第16話 マリ、男爵になる

「だ、だだだ、男爵位をよこせだとぉっ!?」


アルデンヌ男爵がおどろきにさけぶ。


反省させるために玻璃の館にはなれて住まわせている姪っ子が、突然たずねてきたと思ったら、平然と爵位をうばおうとしたのである。


マリは真顔で続けた。


「よこせ、ではなく返してくださいと言ったんですが……」


元々、現在のアルデンヌ男爵は正確には男爵代理だ。本当の男爵位相続人は、実はマリーで、幼いことと女性であることからおじが代理をしているにすぎない。


このことをマリは、シモーヌがもってきてくれた公的書類から確認していた。


「ええい!同じことだ!帰れ帰れ!お前には反省の意が足りぬ!第一王子に申し訳が立たん!」


「あ、第一王子なら昨夜来ましたよ」


「なに!?それで?今度こそ、もちろんうまくやったんだろうな!?」


「髪を切って拒否したところ、涙ながらに悪女と言われました。もう来ないのではないでしょうか?」


「~~~~っ!?」


アルデンヌ男爵は顔を赤くし、青くし、たおれそうになったが、お付きのジャンがすぐにイスを用意したのでだいじょうぶだった。


「まあ!それで髪をお切りになったのね……!さぞ辛い決意だったでしょう……!ドラマチック!」シモーヌが興奮している。「でも、ショートヘアもよくお似合いになっていてよ!凛々しいわ!」


「ありがとうございます」


「だまらっしゃい!」


最近やたらと仲良くなっている妻と姪に、アルデンヌ男爵はふたたび赤くなって怒鳴った。


「シモーヌ!お前はわかっているのか!?男爵位をうばわれようとしているのだぞっ!そんなことになれば、我々はどうなるっ!」


「あら、私は実家が太いのでだいじょうぶですわ」


「シモーヌ!?」


「あなたくらい養ってあげてよ?」


「い、いやだ!女ばかりのお前の家で召使いのようにこき使われるのは……!」


アルデンヌ男爵は体をふるわせた。どうやら男爵位にしがみつくのには相応の理由があるらしい。


「そ、それに!女一人で男爵位を名乗ったところでどうなる!?夫がいなければ、何の意味があろうか?」


女性が爵位を継ぐことは出来ても、権力までは行使することができないのが通例だった。


なぜなら、女性だから。


夫を迎え、子供を産むことこそが、この世界の女性の役割だった。


特に貴族の女性は、華やかな反面、男性無しでは生きられないようになっている。働くことも法律で禁止されているし。だから、マリーさんが主人公の小説には、世界の一部しか書かれていなかった。それがマリーさんに許された世界のすべてだったから……。


「結局、男がいなければ、女は何もできないんだ!」


「あら、うちはそうでもないわよ?」


「お前の家は特殊なんだ!完全にお義父様を尻にしいて、あやつり人形のように動かしてるじゃないかっ!」


どうやら例外はあるらしい。


「……マリー、お前一人でどうするというのだ?最良の縁を結んでやろうと思えばこそ、第一王子をむかえ入れたのではないか。本当に残念ながら、ダメになってしまったようだが……!だが、この親心、わかってはくれまいか?」


今度は泣き落としだった。


シモーヌは目をキラキラさせて思った。


ああ……、親心なんかこれっぽっちもないくせに!この瞬時に自分に酔える才能……!ふつうはバカバカしくてできないけれど、我が夫ながらやっぱりこの人は面白いわ~!


アルデンヌ男爵はさらに続ける。


「すべてはお前のためなんだ!わかってくれ!今度こそ良い縁に嫁げるようがんばるから!」


マリは真顔でさらりとこたえた。


「あ、わたしとりあえず結婚する気ないんで」


「はあ!?」


「だから、心配していただかなくて結構ですよ」


「い、いやいや!貴族の子女なら、すでに結婚適齢期!お前は社交界にもほとんど出ていないのだから、なおさらいそがなくては……!」


マリーを社交界にあまり出さなかったのは、多分にアルデンヌ男爵がケチったからと、余計な知識をえて男爵位を返せと要求されないためだったのだが。


「と、とにかく、私は反対だっ!結婚しないなんて反対だ!」


アルデンヌ男爵は急にガンコ親父みたいなことを言いだした。


「はあ。反対は勝手にしてくれればいいんですけど、男爵位は返してくださいね」


マリは平然と返す。手には文書を持っている。


「これ、男爵位を正式にわたしに返すための文書です。作ってきましたから、サインしてください」


「ふふっ!」


あまりの手回しの良さに、シモーヌはふき出してしまった。


アルデンヌ男爵がにらんだが、シモーヌは明後日の方向を見るだけで、ちっともへこたれる様子を見せない。


「ぐ、ぐぬぬ!」


アルデンヌ男爵は青筋を立てて、怒鳴り散らした。


「反対だっ!男爵位をわたすのも、お前が結婚しないのも反対だっ!ゆるっさーん!!大反対だっーーーー!!!」


まるで駄々っ子のようにわめき続ける。


大人がこうなると始末に負えないものである。子どもよりも数段めんどくさい。


場が白け、なんかもう今日はこの辺で……という雰囲気になってしまう。


駄々をこねる大人は、それを無意識にでもわかっててやるのである。


アルデンヌ男爵も当然わかっていた。なんとか引きのばし、なんらかの策を考えようと思っていた。


だが、そううまくは行かなかった。




「いい大人が恥ずかしいですよ」


涼やかだが、チャラくもある声が聞こえてきた。


「だれだっ!……え!?だ、第二王子、ラファエル様っ……!?」


颯爽とラファが現れたのだった。ふしぎなことに、白けた場が一気に華やいだものに変わる。


「な、なぜここにっ!?」


ラファは問われ、ちらりとマリを見た。


マリは相変わらずの無表情だったが、まっすぐにラファのことを見つめている。


ラファは思わず鼻で笑った。


「……マリー・アルデンヌ嬢が正式に男爵位をお継ぎになると聞き、かけつけました」


「い、いやいや!なにかのまちがいでしょう……!女一人の身でなにができようか、今言葉を尽くして教えていたところでございます……!」


「たしかに女性一人では、きびしい世の中。親代わりの身にあっては、ひな鳥を寒空に放つがごとき心労でしょう」


「おお……!お察しいたみ入ります……!」


「ですので、ファルシオン王国が第二王子、ラファエル・ファルシオンがうしろ盾となって、マリー様を見守りましょう!」


「……はあ!?」


「おや?私では、何かご不満でも?」


「い、いえ、そのようなことは……!」


「では決まりですね!心配ご無用!マリー様は立派な男爵となることでしょう」


ラファはマリを見つめた。意外なほど温かなほほ笑みをうかべて。


「ファルシオン王国初の女性男爵、マリー・アルデンヌ男爵の誕生です!」


ラファは速やかに宣言したのだった。

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