第15話 リュカはものすごくうれしかった

リュカは朝から気分が良かった。


昨晩、第一王子と第二王子をやっつけられたからだ。


マリの指示通りほとんど見守っていただけだったけれど、結果良ければすべて良し!


自分がどんな成果を上げたかよりも、マリが幸せになるのなら何でも良い。リュカは早くも従者の鏡であった。


……まあ、これで変なやつらがマリ様のまわりをウロチョロしなくなるからうれしいっていうのもあるけど。


第二王子は、やたらと夜に来るし、何度そのノド笛に食らいついてやろうかと思ったことか……!第一王子もマリ様に『待って』と言われなきゃ昨夜……!いや、むしろいっそのこと……!


「うわっ!」


ほの暗いオーラを出していると、ベルに頭をベロンとなめられた。


「なんだよ~」


「おん」


ベルが生温かい目で見つめてくる。どうやらあまり邪なことを考えないようにという注意だったらしい。どう察知するのか、ベルはたまに口うるさい姉のようになる。自分はすごく自由なくせに!


この前だって、マリ様までびしょびしょにして……。


だが、そのおかげで一緒にラッコになれたのだった。


手をつないで、ぷかぷかういて……、最高だったな~!


リュカはもう何度思い出したかしれないシーンを思い出した。




「マリ様をひとりぼっちにしません」


リュカは真昼の半月に誓った。


「ぼくがマリ様を守ります」


「……もしかして、リュカくん夜とか見回る気満々だったりします?」


「えっ!?な、なんでわかったんですか?」


「ダメですよ。リュカくんの健康に悪いです」


「い、いやいや、へっちゃらですよ!ぼくは夜に散歩もしますし、そんなに寝ないで平気なんですっ!」


「でも、成長期ですし……」


「だけど、マリ様に何かあったらと思うと、心配で……」


リュカは怒られている子犬みたいに落ち込んだ。


「怒っているわけではないんですよ」


「はい……」


犬耳が出ていたら、確実にたれ耳になっていたことだろう。


「心配してくれるのはうれしいです。……そうですね。じゃあ、一緒に住んじゃいましょうか?」


「……はい、お願いします!」


「じゃあ、そうしましょう」


マリは相変わらずの平静な調子だった。




あの時すぐに答えた自分をほめてやりたいと、リュカは思う。


いつもの自分なら、ついウジウジ考えたりまごついたりしてしまいそうだけど、マリ様のまっすぐな青い瞳に見つめられると、こちらもまっすぐに言葉にできる……!なんだか受け止めてもらえそうというか……!


受け止めてもらった結果、リュカとベルは、実は玻璃の館の一室にすでに住んでいた。


リュカはベルの毛をワシャワシャ~!とかき回す。


すごい……!マリ様といっしょに暮らせてるなんて……!


「うう……?」


ベルは照れたリュカのナゾな行動に、めいわくそうな顔になる。




「で、でも、本当にいいんですか?」


「部屋もいっぱいあまってますし、だいじょうぶですよ」


「そういうことじゃないんですが……」


「それに正直に言えば、たしかにセキュリティ面は不安に思っていたんです。さすがに包丁ひとつですべてを切りぬけられるとは思えませんし……」


「包丁……?」


「ええ、実は昨夜、包丁でこの国の第二王子から身を守ったんです」


「え?」


「さらに言えば、第一王子にもねらわれています。この前、夜に会ったのは、第一王子から逃げていたからなんです」


「それは……」


本当に?という言葉をリュカは飲みこんだ。いくらマリが絶世の美少女でも、さすがにこの国の第一王子と第二王子からねらわれているというのは、常識的には考えづらいことだった。


だが、マリはいつもと変わらぬ真顔である。


その顔を見て、リュカは直感した。


……マリ様って、ウソつかないんだ。


リュカの体にビビビビビビッ!と電流が走った。


電流と同時に怒りもわき起こってきた。第一王子と第二王子に対しての怒りだった。


なぜ女の子に、ひどいことをしようと思えるのだろう?


そんな奴らがこの世にいることが単純に許せなかった。


「やっぱり、ぼく、がんばります」


リュカが手に力をこめると、マリもまた手に力をこめた。


「よろしくお願いします。きっと近いうちに動きがありますから」


「はい!」




果たしてマリの言った通り、すぐに動きがあった。


第二王子はムダ話をしにやたらと来て、第一王子は手紙を送ってきた。


第一王子の手紙にはあまいにおいのする香水がふりかけてあり、それをベルとリュカはかいいで覚えた。これで第一王子が玻璃の館に近づいてきたらすぐに分かる。


寝室の床板もマリと一緒にはがした。


「ぼくとベルならかんたんに取り押さえられると思いますよ?」


「なるべく、リュカくんとベルさんの姿を見せたくないんです」


マリは計画をすべて教えてくれていた。


そのなかでリュカが反対したのは、マリが髪を切ることだけだった。


「え~!もったいないですよ!」


「たしかにマリーさんには申し訳ないんですが、このくらいはしないとあきらめてくれないと思うんです。思いこみ強そうですし」


「なんでマリ様がそこまでしてあげなきゃいけないんですか……」


「たしかにその通りなんですけどね」


マリが苦笑する。


「……それに、それでもあきらめなかったらどうするんですか?」


「そうですねえ……。その場合は、いっしょにどこか遠くへ逃げちゃいましょうか?」


「はい!マリ様について行きます!」




「でへへ」


リュカはマリに言われたことを思い出してニヤけている。ものすごくうれしかったのだ。


「おはよう、リュカくん」


「うわあ!」


うしろから突然声をかけられて、リュカは飛び上がった。


「お、おはようございます……!マリ様」


「今日も朝から元気ですね。ベルさんもおはようございます」


マリはベルの眉間のあたりをさわった。ベルは目をトロンとさせる。


「あ、あれ?今日はどこかへお出かけで?」


マリはいつもとはちがい、貴族令嬢らしい服装をしている。いつもの着やすいエプロンドレスとはちがった。リュカはついドキドキしてしまう。


「ええ、例の件です」


「あ……!」


リュカはついドキドキしっぱなしで忘れていたが、マリにはこれから計画の総仕上げがあるのを思い出した。


マリはなんでも無いことのように言った。


「それでは、ちょっと男爵になって来ますね」

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