第2話 マリ、第一王子ガブリエルの求婚を拒否する
ガブリエルは首元をきつくしめていた第一ボタンをはずす。
甘い香水のにおいが開放されたように部屋のなかをただよう。
「おお、姫よ。今宵は起きているとは、私を待ち望んでいたということですね!」
ガブリエルは芝居がかった口調でマリに話しかけた。
(なるほど……。どうやらまだ冒頭)
マリは小説に書いてあった出来事を思い出していた。
マリーは第一王子ガブリエルに見初められ、なぜか夜にやって来て求婚されるが、最初の求婚ではずっと寝たふりをしてなんとかやりすごす。
だが、お世話になっているおじ夫婦から怒られ、寝たふりでやりすごすことができなくなる。
今夜マリーは、仕方なく求婚を受け入れるしかなくなる……。
(うーん、ギリギリの現場ですね)
マリは他人事のように思考した。
「ふふ、そう緊張するな。貴きものに求められるよろこびをただ受け入れればいい。これは運命なのだからな!」
ガブリエルはうすいくちびるをヘビのようになめる。
マリは本能的にゾワッとした。目が自然と見開かれ、毛穴が開くのを感じた。もちろん、好意的な反応ではない。生理的にムリという感じだった。
(どうやら他人事なんて言ってられないですね……)
今から自分事として災いがふりかかるのだと、マリは強く自覚した。
ガブリエルはさらに部屋のなかへとふみ入ってくる。じゅうたんの長い毛足がふみつぶされるのが目についた。
マリは後ずさった。
ガブリエルは追いつめるようにゆっくりとまた歩を進める。表情には余裕の笑み。まるで狩りを楽しんでいるかのようだった。
「待ってください」
マリは手をまえに出して、ガブリエルにストップをかける。
ガブリエルは止まった。
一応、言葉は通じるみたい。
マリはすこしホッとする。
「なんだ?」
しかし、すこしも待てができないようで、ガブリエルはイラ立っている。
マリは、はっきり言った。
「わたしは、あなたと結婚したくありません。あなたのことが好きじゃありません」
「はあ!?」
面と向かって女性からノーを突きつけられるのは、もしかして初めてのことだったのか、第一王子ガブリエルはこれ以上ないというほどのショック顔になった。
「帰ってくれませんか?」
「えっ……!?まじで……?」
「まじです」
マリは真顔で伝える。本気だと伝わったようで、ガブリエルは一瞬たじろいだ。
だが、すぐに立て直してくる。
「いや……それはできない!」
「どうしてですか?」
「この俺が二度も出向いているというのに、二度ともフラレたとあっては王家の名折れではないか!」
「それはそちらの都合ですよね?」
「い、いや、そうとも限らん!王家に恥をかかせたとあっては、アルデンヌ男爵の立場も危うくなろうというもの……!」
アルデンヌ男爵とは、マリーの面倒を見ているおじのことである。
父母を事故で亡くしたマリーを引き取り育ててくれてはいたが、出世の道具としか見ていない人であり、それは彼の妻も同じだった。
「ひいてはマリー、お前の立場も悪くなろう。なにせ俺の求婚をワガママにも断ろうというのだから、悪いウワサが立つだろうな……。世間知らずのお前にはわからぬことだろうが、なに、俺に任せておけば悪いようにはせん」
「つまり、おどしているんですね?」
求婚を断れば、王子の力を使って、悪いウワサをばらまくぞということだ。
ガブリエルは質問には答えず、邪悪な笑みをうかべる。
我が物となった果実をもごうとばかりに、マリの顔に手をのばした。
マリはそれをサッとかわす。
「お、おお……?」
ガブリエルはよけられて手が泳ぎ、「えっ?」という表情をうかべた。
好きじゃないと言ったし、帰ってほしいとも言った。わたしは努力した。
「はおっ!?」
それでもおどして、むりやり結婚しようというのだから、仕方がない。
ガブリエルは股間をおさえて、床にうずくまっていた。口のはしからアワが出ている。
マリはあわてずさわがず、毛布とベッドの下にあったクツをもって、部屋から飛び出した。
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