第12話 マリ、太陽の王子をバッサリ切る
それから毎日リュカはマリの面倒を見てくれた。
マリもリュカから教わりつつ、家事をすこしずつ学んでいった。
夜になると、三日に一度は第二王子のラファエル・ファルシオンがやって来て、ムダ話をしては帰って行く。
「……」
「この前の約束通り、きみには必要以上近寄らないし、下心もゼロだ。だから、無言で包丁を突きつけるのはやめてくれないか?」
まさか本当に包丁でどうにかするわけにもいかないので、マリは話に付き合った。ラファは約束通り、ラグ一枚分はなれている。
ラファは近くにある自分の領地のこと、最近できたおいしいお店、社交界でのこと、王国の歴史、仕事のグチなどを話した。まさに雑談。
マリはあやしまれないよう聞き役にまわっていたが、この世界のことを知るのには、またとない機会だった。
この世界を知るために、リュカとシモーヌからは本を借りている。リュカの本は実用書と騎士道物語が多く、シモーヌの本は恋愛小説が多かった。世の中のことをもっと知りたいからと、公的書類を持ってきてもらったりもした。
それを見て、マリは(やっぱり……)と声を出さずにつぶやく。
そんな時、第一王子、ガブリエル・ファルシオンから手紙が届いた。
なにやら下手なポエムが書いてあった。
〈定めし心 定めし魂 逆らうのは乙女ゆえか 悪女ゆえか 確かめしは運命の君〉
内容としては『運命に逆らうのは乙女ゆえか、悪女ゆえか、確かめるのは運命の相手である俺様の役目だ』ということのようだ。
マリは思わずため息をつく。
しかたがない……。
手紙はすてずに取っておいた。さすがは王族、使っている紙は最上級のもので、あまいにおいのする香水までふりかけてある。ガブリエルのにおいだ。
マリは返事をしたためた。
下手なポエムには、下手なポエムで……。
〈望月の 夜の光に みちびかれ 迷わずたずね 玻璃の館へ〉
望月、つまり満月の夜だった。
玻璃の館の前に、真っ黒な馬車が止まる。馬まで真っ黒で、馬をあやつる使用人は黒いずきんをかぶり、顔をかくしていた。
これではお忍び用の馬車ですと宣伝しているようなものだ。
その馬車から出てきたのは、これまた黒のローブで身を包み、フードで顔をかくした男。しかも、そのローブは今日のためにあつらえたようによごれ一つなく、金でふち取りされた最上級の代物で、男がとてつもない財の持ち主であることを示していた。
男はどんなときも目立たずにはいられない性分の持ち主だった。自分はまわりからあがめられて当然の人間だと考えていたから。
それがガブリエル・ファルシオン第一王子という男だった。
ガブリエルは勝手に門のとびらを開き、庭園を横切り、当たり前のように無断で家のとびらを開け、玻璃の館のなかへと入る。
彼の辞書に断りを入れるという言葉はない。断られることなどあるわけがなかったし、自分は常に許可を出すか出さないかを決める側だ。
それが王だとガブリエルは思っている。
「おお!これはこれは、わざわざの出むかえご苦労!」
ガブリエルが紫色の目を細めて見つめる先には、黒いナイトドレス姿のマリーがいた。
玄関ホールに立っている彼女は、満月の光に照らされて、まるでこの世のものではない美しさを放っている。
彼女なりの決意の現れだろうか、髪をうしろで束ねているから、顔がよく見える。
初恋の相手とそっくりだった。国中の男が恋したというあの……。
そう、俺が幼かったがゆえに手に入らなかった、ただひとりの女……。
「いえ、わざわざお越しいただきまして、ありがとうございます」
マリーは相も変わらぬ真顔であった。
くく……こんなに思い通りにいかない女はお前が初めてだ。だが、そこが良い!すぐに手に入るものなどつまらぬ!
「いや、このような趣向もまた楽しいものだ。人目を忍んでこそ咲く秘めし花というものもあろう」
やはり女は気高いのにかぎる。
「はあ」
プライドの高い女がだんだんとただの女であることを自覚し、すがりつき、俺なしでは生きられなくなる……!そうやって正しき道へみちびいてやるのが俺の生き甲斐よ……!どうせ女はそう生きるしかないのだからな!
ガブリエルはこれから起こることに興奮し、うっとりとして言う。
「あなたの招きの通り、満月の光にみちびかれて一心にたずねてきました。どうかこの光の消えぬうちに、行きちがってしまった互いの糸を解きほぐしましょ……う……?」
その時、満月の光をわずかにさえぎっていた雲が動いて、マリーの全身を照らした。
「そ、それは……!?」
ガブリエルはおどろきに目を見開く。
それまで影になっていたマリーの右手に、包丁がにぎられているのが見えた。月光をはじいて、にぶい光を放っている。
マリーは表情をすこしも動かさず、真顔のままだ。
無機質な表情に、ガブリエルは瞬間的に恐怖を感じる。
「ちょうどいい刃物がほかになかったもので」
ちょ、ちょうどいいって何だ!?何にちょうどいいんだ!?
ガブリエルは大きな体をしているものの、それはモテるために作られた体であって、一度も実戦経験はなかった。あと、本質的にビビりだ。以前にけられた急所がちぢみ上がり、するどいいたみが走る。
「ま、ままま、待ちたまえ!早まるな!」
すぐうしろのとびらを開けて、外へ逃げ出せばいいのだが、混乱する頭、ふるえるヒザがそれを許さない。凶悪な肉切り包丁を持つ相手に背を向ける度胸もなかった。
マリーが一歩近づく。青い瞳は冷たく光っている。
「ひっ」
のどの奥から声がもれた。聞いたことのない自分の声だ。
マリーが肉切り包丁をふり上げる。その重みを重力のままふり下ろせば、たとえマリーの細うででも、ガブリエルの奥深くまでかんたんにめりこむだろう。その予感がガブリエルをこおりつかせた。
お、俺は、招かれたのではない、まんまとおびき寄せられたんだ……!
ガブリエルは悟り、目を固く閉じるだけで精一杯だった。
「……ごめんなさい」
マリーの決然とした声が耳に届き、ぶちぶちぶちと不快な、切断される音がひびいた。
「……ごめんなさい」
マリーさん……。
マリは、心中でマリーにあやまる。
手に持った包丁を頭のうしろにやると、ポニーテールに束ねた髪に当てた。
そして、後頭部を傷つけないように注意深く、一気に長く美しい銀髪を断ち切った。
銀髪が花火のようにはね広がり、マリはショートカットになった。
銀糸と呼ばれた美しい長髪は、今やマリの手ににぎられている。
ガブリエルはいつの間にかへたりこんでいた。おそるおそる目を開けたガブリエルは、目を見開きおどろいた。
「い、一体何を……?」
ショートカットになったマリは真顔で言う。
「何年もの想いがつもった髪を断ち切りました。わたしとあなたの運命の糸も断ち切られたことでしょう」
マリにそう言われて、ガブリエルは予想以上にショックを受けた顔をした。
言葉にして拒否した時よりも、その深度は深く、より拒絶していることが伝わったようだった。ガブリエルは言葉を失っている。
マリがこれまでにこの世界で読んだ本によると、この世界では、女性の髪には魔力が宿ると信じられているらしく、ほとんどの女性はロングヘアにする慣習があった。
愛しい人のことを想い、髪をのばし、いつか手櫛を入れてもらうことこそがロマンスの最高潮らしい。逆に断髪をするということは、それだけ重い意味を持つ。
恋愛小説と騎士道物語に書かれていたことだったから半信半疑だったけれど……。
ガブリエルの様子を見るに、効果は十分だったようだ。
テレビやネットがない分、ある面では純心なのかも?
「……ラファエルか?」
「は?」
「ラファエルがここへよく通っているというウワサで宮中は持ち切りだ。“銀糸の月姫”は、“太陽の王子”よりも“新月の王子”にひかれているとな!」
「……は?」
太陽の王子とか新月の王子ってなに?おそらく文脈から言って、太陽の王子がガブリエルで、新月の王子はラファエルなんだろうけど……。
とまどっていると、ガブリエルはそんなマリの様子を見て勘ちがいしたようだった。
「やはり……!やはりか……!」
ガブリエルは暗い目でなにやらひとり合点する。
「産まれる前からの約束をやぶり、なおかつ憎き弟を選んでまで、この俺に恥をかかせようとは……!」
ガブリエルはふるえるヒザで無理やり立ち上がった。
立ち上がるとわかるが、やはり大きな体をした男だ。包丁ひとつでは、とてもマリひとりでまともに立ち向かえる相手ではない。
「待って」
マリがストップをかける。
「女の分際で……!」
ガブリエルの影に、マリの小さな体がかくれる。
「この……悪女めっ!」
しかし、ガブリエルは目に涙をため、すてゼリフをはくと、乱暴にとびらを開けて玻璃の館から出ていったのだった。
続いて、馬車の走り去っていく音が夜にひびく。
マリはうつむいて小さくため息をついた。
それから自分の影に向かってうなずくと、二階にいそいで上がって、寝室へと向かった。
寝室の窓は開いている。カーテンがゆれていた。
窓際には、うすっぺらい笑顔を向けるラファエル・ファルシオン第二王子。
いつもとはちがう、闇に溶けるような全身黒い服を着ていた。
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