第28話 魔法【聖剣化】
ガウェンが目にも留まらぬ速さで僕たちへと接近してくる。
「っ!」
それに対して攻撃を仕掛けようとしたのはニアだった。
ニアは杖をガウェンへと向けて【過回復】を放つが……。
「なっ、どうして……!」
確かにヒールが直撃したにもかかわらず、ガウェンには何もダメージを受けた様子がなかった。
想定外の事態に、ニアの回避が遅れる。
「くっ……!」
僕は全速力でニアの元まで向かった。
瞬時に距離を詰めたガゥェンは、ニアへと白銀の剣を振るう。
しかしその直前、僕は剣を滑り込ませることに成功した。
「シンさん……!」
「重──っ!?」
まるで巨大な岩石をぶつけられたような衝撃が腕を通して身体全体へと伝わる。
ガウェンはそのまま力を込め、僕の剣を弾いた。
ガキィンッ!! という音とともに火花が散り、腕が大きく振り飛ばされる。
僕は聞いたことがないガウェンの行動に思わず笑いが漏れた。
「嘘だろ……っ!?」
「──ッ!!」
剣を弾かれがら空きになった胴に、ガウェンは追撃を入れた。
ガウェンの一撃を受けて僕は後方へと吹き飛ばされる。
「シンさんっ!!」
ニアが僕に駆け寄り……顔を真っ青にした。
「なるほど、鎧の下は実体がないのか……道理でニアの過回復が効かない訳だ。はは……」
「シ、シンさん……ち、血が……」
胴体を切られた僕は血をドクドクと流していた。
今すぐに治さないと出血多量で死ぬ量だ。
「い、今ヒールを……」
ニアは震える手で僕へとヒールをかけようとする。
しかし焦ってるせいか、いつものようにヒールをコントロールできず、僕の傷口を治しすぎて肉腫を作ってしまう。
「ご、ごめんなさい……!」
失敗が更に焦りを生み、焦りは失敗を生む。
平常心を失ったニアは傷を治そうとして、何度も肉腫を作ってしまう。
ニアは涙目になりながら僕へと謝る。
「ごめんなさいごめんなさいっ……!」
「ニア、落ち着いて……アイテムボックスからハイポーション取り出すんだ」
「は、はい……!」
肉腫を白炎で消しながら、僕はニアの手を握って指示を出す。
その傍ら、僕は自分の身体を見下ろすと、つけていたプレートアーマーが真っ二つに割れている事に気がついた。
「これはもう使えないな」
これじゃここからの戦闘では使えない。
その場に胸当てを脱ぎ捨てた。
ニアからハイポーションを受け取って飲みながら、僕はガウェンの方を観察した。
僕が吹き飛ばされた後、ガウェンはもう一度追撃を入れようとしたようだが、それはノクタリアとニアによって阻まれていた。
「っ影糸が効かない……!!」
ノクタリアが魔法の影糸を使ってガウェンの動きを止めようとするものの、糸はすぐにガウェンの力で引きちぎられる。
ガウェンの力が強すぎるせいで上手く行動を阻害できていないようだ。
先程のダズルの仲間とリリィの戦闘で起こったことが、今再演されていた。
「うるぁッ!!!」
リリィがダガーをガウェンへと叩きつける。
金属がぶつかる音が響き、火花が散る。
魔法の自己強化と、《黒竜の篭手》によってステータスが八倍になっているリリィは、ステータス上ではガウェンと勝っているため、優勢に打ち合えていた。
ガウェンが防戦一方なことをいいことに、リリィは何度も連撃を繰り出す。
「なにっ、私のっ、シーくんにっ、手を出してるんだよッ!!!」
完全に頭に血が昇っていた。
だからこそ、疎かになっていた。
防戦一方に見えるガウェンが冷静に自分の攻撃を観察していることに、気が付かなかったのだ。
「っ駄目だリリィ!」
僕がそう叫んだときには遅かった。
「死ねッ!!」
リリィが渾身の一撃をガウェンへ向けて放つ。
それは間違いなく、リリィが今まで放った中で最速かつ最強の一撃だった。
──スルッ。
「なっ!?」
リリィが驚愕に目を見開く。
渾身の一撃が空振った。
ガウェンがリリィの最速の攻撃を最小限の動きだけで躱したのだ。
「攻撃を見切って……っ!」
隙だらけのリリィへ、ガウェンが剣を振る。
「がはっ……!?」
リリィが僕と同じように切られ、吹き飛ばされた。
仲間が二人やられたノクタリアは苦々しい表情になった。
「くっ……!」
真正面からでは駄目なら奇襲する。
そう考えたのか、影に潜ってガウェンの背後に回っていたノクタリアが、背中から奇襲を仕掛けようとした。
「ノクタリア! ガウェンの魔法は……!」
しかしガウェンはその瞬間、白銀の剣に手をかざした。
すると剣からまばゆい光が溢れる。
一瞬影が消えたことでノクタリアは空中に放り出され……その瞬間蹴り飛ばされた。
ノクタリアの身体がくの字に折れ曲がり、壁に激突する。
「ぐっ……」
ノクタリアが苦しそうに呻く。
致命傷ではないものの、しばらく戦闘には復帰できないぐらいのダメージを受けたようだ。
切り飛ばされたリリィの手当をしながら、ニアは声を漏らす。
「どうして剣が光って……」
「ガウェンの魔法の、【聖剣化】だ」
僕はニアへとそう説明した。
エリアボスである『亡霊騎士・ガウェン』は魔法を持っている。
その魔法は【聖剣化】。
ありとあらゆる剣を強制的に聖剣にする魔法であり……僕の姉と同じ魔法だった。
【聖剣化】の魔法の恐ろしさは身にしみて分かっている。
「聖剣化……?」
「持ってる剣を聖剣にして、攻撃力に大幅な補正をかける魔法だ。付与魔法の超強力版って感じで、そもそも剣がないとかけられない魔法なんだけど……」
ガウェンが聖剣にした白銀の剣。
遠くからでもわかるほどの威圧感を放っている。
「この魔法の厄介なところは、持ってる剣の質が良ければ良い程、聖剣としての強化に回す必要がなくなって、どんどんと強くなっていくんだ」
「そんな、じゃあ……」
「ああ。ミスリルは剣の中でも一番聖剣化に適してる。今、あの剣は最強と言っても過言じゃない」
聖剣化されたあのミスリルの剣は超強力になっている。
僕は冷や汗をかいた。
姉さんとは毎日のように模擬戦をしていたが、流石にミスリルの剣を使った姉さんとは戦ったことはない。
「──ッ!!!!!」
ガウェンが咆哮を上げる。
圧倒的なステータスの違い。
その上に装備でも大きく差をつけられている。
「そんな……」
「こんなの、どうやって勝てば……」
ニアとノクタリアが絶望したような声を漏らす。
こんな化け物にどうやって勝てば良いのかわからない。
そんな半ば諦めるような空気が辺りに満ちていくのが分かった。
「……いいね、こうでなくっちゃ」
「え? シンさ──」
僕は剣を握ると──ガウェンへと突っ込んだ。
「!!」
渾身の一撃をガウェンはミスリルの剣で受け止める。
ギリギリ、と鍔迫り合う。
「ははっ」
思わず笑いが溢れた。
そうだ。これだよこれ。
絶体絶命の状況。命をかけて戦うこの感覚。
冒険はこうでなくちゃ。
「──ッ!!!!」
ガウェンがさっきのように、力技で僕の剣を弾こうとする。
「それは……もう見た!」
僕はちょうどタイミングを合わせて力を抜くと身を引いて、最小限の動きで躱した。
ガウェンが驚いたような反応を見せる。
「フッ──!!!」
引いた腕に力を込め、胴へと強烈な突きを叩き込んだ。
ハイグレードスチールと盾鉄鋼を素材に使った剣はその丈夫さを遺憾なく発揮し、鎧に叩きつけられても折れず、逆に全ての力をガウェンへと伝えた。
「ッ──!!」
ガウェンが後ろに倒れる。
しかし僕はあえて追撃を加えず、剣を構え直した。
ガウェン鎧は胴体に穴が空いていて、そこから黒い靄が漏れてきていた。
多分、ガウェンの身体を構成している魔力の塊だろう。
僕はまるで誘うように剣を向ける。
「これで一対一だ。──さあ、続きをやろうか」
「……」
ガウェンは静かに僕を見つめ、立ち上がる。
そして今までとは違って、構えを取った。
第三ラウンドが始まる。
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