第30話 それぞれの思い
『亡霊騎士・ガウェン』が討伐されて数日後。
ギルドは行方不明になったエリアボスの対処に追われていた。
エリアボスはギルドによって管理されている。
だが、今回討伐を予定していたパーティーが時間が経ってもエリアボス討伐の報告を上げないので調査に向かったところ、エリアボスが出現する広場でパーティーが全滅しており、エリアボスも姿を消していた。
ギルドはパニックに陥った。
エリアボスは非常に強力なモンスターだ。
エリアボスがダンジョンの中を徘徊していれば、大きな被害を出す可能性がある。
よって、ギルドはエリアボスが行方不明になって以降、ギルドの高ランク冒険者を使って、血眼の捜索を行っていた。
「くそっ、まだガウェンは見つからないのか……!」
冒険者ギルドのギルド長は、机をドン! と拳で叩いた。
ギルド長も連日寝る暇もなくその対応に追われていた。
しかし途中で入ってきた報告によってギルド長は顔を上げる。
「は? 行方不明だった迷宮エリアのエリアボスが討伐された?」
「はい。とあるパーティーによって討伐届が出されました」
「なんだと……!? 誰が倒したんだ!」
「彼らです」
職員はギルド長に向かって、討伐したパーティーの情報が載せられた紙を手渡す。
それを見てギルド長は顔をしかめた。
「……これは確かなのか? 本当にこんなレベルの少人数のパーティーでエリアボスを倒せたのか? こいつが注目を浴びるために嘘をついている可能性は?」
「いえ、持ち込まれた魔石を鑑定したところ亡霊騎士ガウェンのものだったので間違いないかと」
「そうか……となると、本当にたった四人でエリアボスを討伐したのか」
ギルド長は信じられないような表情で呟く。
「ふむ、なかなか見込みのある奴がでてきたな」
ギルド長は書類を見ながらにやりと口を釣り上げた。
***
ノクタリアは、ダンジョン内拠点の『神殿』の中の第二階にいた。
なにもない広い空間の中に、いくつかの人形の標的が置かれている。
標的は盾鉄鋼が使われ安価ながらも比較的硬い鎧が着せられており、それはノクタリアが用意したものだった。
ノクタリアが手を動かす。
すると標的が影の糸によって縛り上げれ……バラバラに切り裂かれた。
「まだまだ駄目。強度も精度も足りない……」
だが、ノクタリアの顔色は優れなかった。
元々『黒』の元素で、魔法の特性自体阻害が主な用途であることを鑑みれば、ノクタリアの糸の攻撃力は十分だと言える。
しかしノクタリアの目にはつい先日戦ったあの亡霊騎士が焼きついていた。
「こんなのじゃまた切られる。もっと魔力の操作の精度を上げて、糸の強度を上げないと……」
先日の亡霊騎士との戦闘では、自分の糸による拘束は簡単に切られてしまった。
地面には魔力を補充するために使われた空の魔力ポーション瓶がいくつも転がっていた。
「もっと、もっと強くらないと……」
ノクタリアが思い浮かべるのは、自分にとって一番大切な人。
自分に幸せを教えてくれて、救ってくれた男の子だ。
(今のままでは、いずれ私は置いていかれる……)
彼は日々強くなっている。
このままでは置いていかれるのは必至だ。
そして、ノクタリアには自分が許せなかった。
(私は勘違いしていた。これ以上はいらないから彼の隣にいれたらいいなんて考えてた。そんなのただの甘えでしかない。彼の隣に居続けるには努力しないといけない。それに、なんの努力もせずに彼の隣に居続けるなんて私自身が許せない)
魔力を練り、糸の強度を高めていく。
すべては彼のために。
***
一方、神殿の三階では。
ニアが地面に座っていた。
ニアはナイフを手に持つと、自分の手のひらを切る。
「っ」
ニアが痛みに顔を歪める。
傷口から血が溢れ、地面へと流れていく。
自ら作り出したその傷口に向かって、ニアは反対側の手のひらを向けると回復魔法を使った。
「ヒール」
傷口は治っていくが、ニアがその鋭い痛みに少しだけ集中を乱してしまった。
「いっ……!」
するとヒールの調整を誤ってしまい、治癒をかけすぎた結果、傷口から肉腫が生まれ……弾けた。
肉腫が弾ける激痛にニアは悲鳴を上げそうになる。
しかし唇から血が出るほど噛み締め、我慢した。
今までのニアなら悲鳴を上げていたが、それを我慢しているのには理由があった。
「だめ、こんな痛みで精神が乱れるようじゃ……」
ニアは自分を叱咤する。
それはニアの頭の中に苦い思い出がこびりついていたからだった。
先日の亡霊騎士との一戦で、自分は全くの役立たずだった。
過回復が効かないのは相性上仕方ないとは言え、いざとなったときに緊張と焦りで、自分の役割であるヒールすら満足にかけることが出来なかった。
スキルの過回復のせいで、少しでも精神が乱れれば肉腫を作ってしまう。
だからこそ、ニアはどんなことがあってもヒールのコントロールができるように訓練をしていた。
「こんなのじゃだめ。重傷を負ったとしても使えるようにならないと……」
ニアの服は血まみれで、床には血が飛び散っていることから、何度も肉腫を破裂させたことが読み取れた。
そしてニアの周囲にはヒールで補えない血を増やす増血剤と、魔力を補給するポーションを空にした瓶が散乱していた。
「役立たずは必要ない。私がシンさんの役に立たないなら、一緒にいる意味はない。シンさんの傷を治せなかった私に価値はない」
まるで言い聞かせるように何度も、何度も、何度も何度も自分の手をナイフで切ってはヒールで治す。
その途中でいくら血が飛び散ろうが、激痛に苛まれようが、ニアは一心不乱にヒールをかけ続けていた。
***
神殿の六階にはリリィがいた。
六階はコロッセオのような闘技場の中で、リリィは戦っていた。
それは先日戦った亡霊騎士のような見た目の、全身鎧を着た騎士だった。
「くっ……!」
リリィは騎士の猛攻に防戦一方だった。
紙一重で剣を躱し、ダガーで防いでいるものの、限界が近いことは目に見えていた。
そしてリリィが足をもつれさせる。
「まずっ……」
追撃。
リリィの胴体を剣が捉える。
「ぐっ……!」
しかしリリィの胴が両断されることはなく、もらった一撃と比較して浅い切り傷がついただけだった。
その代わり、鈍器で殴られたような激痛がリリィの腹部へと走る。
リリィは地面に膝をつく。
騎士は剣を下ろすと、ゆっくりと歩いてコロッセオの真ん中まで戻っていった。
「げほっ、まだ、最大レベルじゃないのに……」
咳き込みながらリリィは呟く。
リリィの相手になっている騎士はこのコロッセオについている機能によって生まれたものだった。
コロッセオには稽古の相手として敵の幻影を出す機能が備え付けられており、コントロールパネルから強さのレベルは調節できる。
幻影と言っても実体がないわけではなく、剣で打ち合うことも可能で、致命傷にならない程度に傷もつける。
「シーくんはこのレベルだって楽勝でクリアしてたのに、ステータス強化も《九つの失宝》もなかったら防戦一方になるなんて……」
リリィは訓練のためにステータスを強化する手段を一切使わずに騎士と戦っていた。
それは先日のシンと亡霊騎士の戦いを見たからだった。
(ステータス強化と《黒竜の篭手》を手に入れて、強くなったんだって勘違いしてた。どっちも私自身の力じゃなくて、シーくんから貰った力だ)
強力なステータス強化と、アイテムを手に入れたことでステータスだけが強くなれば良いのだと勘違していた。
でも亡霊騎士と戦った、ステータスや装備が劣っていても『技』で不利を覆すシンの姿を見て、そんな勘違いは打ち砕かれた。
(私は、弱い)
ステータスだけが強いからと言って、本当にそれは強者と言えるのだろうか。
──違う。
自分にとっての強者とは、力が強いだけの存在じゃない。
だからこそ、リリィは技を磨くことに決めた。
立ち上がり、闘技場の中央に立つ騎士へと向かい合う。
彼の隣に並び立つために。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
これで一章は終了となります。
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