第17話 ラファは上機嫌になる

アルデンヌ元男爵はついにたおれ、シモーヌはにおい立つような色気を放つラファに色めき立ち、お付きの者たちはてんやわんやの大さわぎとなった。


ラファはマリに近づくと、相変わらずのうすっぺらい笑みをうかべる。


「約束は果たしましたよ。マリー男爵殿」


「ええ。ありがとうございました」


マリはまっすぐにラファを見上げた。


ラファは思う。


思った以上に小さいな……。


マリの身長は150センチないくらいで、ラファの身長は180センチをこえていた。


いつも話す時は座っているからあまり気にならなかったが、改めて立って向かい合うと、その小ささが際立つ。


それに、すべての部品がていねいに作られているようで、いたずらにふれてしまえばこわれてしまいそうだ……。


頭は回るけど、なんというか……、まだ少女なんだな。


ラファは当たり前のことを思った。


「……」


「……なにか?」


ラファはついつい無言でマリを見つめていた。


「あ?ああ……、俺が約束やぶるとは考えなかったんだな、と思ってね」


ラファはおどけるように、かたをすくめる。


「はあ。心配してなかったです」


「ハハッ、ずいぶん信用されたもんだな!……だが、どうしてだい?」


マリはちょっと考える仕草をしてから言った。


「プライド高そうじゃないですか。自分に対して」


ラファはふき出した。


ガブリエルのようにただえらそう、というのとはちがうと思ってくれているようだ。


ラファはそのことが、なぜかとてもうれしい。


「くく……。そういえば、男爵になる目的を聞いてなかったな」


「いくつかあるんですが、自己決定権のためです」


「自己決定権?」


ラファの知らない言葉だった。


「ええ。たとえば、いきなり結婚させられたりとか嫌じゃないですか。自分の意思でもないのに」


「へえ……、結婚に自分の意思とは……。考えたこともなかったな……」


一瞬、ラファは物思いにふけるような表情をした。だが、それは一瞬だった。


「そうそう。ガブリエルなんだが、さっそくきみの悪評をふりまいてるよ」


「はあ」


「なんでもガブリエルの真心をもてあそび、恥をかかすために俺をつまみ食いした最悪の悪女が、マリー、きみだそうだ」


ラファは笑いをこらえきれないという様子で、実に楽しげだった。


「……ふしぎなんですが、それってガブリエルさん本人が言って回ってるんですか?」


「そうだな。あいつは醜聞と名声の区別がつかないんだ。とにかくでかい声でさわげば、まわりがチヤホヤしてくれるからな。話題の中心にさえいられればいいわけだ」


「はあ」


「けど、醜聞にまきこまれたほうは最悪かもな。社交界ではかげ口をたたかれ、女性としての花道をひどくジャマされることになる。過去にもそういう令嬢はいたよ」


「なるほど。そういう復讐なわけですか」


「そういうこと」


「ま、とりあえずは好都合かもしれません」


「は?」


「わたし、しばらくは悪女で行こうと思います」


それを聞いて、ラファは大笑いする。何事かと、まわりがおどろくほどだった。


「いやー、そんな宣言初めて聞いたよ」


「そうですか」


「きみにならつまみ食いされてもいい」


「いりません」


「言ってみただけさ」


ラファは実に楽しそうにほほ笑み、マリの前にひざまずいた。


我が国の第二王子が一体何をしているのかと、まわりの人々はシンとなって注目する。


ラファはあいかわらず無表情のマリを見上げる。


真剣な表情で、だまって見つめた。


「……なんですか?」


さすがにマリは困ったように聞く。


ラファはその表情を見て、満足したようにニヤッと笑った。イタズラが成功したヤンチャな少年の見せる笑みだ。シモーヌが思わず「キャー!」とよろこびの声をあげる。


「俺はきみの後見人だ。気が向いたら、ためしに頼ってくれてもいい」


「……なんだか頼りになるんだか、ならないんだかわからない言い草ですね」


「ま、これが俺の精一杯の誠実さだな。未来のことは、そのときになってみないとわからん」


ラファは立ち上がり、ふふんと鼻で笑った。


「それでは悪女の男爵殿。俺はいそがしいので、そろそろ失礼するよ」


「ええ。ありがとうございました」


マリが礼を言うと、ラファは最後にニヤッと笑った。


ラファエル・ファルシオン第二王子は、実に上機嫌に、アルデンヌ男爵家をあとにしたのだった。

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