第35話 パーティー加入:カエデ

「ないでござる……」

「ここで落としたのは間違いなんだよね」


 僕とカエデはその巾着を落としたという場所まで来て、虱潰しに探していた。

 しかし探し始めてから二時間経っても、カエデの巾着は全く見つけられなかった。


「ここらへんはスラムに近いし、もう持ち去られたかもしれないな……」

「そ、そんな……」


 僕がポロッと漏らした発言を聞いていたカエデがショックを受ける。


「ああ、ごめん。でも、誰かが持ち去った可能性は検討したほうが良い」

「はい……」

「そうだ、もう少しどういう状況で失くしたのかを教えてくれる?」

「えっと……二人のおじさんがカエデに道を尋ねてきて、その後巾着を失くしたことに気がついたのでござる……」

「ふーん……」


 僕は少し思案した後、ぱん、と手を叩く。


「今日はもう遅いから、探すのはまた明日にしよう。夜になるとここらへんは真っ暗になるし。流石に忍者といえど、真っ暗な中で探しものは出来ないでしょ?」

「むむ! いえ、頑張ればいけます! こう、目を見開いて探せばきっと……!」


 僕が挑発するようにそう言うと、カエデはムッとした表情になり、その大きな目を更に見開いた。


「それはそうと、今日はもう一旦宿に戻ったほうが良い。ここ数日宿無しだったんでしょ? すごく体力を使っただろうし、ここら辺でしっかり身体を休めて、体力を戻したほうが良いよ」

「はい……」

「明日の朝、またここで会おう。僕も一緒に手伝うよ」


 僕がしっかりとせっとくすると、カエデはしょんぼりしながら頷いた。

 大切なものが見つからなくてよほどショックなのだろう。


 カエデを見送り、その背中が見えなくなった後、僕はすっと笑みを崩し呟いた。


「……さてと、僕の方もやることをやっておきますか」

 僕はそう言いながらスラムの方向へと消えていったのだった。



***



 そして翌日、僕が待っていると待ち合わせどおりにカエデがやって来た。

 カエデは僕に気がつくと、笑顔になって手を振りながら駆け寄ってくる。


「シン殿ー!」

「おはよう。さっそくだけど、今日は探す場所を変えない? 落ちてそうな場所を見つけたんだ」

「本当でござるか!?」

「うん、ほんと」

「あ、案内してください! お願いするでござる!」

「了解、着いてきて」


 僕とカエデはスラムに入り、西の方へと移動してきた。


「カエデが落とした場所からはかなり離れてきましたが、本当にこんなところに落ちているのでござるか?」


 カエデは興味深そうにスラムを見渡しながら尋ねてくる。


「まあ期待しててよ。今日はきっと見つかるよ」

「はい! カエデ、頑張ります!」


 カエデは胸の前で両手を握りしめる。


「よし、ここだ。到着したよ」

「ここ……ですか? 見たところ、あまり落とし物などは落ちてなさそうですが……」


 カエデが辺りをきょろきょろと見渡したとき、向こう側から二人組の男が歩いてきた。

 その二人はいかにも悪党、といった見た目の小汚い格好をしており、どう見てもスリなどの犯罪に手を染めていそうな姿だった。


「あ、おじさんたち!」


 カエデはその男性二人を見た瞬間、笑顔で走り出した。

 男性二人はカエデを見て、一瞬「おい、あれ……」「んなっ」と会話を交わした後、笑みを浮かべた。


「おー! あんときの」

「三日前はありがとな!」

「いえいえ、お二人共目的地にはたどり着けたでござるか?」

「ああ、もうそりゃ……で、どうしてお嬢ちゃんはここにいるんだい?」

「カエデ、大切なものが入った巾着袋を失くしてしまったみたいで……見てませんか?」


 カエデの質問に男性二人が顔を見合わせると、首を横に振る。


「いや、見てねぇな」

「俺もだ」

「そうですか……」


 残念そうに視線を落とすカエデに、男性二人は励ますように声をかけた。


「どんな特徴なのか教えてくれよ」

「そうそう、ここらへんは俺達詳しいんだ。もし見つけたら知らせてやるよ」

「ほ、本当でござるか……!? なんてお優しい方々なんでしょう……! カエデ、感激で胸がいっぱいでござる!」

「──ねぇ、もういいかな」


 僕は話に割って入る。


「なんだ?」

「茶番はもういいかなって言ってるんだよ」

「おい、何の話を……」

「君たちでしょ、カエデの巾着を奪ったのは」


 男性二人はピタリ、と動きを止めた。


「いや、そんなことはねぇよ。道を教えてくれた恩人に対して俺達はそんなことはしねぇ」

「そうだそうだ。大体、何を根拠にそんなことを言ってんだよ!」


 二人は犯人扱いされたことに憤る。

 そこへカエデも加わって男性二人を養護する。


「そ、そうですよシン殿! お二人はカエデの巾着を探してくれると言ってくださってるんですよ。そんな方たちが盗みをはたらくなんて思えません」

「嬢ちゃんもこう言ってるんだ。それにもしオメェ、俺達が犯人じゃないと分かったら、どうなるか分かってんのか……?」


 二人が僕に対して睨みを効かせて脅しをかけてくる。

 僕は笑顔で頷いた。


「そっかそっか、二人は犯人じゃないんだね」

「おうよ、分かったならさっさと……」

「じゃあ、『男性二人組が、見慣ぬ意匠の袋と、遠方の小刀を持ち込んだ』っていう証言は?」

「!」

「昨日、スラム中の質屋に足を運んだんだよ。もしかしたらカエデの小刀が売られてるかもしれないからね。残念ながら小刀は見つからなかったけど、代わりに聞き込みをしたら、『君たち二人によく似た男性二人組が、小刀と袋を売ろうとしていた』っていう証言が出てきたんだよ。それもスラム中の質屋から」

「ほ、本当なのでござるか……?」


 カエデが男性二人組を見る。


「カエデは騙されやすい性格だからさ、最初から疑ってたんだよ。盗まれたんじゃないかなって。ここら辺をうろついてるって聞いたから来たけど……どうやらビンゴだったみたいだ」

「そ、そんな言いがかり……!」

「ちなみに、証言によれば背格好も君たち二人にそっくりだったよ。……まだ言い逃れする?」


 一歩、僕は前に出る。

 一歩、二人が後ろへ下がった。


「大方、売ろうとしても遠い異国の小刀と袋に値段がつかなくて売れなかったから、仕方なく売れる質屋を見つけるまで持ち歩いてる。……その大きな鞄に入れてね」


 僕は二人のうち、一人が持っている不自然に膨らんだ大きな鞄を指差す。


「くそっ!」


 僕に指摘された瞬間、二人は踵を返して走り始めた。

 予想外にも二人の逃げ足は早い。

 明らかに一般人の速度じゃない速度で、入り組んだスラムの街の中をスルスルと走っていく。


「おお、速い。冒険者崩れなのかな」


 一般人よりは速いけど、僕ほどではない。普通に走れば十分に追いつける速さだ。

 僕が感想を呟きながら、走り出そうとしたその時、僕の目の前に手が伸びてきた。


「ここはカエデにお任せください」


 いつもの人懐っこい笑みから一転、凛々しい顔つきになった彼女は手で印を結ぶ。

 すると目の前からカエデが消えた。

 カエデの魔法、【風魔】の瞬間移動だ。


「はは、走って逃げりゃなんとか……なっ!?」


 男性二人が振り返ってカエデと僕がはるか後方にいるのを確認し、余裕の笑みを交わして前を向くと……そこにはついさっきまで後ろにいたカエデが立っていた。

 ステータス強化をかけているときのリリィに迫る勢いで走り抜けた彼女は、そのまま二人を取り押さえる。


「申し訳ないでござる。お二人を疑うわけではないのですが……お荷物を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ぐっ……!」

「振りほどけねぇ……!」


 カエデに地面に取り押さえられた彼らはなす術なく、僕らに鞄の中身を見せるしかなかった。


「見せてもらうよ」

「あっ……!」


 僕は鞄を持つと、中身を確認する。


「こ、これは……! カエデの小刀でござる!」


 案の定、鞄の中にはカエデの小刀と巾着が入っていた。



***



 それから僕たちはカエデと一緒に二人から奪われたものを取り返した。

 小刀はもちろんのこと、巾着やカエデが持っていた路銀もだ。


「大丈夫? ちゃんと全部ある?」

「はい、全部あります!」

「小刀、戻ってきて良かったね」

「……はいっ!!」


 カエデはギュッと小刀を抱きしめる。


「シン殿、本当にありがとうございます。カエデの命の危機を救ってくださったばかりか、大切なものまで取り戻していただけるなだなんて……」

「別に僕は何もしてないよ」

「そんなことはありません! 昨日、カエデのために沢山質屋を回ってくださったのでしょう?」

「まあ、そう言われればそうだけど……」


 僕が頭をかくと、カエデがポロッと呟きを漏らした。


「そういう謙虚なところも素敵です……」

「ん? なにか言った?」


 僕が聞き返すとカエデは顔を真っ赤にさせて首を振った。


「へっ!? いっ、いえ! カエデは何も言ってないでござる!」

「それ、なにか言ったって言ってるようなものじゃない……?」

「うっ……」


 カエデは目を「><」みたいな形にして呻く。


「ごめんごめん。ちょっと面白くてからかっちゃった」

「もう!」


 カエデはちょっと頬を膨らませて怒った後、「でも」と言って微笑を浮かべる。


「シン殿は、もうカエデの恩人以上の存在でござる……」


 カエデはもう一度ぎゅっと小刀を握りしめると、僕に対して何かを決心したような表情で向き直った。


「シン殿、カエデ決めたでござる」

「ん? なにを?」

「シン殿、カエデの主君になってください!!!」


 ぺこぉ! とカエデが頭を下げてきた。


「えぇっ? いやでも僕、主君になるような器じゃ……」


 僕が躊躇を見せると、カエデが両手で僕の右手を力強く掴んできた。

 そしてずい、と顔を寄せてお願いしてくる。


「いえ、カエデにはシン殿しかいません! シン殿に命を救われ、命と同じくらい大切なものを取り返して頂いた今、カエデはもうシン殿しか主君にしたくないでござる!!!」

「え、えぇ……」

「それともカエデになにかご不満が!? 精一杯直しますので、どうかカエデの主になってください!!」


 途中から半ば涙目になってお願いしてくるカエデ。

 それに対して……僕は根負けしたのだった。


「わ、分かった……」

「本当でござるか!?」


 カエデは嬉しそうに聞き返してくる。


「う、うん本当だから……」

 若干流されてる気がするけど、カエデがパーティーに加入してくるなら、もうそれでいいや。

 というわけで、僕のパーティーに新しい仲間が入った。

 ようやく一人スカウトできた。皆、喜んでくれるといいな。

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