第14話 マリ、取り引きをする

「……殺さないのか?」


ラファがたずねると、マリは鈴のような声で答えた。


「殺しません」


「……そうか。まあ、そりゃそうか」


いくらなんでも第二王子を自分の住まいで殺したとあっては、どんな言い逃れも通用しまい。処刑まっしぐらだ。


「……殺してほしいんですか?」


ラファのガッカリした様子に、マリはふしぎそうに聞いた。


「え?いや、うーん……、わからん」


「そうですか」


「で、わざわざ穴まで用意して俺をはめたんだ。なんか用件があるんじゃないの?」


その通りだった。


第一王子を玄関で追い返し、第二王子を落とし穴にはめる。乱暴にいえば、そういう計画をマリは立てていた。


あるひとつの目的のために。


その目的を、マリはラファに話した。


「……それはまあ、できないことはないが、えー……」


ラファはあまり気乗りしないようだった。


「毒を食らわば皿までですよ」


「かんたんに言ってくれるなあ……。まあ、いいよ。交換条件というわけだな。約束しよう。断ることなどできない立場だしね」


ラファは落とし穴にはまったまま笑う。


「さて、そろそろうでが限界だ。落ちるまえに引き上げてくれないか?」


「落ちてもだいじょうぶですよ。ただ一階に落ちるだけです」


「見えもしないところに落ちるのが怖いんだよ。もしかしたら、地獄に落ちるかもしれないだろ?」


「はあ」


「だいじょうぶだよ。ここから逆転をねらうほど意地きたなくないから。だから、手を貸してくれ」


マリはしかたなく手を貸そうとしゃがんだ。


「許さない……!」


その時、開け放たれたままだった窓から風がふき、聞いたこともない女の声がした。ひび割れた、いかにもうらみのこもったような声だった。


「うっ……!」


マリが苦しげにうめく。


なに……?体に何かがまき付いて……?


マリの体を見えない何かがしばり上げていた。


「やめろっ!ユーユエ!」


「マリ様!」


ラファがさけぶのと、獣人となったリュカが、マリの影から飛び出してくるのは同時だった。


「なっ!?獣人っ!?」


ラファのおどろきをよそに、リュカはマリの体にまきついた見えない何かを、そのするどい爪で切りさこうとする。


だがその直前で、マリをしばり上げていた何者かの力はゆるみ、リュカの爪は空を切った。


「マリ様!おケガは!?」


「だいじょうぶです。すこし、しめられただけ」


一見おそろしげな獣人の姿になっても、リュカはリュカだった。


「良かったあ~~~!」


心の底から安心したようで、こうなると獣人というよりふわふわの着ぐるみを着ているだけのようにも思える。ゆるキャラだ。


初めて見るけど、これはこれで……。


マリの手が知らず知らずのうちにのびていく。ついさわりたくなってしまうふわふわだ。


「まさか獣人と契約までしているとはね」


窓の方からラファの声がした。


いつの間にやら床からぬけ出したようだった。横には、どこから現れたのか、黒髪の美女が寄りそっている。くっきりとしたツリ目で、マリをにらみつけていた。


中華風美女という感じ。服もそんなだし。この世界にはそういう文明もある?ユーユエって名前?


マリはいろいろ考えるが、声には出さない。


ユーユエがなにやらラファの耳元にささやいた。


「……どうやらさらにおっかないかくし玉もいるそうだね。興味は尽きないが、今日のところはつかれたから帰らせてもらうよ」


ユーユエが窓の外に手をかざすと、大きな黒い炎が現れた。ユーユエとラファがそこに飛びこむと、黒い炎は消えてしまった。


「追いますか?ベルなら可能だと思います」


リュカが月明かりにふれると、今度はそこからベルが現れた。


リュカはマリの影のなかで、ベルは月明かりのなかに身をかくして、マリを見守っていたのだった。


「……ううん。たしかに今日はつかれましたね」


マリは何事もなかったかのようにほほ笑む。


「ありがとう。リュカくん、ベルさん。ご飯にしましょう」


ようやく静かになった玻璃の館を、満月が照らしていた。




王都にあるラファの部屋で、黒いロウソクの火がゆれて消える。


すると、ラファとユーユエがいきなり現れていた。


「なんで来たんだ?今夜は俺の代わりを命じていたはずだが……」


「……ごめんなさい」


ユーユエはさっきマリに向けていた強気な顔とは、ちがう顔を見せた。


「……ラファ、怒ってる?」


「……怒っちゃいないさ。助かった」


ユーユエはその言葉を聞いて、安心したような表情を見せる。


「良かった……」


子どものような表情で、ラファに抱きつく。


ラファはただ黙って、銀色に光る満月を見上げていた。

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