第10話 マリ、リュカに告白される

「マリー様、好きです……!ぼくは、マリー様のことが大好きだから、マリー様のためならなんでもしたくなっちゃうんだと思います……!」


あまりにストレートな告白だった。リュカの顔は真っ赤で、マリの顔もまともに見られない様子だ。


「……」


マリは無言だった。おどろいていた。


たしかにちょっとは好かれているのかな、と思っていたけれど……。


まさかここで告白されるとは思わなかった。


思わずマリも顔が熱くなるのを感じる。足湯のせいばかりではない。


けれど、この告白はマリーさんに向けられているもの……。一体どう答えたら……?


マリが答えられずにいると、リュカはあわてて言う。


「あっ!ちがいますっ!この大好きは、付き合って欲しいとか、そういうんじゃないんですっ!ほらっ、そもそも身分もちがいますしっ!」


「はあ……」


「えっと、なんていうか……!そうっ!犬的な意味の好きですっ!飼ってほしいんですっ!」


「……リュカくん。さすがに年下の少年を飼うのはちょっと」


たしかに貴族の女性ならそういう趣味の人たちもいるだろうが、十五歳でその趣味は早すぎる。悪女でもあるまいし。


「あ、ああー!ちがうんです!ちがうんです!」


「いえ、リュカくん、安心してください。わたしはあなたの趣味を否定しているわけではないのです。人にはだれしも私的な心的空間があって当然です。ただ、わたしはそれを共有できないというだけで、きっと世の中にはあなたを受けいれてくれる人が……」


「ちがうんですってばー!趣味ってなぁんですかー!?」


リュカはもう大あわてだった。どうやらちゃんと話を聞く必要がありそうだ。


お世話になっているリュカくんのため。たとえどんなに闇深いものが出てきたとしても、ちゃんと聞こう……!


マリは覚悟を決めて、静かにうなずく。


リュカはそれに気づいて、ひとまず深呼吸をしてから話し始めた。


「えっと、順をおって話しますと、ぼくは森の番人の一族です。森の番人の一族は森の主と契約できます。それはなぜかというと、彼らと同じ魔狼の血が流れているからです。実は、ぼくとベルは同じ一族なんです」


魔狼の一族である巨大犬ベルは、温泉に首まで入り、ぬくぬくしていた。温泉好きのようだ。


「つまりは、ぼくは獣人なんです!」


リュカが真剣な顔で言う。


「はあ」


「ああっ!信じてないですね!?」


「信じてないというわけではないのですが……その、なんだか急すぎて」


「そうですね!わかります!わかりますよ!ぼくもマリー様の立場だったら、とまどうと思います!」


リュカは空を見上げた。


「今は、真昼の月で、しかも半月ですが……!」


風が走る。森全体がふるえているかのようだった。


「証拠をお見せします……!」


リュカの体が見る見る変化していく。


歯をむき出しにし、犬歯がのび、頭からは耳が生え、お尻からはしっぽが生えて、ズボンから飛び出した。


「……いかがですか?信じていただけましたか?」


リュカが不安げに聞いてくる。


「……かわいい」


「えっ!?」


「かわいいです。リュカくん」


リュカの犬歯はのびたが、八重歯になったくらいだった。頭から生えた耳は丸い。しっぽはふさふさで、思わずにぎってみたくなる代物だ。


はっきり言って、獣人のコスプレをしている超かわいい男の子という感じだった。


リュカはガックリとヒザをついて突っ伏した。


「ああっ!真昼の月じゃダメか~、半月だし……!うう、なでないで~、マリー様~!」


リュカのしっぽは言葉とは裏腹にブンブンふられている。


「まあまあ、落ち着いて。リュカくんもこちらに座って足湯に入りましょう」


「はい……」


「すなおですねえ、リュカくんは。よしよし」


マリはここぞとばかりに、となりに座ったリュカの頭をなで、耳をなで、しっぽもさわった。


……クセになりそう。


「あのぅ、信じてはいただけましたか……?」


「え?あ、うん。信じましたよ。リュカくんは獣人」


「よかったです!」


リュカは純真な笑みを向けてくる。


……罪悪感。


リュカのしっぽがパタパタ動いていたが、マリはここは我慢した


「それで、リュカくんが獣人であることと、その、飼うことはどう結びついてくるんですか?」


「はい。飼うという言い方もちょっと正しくなかったです。ごめんなさい!えっと、正しくは主従契約を結ぶということなんです」


「リュカくんは、もうアルデンヌ家に仕えてるんじゃ?」


「はい。たしかに世の中的にはそうなんですが、この場合の主従契約というのは、自分にとっての真の主を決めるものなんです。子どものうちなら大丈夫なんですが、大人になるまでに見つけないと、ぼくたち森の番人の一族は消えてしまいます」


思った以上に深刻な話のようだった。


「ぼくたちは、神話の世界の住人のようなものだそうです。父が言っていました。主従契約をすることで、ぼくたちはこの世界につなぎ止められるって。だから、真の主を見つけなければいけないって」


獣人という存在は、この世界でも神話級にありえないものらしい。この世界に存在し続けるためには、真の主というつなぎとめるための存在が必要なようだ。


「なるほど……。事情はわかりました。いくつか質問してもいいですか?」


「はい!もちろん!」


「子どものうちなら大丈夫なんですか?」


「はい。なんでも、子どもはもともと半分神様みたいなものだから、契約しないでも大丈夫だそうです」


七つまでは神のうち、という言葉を聞いたことがあるけれど、そういうこと?


「子どもって、何歳までなんでしょう?」


「明確には決まってないみたいです。ただ、その……」


リュカは言いにくそうにモジモジした。


「ああ、なんとなくわかりましたから、言わなくていいですよ」


マリは察した。おそらく性に関することだろう。明確な年齢が決まっていないのも個人差があるためだと考えられる。


「はい……」


リュカはちょっとホッとしたようだった。


「ですが、これは重要なことなので答えてほしいのですが、獣人というのは、人間に比べて早いんでしょうか?」


「早い……?」


「ええ、性の目覚めというか……」


「えっ!?あの……!それは……!?」


「重要なことなので……」


「えーと、はい……!そんなに変わらないとは思います……。だいたいそれは十二歳から十四歳くらい、だそうです……!」


リュカは汗をダラダラ流し、クラクラしながらもがんばって答えた。重要なことだと、他ならぬマリーに言われたから。


「リュカくんは何歳ですか?」


「ぼ、ぼくは、まだ十歳ですっ……!」


「なるほど、それではまだ二年ほどはだいじょうぶそうですね……」


冷静にいうマリ。


比べて、リュカはもう半べそ状態だった。恥ずかしい。いくら真の主と見定めた人とはいえ、早速こんなにすべてを知られてしまっていいのだろうか。


「真の主というのは、かんたんに見つかるものなんですか?」


「えっ!?いえいえ、そんなことはありません!ぼくはマリー様だけにしかビビッ!と来ません!」


「ビビッ?」


「はい!父が言っていたんです。真の主を見つけると、ビビッ!って来るって!そんなことがあるのかな?と思ってたんですが、マリー様を一目見た時、本当にビビッ!と来たんですよ!そんな人は初めてでしたし、これまでもマリー様だけでした!」


「なるほど……」


マリはすこしの時間無言になり、沈思黙考した。


「……獣人であることや、真の主を探していることはみんなにはナイショにしてるんですよね?」


「あ、はい。その通りです。父にヒミツにしろと言われていたので」


人に知られれば、迫害されるか利用されるかということになる危険性は高いだろう。


「そうですか……」


それでも告白してくれた……。マリーさんに……。


リュカは不安そうにマリのことを見上げている。


「……」


マリは、リュカに対して誠実であるべきだと思った。


「あの……、ダメなら、そう言ってもらってだいじょうぶなんで……」


リュカは目に涙をためている。


マリはリュカの手をにぎった。リュカの瞳がゆれる。


リュカくんは、本当に温かい……。


「あの、返事を待ってもらうってできますか?」


「は、はい!もちろんです!」


「そうですか。よかったです」


今度は、マリの告白が始まった。


「わたし、リュカくんに話さなきゃいけないことがあります」

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