第37話 『百鬼組』

「ふん、ふん、ふーん♪」


 カエデがご機嫌そうに鼻歌を歌っている。


「楽しそうだね」

「はい! シン殿とお出かけですから!」

「そっか、ありがとう」

「えへへ」


 頭を撫でると、カエデはくすぐったそうに笑った。

 するとくい、と袖を引かれたのでそちらを見てみると、どこか拗ねたような表情のノクタリアがいた。


「どうしたの?」

「私も楽しい、のだけど……」

「そっか……ん? なんでそんな顔するの?」

「……いえ、あなたに期待するのが間違っていたわ」


 ノクタリアがジト目で見てくるので首を傾げると、そんなことを呟いた。


「あー……シンさんですからね」

「ね」


 ニアとリリィの二人が同情するようにノクタリアの肩を叩いている。

 なんなんだ本当に。

 今日は消耗品の購入のために、地上へと出てきていた。

 神殿の生活をしていると、そこそこの頻度で食事を買いに行かなければならない。

 まあ、一人一つアイテムボックスを持ってるので、そこそこ買いだめることができるうえに、氷室を作ってあるので保存できるから、それほど労力がかかるというわけではない。

 既に神殿の中では食物の栽培を始めているけど、まだ収穫できるほど時間は経っていない。


「それにしてもシーくん、なんでこんなスラムの方向に来てるの? 市場とはぜんぜん違う方角だよ?」


 リリィが僕の腕に抱きついて尋ねてくる。


「まずはちょっとした用事を済ませようと思ってるんだ」

「用事?」

「そうそう。実は……」

「あんた達、ちょっと待ちな!!!」


 僕がリリィに説明しようとした時、前方から声をかけられた。

 道の先には一人の女性と、十数人の男性が道を塞ぐようにして立っていた。

 僕らに声をかけてきた女性は、まるで昭和のヤンキーみたいな見た目だった。

 特攻服みたいな服を着て、胸にサラシを巻いており、手には身長と一緒くらいの金棒を携えていた。

 多分、服装や雰囲気からして先頭に立っている女性が集団のリーダーだろう。


「あ、あれは前にカエデの小刀を盗んだ……」


 僕はその集団の中に、先日カエデの小刀を盗んで僕らに捕まった男性二人が居るのを発見した。

 リリィが不機嫌そうな声で僕の前に出る。


「なにぃ? あたし、今シーくんと話してたんだけど? てかあんたら誰?」


 ギロリ、とリリィが睨みをきかせる。

 その獰猛な瞳は大の大人の男性と言えど気圧されたようで、全員一歩後ろへと下がった。


「あんた達しゃきっとしな! みっともない!」


 リーダーっぽい女性が一喝すると、全員背筋を伸ばした。


「あ、姉御、やっちゃってくだせぇ」

「頑張れ姉御!」


 仲間の声援を受けて、女性が前で出ると名乗りを上げた。


「あたいはスラムの西の方を仕切ってる、『百鬼組』の頭領のマリーってもんさ」

「マリーさんね。で、何の用かな」

「用もこうもあるかい! あんただろう! ウチのバカをボコボコにしたってのは!!!」


 マリーが僕を指差す。


「聞いてるよ! ウチのを捕まえて、無理やり金品を奪ったんだってね!」

「そ、そうだ姉御!」

「あいつと、そこの女が俺達の物を盗んだんだ!」


 カエデから物を盗んだ二人が僕とカエデを指差す。


「いや、先に盗んだはそっちの方なんだけど……」

「そんなもの、油断してたほうが悪いのさ! スラムではボヤボヤしてたせいで盗られたものは、そいつのもんになるのがルールなんだよ!」


 なんだその無茶苦茶なルール。


「それだと僕らも別に悪くなくない?」

「無理やり奪うのは話が別に決まってんだろ!!」

「えぇ……」

「そんな盗賊みたいなローカルルール、初めて聞いたのだけど……」

「無法地帯ここに極まれリですね……」


 ノクタリアとリリィも引いていた。

 しかし彼らはそうは思っていないのか、仲間たちが「そーだそーだ!」と僕へと野次を飛ばしてくる。

 僕らからすれば理解不能のルールだが、彼らは至極真面目に僕らを糾弾している。

 まじで真剣に言ってるみたいだ。


「とにかく、よくもウチにもんにこんな仕打ちをしてくれたね! あたいらもタダで引き下がっちゃメンツに関わるんでね……死なない程度には痛い目に会ってもらうよ」


 マリーが顎をくい、と僕らへと向ける。

 すると『百鬼組』のメンバーが僕らの方へと出てきた。


「どうやら、もう話し合いでは解決しないみたいでござるな……」

「喧嘩!? 喧嘩して良いの!?」


 リリィだけがノリノリで彼らの方へと歩いていく。


「はぁ、歩いてるだけで絡まれるとは……」


 僕はため息を付きながら彼らの方へと歩いていく。

 しかし僕の前に立ちはだかった人物がいた。

 マリーだ。


「待ちな!」


 マリーが親指で自分を指す。


「あんたの相手はこのあたいだよ! 大将同士、一対一だ!」


 マリーがそう言うと、百鬼組の面々が歓声を上げた。


「やっちゃえ姉御!」

「俺らの無念を晴らしてくれぇ!」

「姉御、かっこいい……!」


 ……僕は良いとも何も言ってないのに一騎打ちする流れになってるんだけど。


「大丈夫だよ、シーくん」


 声の方向を見ると、リリィが親指を立ててウインクしてきた。


「あいつらはあたし達がやっとくから」

「はい、どーんと任せてください!」

「初めての戦い、カエデ頑張ります!」


 なんとも頼もしい仲間たちだ。


「ありがとうみんな。あー……でもニアは今回は戦うの禁止で」

「なんでですか!?」


 ニアがショックを受けたように涙目になる。

 だってニアが戦うと大体地獄絵図が広がるし……。

 ただの喧嘩にしてはちょっと強すぎるので、ニアにはちょっと自重してもらうとしよう。


「今回はニアは見学ね。その代わりカエデ、よろしくね」

「はい! 鍛え上げた忍者殺法、お見せするでござる! ニン!」

「……ちゃんと峰打ちでね? 殺しちゃ駄目だからね?」

「はいでござる!」


 僕が念を押すとカエデは笑顔で頷いた。

 本当に分かってるのかなぁ……忍者殺法とか物騒なこと言ってたし不安なんだけど。

 僕ら側の作戦会議が終わると、マリーが声をかけてきた。


「話し合いは終わりかい?」

「ああ、待ってくれてありがと」

「ずいぶん余裕だね。人数差を分かってないのかい?」

「大丈夫だよ、僕の仲間、強いし」

「へえ、それじゃお手並み拝見と行こうか! ──あんた達、やっちまいな!!!」

「おうっ!」「ういっす!」「行ってきます姉御!!」「ヒャッハー!!!」


 マリーの合図とともに、百鬼組はそれぞれ個性的な掛け声を上げてノクタリアたちへと向かっていった。

 ノクタリアたちも剣を抜き、戦いが始まる。


「それじゃあ、あたいらの方も始めようか」

「いつでもかかって良いよ」


 僕はミスリルの剣を抜く。

 ミスリル特有の神聖さを帯びた白銀色の刀身が、太陽の光に照らされて輝く。

 するとマリーの表情が引きつった。


「あ、あんた。もしかしてそれミスリル……」

「ん? ああそうだよ」

「ふ、ふーん……そうかい。ミ、ミスリルかい。ま、まあ? ミスリルなんて全然怖くないけどね」

「めちゃくちゃ動揺してるけど?」

「ど、動揺なんてしてない!!」


 マリーはパンパン! と頬を叩く。


「要は勝ちゃいいのさ、勝ちゃあ! 勝ったらミスリルの剣を売って豪遊するんだ!!!」

「え、いつの間に僕の剣、決闘の賭けの代償になったの?」

「問答無用! 行くよ!!」


 マリーが金棒を持って僕へと走り出した。

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