第13話 マリ、新月の王子を見下ろす

ラファは拍手でもって、マリを出むかえた。


「聞かせてもらったよ。いやいや、大したものだ。三度までもガブリエルを追い返すとは」


「はあ」


「それにしても思い切ったものだね。まさか髪を切ってしまうなんて」


マリがにぎったままの銀髪を見て、ラファは言った。


「……」


「今夜はつかれただろう。たまたま立ち寄ってみたが、今日のところは帰るとするよ。それにしても、いいものが見れた」


ラファはかんらかんらと笑い、窓べりに足をかける。


「……ウソですよね?」


マリが聞いた。


「……なんのことだい?」


ラファが聞き返した。口元には変わらずうすい笑み。しかし、紫色の瞳は見たものをこおりつかせるほどに冷たかった。


「ラファエルさんは、今日たまたま立ち寄ったわけではない、ということです」


マリが変わらぬ真顔で言うと、ラファは窓べりから足をおろした。


「続けて」


マリはベッドに移動して、腰かける。ラグマットをはさんで、マリとラファはいつもどおり向かい合った。


マリは片手に切り落とした銀髪。もう片方の手に肉切り包丁をにぎっている。


「ラファエルさんが雑談しに来ていた目的は、ガブリエルさんをおびき出すためだった。ちがいますか?」


「なんのために?」


「第一王子であるガブリエルさんを暗殺するため」


「暗殺してないじゃないか。ハハッ、まさか今日のファッションからあらぬ想像をしてしまったのかな?真っ黒だからね。ちょっとシックにし過ぎたかな?本当に暗殺するつもりなら、こんなところにいないで今すぐにでも追いかけてるよ」


「それもウソです。現在の状況だと、暗殺リスクが増した。だから、暗殺を取りやめた。それだけ」


ラファは口のはしをゆがませる。


「いくらふたりきりとはいえ、それ以上いい加減なことは口にしないほうがいい」


ラファは忠告した。


しかし、マリはいつもと変わらぬ調子で続ける。


「わたしごと殺すつもりでしたね?わたしがガブリエルさんを殺したと見せかけるつもりだった。そういう計画だったのでしょう?」


「……」


ラファは首をヤレヤレとふり、ため息をついた。芝居がかった仕草だったが、堂に入っている。


「ひどいじゃないか」


ラファは初めてと言っていいくらい、やさしげにほほ笑んだ。


「きれいなまま殺してあげるつもりだったのに」


「お気づかい結構です。きれいなまま生きますから」


「ハハッ!」


ラファは心から楽しそうに笑った。


「いやいや、きみと話すのは実際楽しかったよ。あまり世間のことは知らないようだが、よく頭は回るし、理解力もある。まったく、女性に教育を与えないのは、男が権力をうばわれるのをおそれているからだな。俺が王になったら、教育の機会を平等にするつもりだよ」


「はあ、そうですか」


「……しかし、一体なぜこんな真似をしたんだい?気づかないふりをしていれば良かったのに。ひろった命をすぐにすてることはないだろう?」


ラファは手のひらを上に向けてひろげ、マリの命を転がして見せるようにしなやかに閉じた。王族らしい、傲慢で優雅な仕草だった。


「わたしを殺すんですか?」


青い瞳をまっすぐに向けて、マリは問う。


ラファはなにを今さらと言いたげに、苦笑する。


「当たり前じゃないか。考えてもみてくれ。きみはもう勘づいてしまった。なら、殺す方向でなるべく建設的に考えることが重要じゃないか?」


「はあ」


「つまりこういうことさ。さっきの一件で、ガブリエルは、俺ときみがデキていると確信してしまった。あれでも第一王子で、俺より権力は上だ。今後どんな嫌がらせをされるかわからない」


「……まあ、アレはたしかに予想外でしたね」


「そうだろう?そこでだ。今夜きみが死ぬことによって、問題を解決させてもらう。きみが死ねば、俺へ向いた敵意も行き場を失うだろう。さらに言えば、ガブリエルがきみを殺したことになるだろうな。まあ、もみ消されるだろうが……。それでも傷はつく。奴の評判はガタ落ちだ。好意を持った相手にフラレたからといって殺すなんて、王家の恥さらしもいいとこだからな。ま、きみには悪いと思っているが……」


ラファは、マリがじっと見つめていることに気づいた。


まるでいつもの雑談と変わらぬ様子。マリは、自分が殺されるというのに、ただ静かに聞いている。


(気に食わないな……)とラファは内心思った。


今から殺されるというのに、なぜこんなにいつもと変わらないんだ?いくら変わった女だとはいえ、異常じゃないか?それに、この瞳……。まるですべてを見透かしたような……。


「どうかしましたか?」


不意に問われ、ラファはさらに内心をのぞかれた気分になった。すきとおった青い瞳に月光がきらめく。


「……いや、なにも。きみといるとつい話し過ぎてしまう」


どうする?本当に俺のものにして、ガブリエルのスパイにでも使えないか?……なにをバカなことを考えている!?ここで殺すのがもっともリスクの少ない合理的な判断だろうに……!


ラファは首をふる。


「……終わりにするよ」


ラファは黒いローブをはためかせると、一瞬で肉切り包丁を手にしていた。マリがいつも持っているものと同じナタのような形のものだ。


ラグマットをふみにじり、ラファはマリに一歩近づく。





「なるべく苦しませずに殺るつもりだ」


ラファがそう宣言しても、マリはすこしも動こうとしなかった。責める風でもなく、ただじっとラファを見つめている。


ラファは二歩目をふみ出した。ラファはしなやかな黒ヒョウのようだった。ガブリエルとはちがい、見せかけの筋肉ではない。


わずかにマリの表情が動いた。


なんだ……。やはり、恐怖を感じているんじゃないか。


ラファは安心するとともにガッカリするのを感じた。


まあ、必死でかくすだけでも大したものだ……。やはり、苦しませずに殺してやろう。


ラファの心からためらいが消えた。


その瞬間、マリが動いた。


手ににぎったままだった銀髪を投げつけたのだ。もう片方の手ににぎっている包丁ではなく。


ラファは向かってくる銀髪をわけもなくかわす。よける必要すらなかったが、反射的に動いていた。銀髪はそもそもラファにまっすぐ向かって来なかった。ラファの左半身をかすめるように飛んできていた。


ラファはただ右に一歩ズレればよかった。


「なっ!?」


ラファは声を上げておどろいた。足元のラグマットに、自身の体が吸われていったのだ。


「ぐっ、おっ!?」


ラファは辛うじて、ラグマットの下に空いた穴に落ちるのを防いでいた。床に手をつっぱり、底なし沼のようにしずんでいくのを食い止めている。


穴のふちが胸のあたりにまで来た時、目の前にいつの間にかマリが立っているのに気づいた。ラファを見下ろしているのが、見上げずとも気配でわかった。


ラファは取り落としていた自前の包丁をつかもうとする。しかし、マリの足が、包丁をすばやくけり飛ばした。


「……ハッ!」


ラファは絶体絶命の状態にあるにもかかわらず、笑ってしまった。己のマヌケな状態もさることながら、おとなしい令嬢めいたマリが肉切り包丁をけり飛ばす仕草に、妙な爽快感を覚えたのだった。


いや、それどころか、自分こそが手のひらで転がされていたのだと直感し、腹の底から笑いたい気分になる。


『まあ、アレはたしかに予想外でしたね』とこの女は言った!


ということは、これは予想内の出来事だということか……!?ベッドにいつもどおり座ったのも、髪を投げたのも、しかけた穴に俺を落とすため……!?


ラファは、マリを見上げた。


今、この場で俺の命をにぎっているのは、この小娘だというのか……!


ショートヘアになった銀髪からは月そのもののような光りを放ち、青い目はラファを無表情に見下ろしている。


白い小さな手ににぎられた肉切り包丁が、にぶく光っている。


マリは、まるで冷たい月の女神のように美しかった。

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