第34話 【バリア】と【風魔】


「ふっ……!」


 カエデが一撃でゴブリンを葬る。

 その時、天井を這って近づいていたスライムが、カエデへと襲いかかった。


「カエデ! 右!」


 僕は大声でカエデに注意を促す。

 僕の声でスライムに気がついたカエデは、スライムの方向に向き直り、手で印を結んだ。


「にん!」


 するとカエデの真正面に透明な壁が現れ、襲い来るスライムをガードした。

 透明な壁にベチンと当たったスライムはそのまま地面に落ち、そしてそこをカエデに核を攻撃され……死んだ。

 スライムとゴブリンの身体が塵になっていくのを確認した後、カエデは額を拭った。


「ふー……」

「初戦闘お疲れ様。ゴブリンが倒せたら大体はなんとかなると思うよ」

「本当でござるか!?」 


 カエデは嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「それにして強いね、【バリア】だっけ? 何でも攻撃を防げるっていうのは、味方にいるとかなり心強いよ」


 僕が褒めるとカエデは嬉しそうに頭をかく。


「えへへ……そうは言っても、回数制限があるんですけどね」

「まあカエデには【風魔】もあるし、良いんじゃない?」


 カエデの魔法は【バリア】と【風魔】の二つだ。

 そう、カエデはなんと世にも珍しい魔法を最初から二つ持っている稀有な人間なのだ。

 【バリア】はなんでも攻撃を防ぐ盾を展開する魔法。

 そして【風魔】は『瞬間移動が可能。パッシブで高速移動ができるようになる』という能力だ。


「バリアも強いけど、風魔もすごいよね。パッシブ能力がある魔法なんて見たことないよ」

「えへへへぇ……」


 カエデはとても嬉しそうに笑う。


「さて、そろそろもう少しモンスターを狩っていこうか。今日の食事代と、宿代と、簡単な武器代くらいは稼ぎたいしね」

「はい!」


 そして僕たちはダンジョンの中へと潜っていった。



***



 それから僕は迷宮エリアまでカエデに付き合って潜った。

 流石に迷宮エリアはモンスターを軽く解説するくらいになったけど、それでも二人で迷宮エリアに来たことで、当初の目的だったカエデの食事と宿代、そして武器の代金ぐらいは稼ぐことができた。


「シン殿、今日は本当にありがとうございました! 何から何まで教えていただいたおかげで、明日から路頭に迷わなくて済むでござる!」


 カエデはわざわざ荷物を地面に置いて、深々と頭を下げる。


「まあ、こうやって会ったのもなにかの縁だし、それはそうとして……」

「おっと、ごめんよ」


 僕が話を変えようとした途端、男性の老人がカエデへとぶつかった。


「いえいえ! 気にしないでくださいでござる!」

「すまないねぇ」


 老人が頭を下げて通り抜けようとした。

 しかしその時。


「待ってください」


 カエデがその老人の肩を掴んで止めた。


「……なにかな」


 老人は笑顔で振り返る。


「少々様子がおかしいでござるが……大丈夫でござるか?」


 カエデの質問に老人は表情をパッと明るくし……激しく咳き込んだ。


「……ごほっ!」

「わわっ、どうしたのでござるか!?」

「ああ、いやごめんね。別に大したことじゃないんだけど……最近病気になってしまったみたいでね。でも病院に行くようなお金もないから、ちょっと困ってるんだ」

「そ、そんな……」


 ガーン! とカエデはショックを受けたような表情になる。


「カ、カエデになにか出来ることは……」

「いやいや、心配してくれただけで十分だよ。それじゃ、私はここで……」

「ちょっと待ちなよ」


 老人が立ち去ろうとする。

 しかし僕はその背中を呼び止めていた。

 老人は足を止めると、また先程のような人の優しい笑みで振り返る。


「とぼけるはもうやめたら? 今、カエデの懐から財布をスッたよね?」

「っ」


 老人は慌てて逃げ出そうとした。

 しかしその瞬間。


「ぐっ……!」

「ちょっとお話を聞かせてくださいでござる」


 素早く動いたカエデが老人を取り押さえていた。

 僕は老人の懐を漁り、袋を取り出す。


「それはカエデの…………。どうしてこんなことをしたのでござるか」


 カエデは老人へと問い詰める。

 するとさっきまでの優しそうな笑みから一転、老人は悪人の笑みを浮かべた。


「ハッ! スられる方が悪いんだよ! 馬鹿なやつから金を巻き上げて何が悪い!」

「じゃあ、おじさんが捕まるってのも自業自得で」

「……くそっ!!」


 老人は悔しそうに吐き捨てた。



***



 老人を憲兵の人に突き出した後、僕たちは通りを歩いていた。

 カエデの表情はまだ暗かった。


「それにしても、大丈夫でござろうか……」

「何が?」

「だって、あのご老人は病人なのでしょう? いくら罪を犯したからとはいえ、病人に鞭打つようなことをしてしまいました……」

「あれ、どう考えても嘘だから」

「そうなのでござるか!?」


 ガーン! とカエデはショックを受けた。

 僕は呆れてため息を吐く。


「逆に何でまだ信じてたの……」

「その……忍者としてお恥ずかしい限りなのですが、カエデ、人を疑うのは苦手でして……」


 だろうね。なんとなくそう思ってたよ。

 カエデが忍者の里を追放されたのって、もしかして元素じゃなくてこの純真さが原因ではないだろうか、と思えてきた。


「何度もありがとうございます……シン殿がいなかったらカエデ、今頃どうなっていたことか……」

「いやいや、いいよ別に。それでさ、話は変わるんだけど……僕のパーティーに加入しない?」

「へ?」


 カエデがキョトンとした表情で顔を上げた。


「今日の戦いぶりを見て思ったけど、うちに合うと思うんだ。だからどうかな、僕のパーティーで一緒に冒険しない?」

「で、でもカエデはすぐ騙されてしまうような役立たずですよ」

「そんなことない。裏を返せばカエデは純粋ってことだ。今日一日君と過ごしてて、すごく根が良いってことが分かったんだ。それだけじゃなくて、ちゃんと戦闘とかでも活躍してくれそうだから選んだんだよ」

「そんな……カエデなんかをそこまで……」


 カエデは僕の言葉にうるっと瞳をうるませが……すぐに暗い表情になった。


「どうしたの?」

「……ごめんなさい。今は、そのお話をお受けすることは出来ません」

「どうしてか聞いても良い?」

「カエデはまだ未熟なのです……それを克服するまでは、まだシン殿のパーティーに加入するわけにはいかないのでござる」

「問題があるってこと?」


 僕が尋ねるとカエデはコクリと頷いた。


「その問題を聞いても良い? もしかしたら力になれるかもしれないし」


 カエデは少し逡巡した後、話し始めた。


「アウレリアに来たときに、お金や大切なものが入った巾着を失くした、と言いましたよね。その中に、カエデにとって命といえる小刀が入ってるんです」

「なるほど、刀は武士の魂っていうもんね」

「自分の命とも言える刀をなくすなんて、忍者失格でござる。小刀を見つけるまでは冒険者として活動することはできません。ごめんなさい」


 カエデが頭を下げて謝ってくる。


「いや、謝る必要はないよ。……そうだ、僕も一緒に探すのを手伝うよ」

「え?」

「二人で探したほうが効率がいいしね。それに、目の前で困ってる人を放っておけないし」

「シン殿……」


 カエデが感激したように僕を見上げてくる。


「安心してよ。僕、探しものは得意なんだ」


 そんな彼女に向かって、僕は安心させるように笑いかけた。

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