り出した。それを一振りした。すると、三者は人間に変わってしまった。家友は真っ白なマーメイドドレス、政平はセーラー服(女子学生ではなく軍人の)、淀成は陰陽師のような服を着ている。
「我らは、人間の姿になってしまったのか?」
「こうすれば陸に上がれるし、あの子のお通夜に行くことができる。陸に上がって」
3人は、景久と部屋に来た。
「家友と淀成は着替える必要がある。政平はそのままで大丈夫」
景久は家友と淀成に真っ黒な着物を渡した。それを受け取ると2人は向こうへ行った。しばらくして2人が戻って来た。
「出発しましょう。手紙を書く便箋を持ったよ」
10分程歩くと、葬儀会場に着いた。人間たちが集まっていた。
「歩くってこんな感覚なのね。それにしても人間しかいないわ」
「当たり前だ、人間の葬儀なんだから」
「勝長もここにいたら、あの子はどれだけ喜ぶことであろうか」
遺書のようなものがテーブルに飾られていた。淀成はそれに目を落とした。
「僕は、恐竜をはじめとする昔の生き物が好きでした。特に、モササウルスが大好きでした。白亜紀の海の王とあだ名されるぐらい、強かったから。だから、モササウルスが実は生きていたというニュースを聞いて、いつか本物に会うために、いじめに耐え続けようと思いました。しかしもう限界です。古川景久氏が、猛川淀成と名付けた子に会いたいです。古川さん、このことを淀成さんに伝えてください。淀成さん、本当にごめんなさい。城川ひなの」
それまでずっと冷徹だった淀成が涙を流した。ひなのの遺影に目をやった。
「汝は、ずっと俺に会いたかったんだな。この姿になったら、俺だ、猛川淀成だっていうことはわかってくれないだろうな」
中学生らしき背の高い人間たちがやってきた。
「あんた、名前は?俺たちの中学校で、ひなのの仲間をしているやつなんていなかったけど」
淀成は、ひなのの遺書を指さした。猛川淀成と書いてあるところを。
「嘘だと思うなら、この通夜が終わったら海岸に来るがいい」
淀成は奴らをにらんだ。
「わ、わかりました…」
後ろから誰かが話しかけてくる。
「ねえ、あなたは本当に、淀成さんなの?」
「誰だ!?俺に話しかけてくるやつは」
「我ではない。政平であろう」
「私じゃないわ!景久でもないはずよ。そもそも声なんか聞こえないわ」
淀成は辺りを見回した。そこには、遺影と同じ男の子がいた。
「汝は誰だ?もしや、この遺書の持ち主か!?」
「僕は城川ひなの。昨晩死んだの。人間の世界では、いじめが深刻で、僕もその被害に巻き込まれた。鮫原家友さん、鎧倉政平さん、古川景久さんがいるから、この世に生きているから、僕は長いこと生きられたんだ。でも僕は今朝自殺してしまった。淀成さんにも生きて会えたのかもしれないのに死んでしまった僕がバカだった」
「俺は、猛川淀成だ。景久の力で人間の姿に変わったんだ。この通夜が終わったら、汝を苛めた人間たちに仕返しをするつもりである。汝は隠れて見ていろ」
「我こそが、鮫原家友である。我も淀成に加勢するつもりであるから」
「私は鎧倉政平よ。私の人間に変身する前のいかつい姿を見たら、人間は恐れることでしょう。あなたは喜ぶのかもしれないけど」
「私は、古川景久です。この子たちと違って私は、れっきとした人間なのよ。悪いけど私は、いじめっ子退治には行けないわ」
「会えただけで充分だよ。この子達は、絶対に奴らに傷つけさせなんかしない。そもそも傷つくほど弱くないよ」
「我には貴様が見えない。淀成は独り言を言っているだけのように見える、周りからすれば。されど我の気持ち、伝わったか?」
「僕からは、君たちの姿が見える。ありがとう」
家友たちは小さな部屋に入った。そして手紙を書きはじめた。
「貴様は、巨大ザメが好きなのだろうか?昔の生物なら好きなのであろう。悲しいかな、我らは生きて会うことができなかった。しかし我の仲間は、あの世にきっといるはずだ。もし会うことができたら、仲良くしてやってくれ。鮫原家友」
「あなたたち人間が、私のことをどう思っているかはわからない。でもあなたなら、私のような昔の生物に興味を持ってくれていたはず。あの世でも、ずっと古生物を好きでいてください。鎧倉政平」
「俺は汝を救えなかった事を今一番後悔している。俺にずっと会いたかったと言ってくれていたのに。汝の代わりに俺は生きる。白亜紀の海の王、いや、現代でも海に君臨し続ける、汝のために。猛川淀成」
「私は古生物を小さい頃からずっと研究してきました。もしあなたが生きていたなら、一緒に研究することも叶ったはずです。しかしあなたは生き返ることはできない。あなたの分まで私は研究し続けます。古川景久」
4枚の手紙を棺の中に入れた。そして4人は会場を後にした。
「なんで俺たち呼び出されたんだろう?それが謎すぎるんだが」
「知らねーよ。もしかしてひどい目にあうのだろうか」
「いやそれはないだろう。みんな名前が知れ渡っているんだから、ひどいことをしたらとんでもないことになる」
一方で、淀成は恐竜のことを考えていた。すると、恐竜の幽霊が現れた。ティラノサウルスにトリケラトプス、アンキロサウルス、果てにはアルゼンチノサウルスのような巨大な恐竜まで。恐竜は各々の肉体を持っているようだ。
「俺は恐竜の幽霊を呼び出せるようだ。恐竜たちと一緒に戦う。汝らは、後ろで見ているだけで良い」
「そんなに言うのなら、休ませてもらおう」
約束通り、いじめっ子達の前に淀成は現れた。大きな足音もする。人間たちは振り向いた。あの暴君が、人間たちの前で吠えているではないか。実はその時、勝長も静岡に来ていた。
「何か騒がしいな。あれは、恐竜!?」
「勝長か。俺が召喚した恐竜の幽霊が戦っているところなんだ、汝も加勢すればいいのだ」
「僕が!?なんで人間と戦うの?」
「暴君よりも巨大な汝がやってくれば、奴らも大人しくなる。頼んだ」
「もう、行けばいいんでしょ、わかったよ」
勝長は川の中から近づいていく。そして一人に噛み付いた。そのままそいつを水中へ引きずり込んだ。
「戦争や環境破壊は起こす、いじめによって人を殺す、凶悪なのは僕じゃない、君たち人間だよ!」
「助けて!泳げないんだよ!」
そいつは叫んだが、時すでに遅し。何分も苦しんだ末に溺死した。陸ではアンキロサウルスが、人間の肋骨を尻尾のハンマーでへし折った。その人間は肋骨が肺に刺さって呼吸困難になり、いかにも苦しそうな顔をしている。体中が血塗れた状態になり、ついには倒れた。最後の人間は、アルゼンチノサウルスに踏まれたり、ティラノサウルスに噛まれるのを免れた。水中に飛び込んだからだった。しかしそこには、猛川淀成が待ち構えていた。
「俺のファンを殺すとは、汝もいい度胸だな。あいつが勝手に死んだんだ、とは言わせない。汝には、海の王者の餌食となって死ぬのがふさわしい!」
淀成は、水中でもがく人間に食らいついた。あたりは血の海になった。淀成は、もがいている人間を丸呑みにしてしまった。そこに、家友と政平がやってきた。
「死人が増えただけではないか!」
「血の臭いがするから興奮してるんだよ、家友は」
「次の日は、ニュースになっていることだろうか。遺体は食らって証拠隠滅したし、行方不明となるだけで済むだろうな。俺たちが人を殺したとしても、罪にはならないから」
淀成は笑っていた。政平が淀成を睨み付ける。
「淀成、あなたって意外とサイコパスなのね。ずっと、人間の武将に恋する純情な海の王だと思っていたわ」
「ファンの敵を討つのは当然のことだ。被害者も、喜んでいるだろうな。しかし俺が倒したいのはもっとやばいやつだよ。それこそ、密猟するやつらとか」
「なるほどのう。人間の姿にも変身できることであるから、陸に上がって戦いたいものだが、我らは人間の姿になると攻撃力が著しく落ちる」
勝長がやってきた。
「それなら僕に任せて。川辺で戦えば、僕は水陸両方で戦えるし、得意な水中戦に持ち込むことだってできる」
「そうか。もしも戦う時になったらな。しかし汝は難民である。戦いなど起こしていいのか?」
「これは、今生きている生き物を守るための戦いだから」
「我らが戦うしかないのだな。これは人間達の知るところとなろう。最強の頂点捕食者とて、環境を崩すことは許せぬ。ならばむしろ、我らが環境を守っていこうぞ!」
景久がやってきた。景久は魔法の杖を一振りした。勝長も、人間の姿になったのだ。古代エジプトのファラオのような姿である。
「人間の姿で、何をしていたの?」
「淀成に会いたいと言っていた人間が亡くなった。その通夜に行っていた」
「明日はその子の火葬の日。勝長も来た方がいいと思う」
次の日。家友たちは火葬場に来ていた。
「人は死んだら焼かれる、少なくとも日本では。この一時間後ぐらいには、綺麗なこの子の遺体も、白い骨だけになってしまう」
「恐ろしいことを言うものだな。しかし事実なのであろう」
「淀成さん!いじめっ子たちには、僕と同じ思いをさせたんだね」
「そうだな。俺たちもやばいが、人間はもっとやばいということがよくわかった。いじめなんかして、何の得になるというんだよ」
「淀成は、義に背くやつは許さぬのでな。貴様の敵討ちをしたのもそれゆえ」
淀成は、ひなのの遺体の方を向いて、黙って手を合わせた。家友たちもそうした。その1時間後。景久の言う通り、ひなのは骨だけになってしまった。遺族と思われる人々が、骨を拾っていた。淀成のところに、ひなのの両親らしき2人がやってきた。
「はじめまして。城川ひなのの母です」
「父親です。あなたは、猛川淀成さんですか?」
淀成は頷いた。
「こんな姿でも、ひなのはあなたに会いたかったんでしょう。ありがとう」
淀成はおじぎをしてその場を去っていった。
数時間後。家友たちは歩いていた。
「人間の墓場に向かうのは、初めてだ」
「呪われるのかしら?」
「その時には、俺の出番だな。悪霊達を倒すことができる」
「ありがとう」
墓場に到着し、骨壺は埋められた。
「浮かばれないな。景久のように、有名古生物学者になれたのかもしれないのに」
「いじめは人間の世界で、大問題になっているの」
「華城学園では、そんなことなさそうだけど」
みんなは墓の前で、いじめの犠牲者に手を合わせた。
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