第27話 エリアボス

 ダズルたちを倒し終わった後、僕たちはニギルの店へとやって来ていた。


「いやあ、大漁大漁」


 僕はホクホクとした顔で、店に並べてあるいろいろ物をアイテムボックスの中へと入れていく。


「上級ポーションも大量にあるし、高価なアイテムボックスも一人一つ手に入ったし」

「隠してたお金も合わせたら、当分の資金になりそうね」

「あいつらの装備も全部剥ぎ取ったしね!」


 リリィが言ったあいつら、というのは僕たちを襲ってきたダズル達のことだ。

 彼らの装備は丁重に外して回収し、有り金も全部頂いたあとそのまま放置してきた。

 まあ、今回の件で実力差は身にしみて理解したと思うので、二度と襲ってはこないだろう。


「今回の件で、あまり金貨を換金するのは危険だって分かったしね」


 どこで金貨を換金しようが、情報が漏れてしまう。

 今回は相手が弱かったから何とかなったけど、次は本当に一流の冒険者が僕たちを狙うかもしれない。

 なので、少なくとも僕たちのレベルが上がるまでは、神殿の中にある金貨を換金するのはできるだけ控えることにした。

 ニアが憂鬱そうな表情で頬に手を当てる。


「それにしても、資金繰りについては考えないといけませんね」

「まあ、普通に冒険者をやっている分には大丈夫じゃないかな」

「そうはいかないわよ。これからもっと仲間を増やしていかないといけないんだから」

「え、そうなの?」

「当然よ。あなた、自分で魔力リソースについて説明したのを忘れたの? ダンジョンを深く潜ろうとすればするほど魔力……つまり人材が必要になる。大迷宮の100層を超えるとなると、大量の人員やアイテムが必要になるわ」

「うっ……」

「ということはいずれはクランを作る必要がありますね」


 ニアの言葉にノクタリアが頷く。


「ええ、そうね」

「クランかぁ……」


 クラン。

 それは冒険者の集まりだ。

 会社みたいなクランもあれば、とある目的のためだけに動いている人間が集まった組織もあり、色んな種類のクランがある。

 そのクランを作ることに、僕はいささか消極的だった。


「100層まで潜るとなると、かなりの大所帯になりそうです」

「なんとかならない……?」

「無理ね。下の層はギルドから認可を受けたクランじゃないと潜れないわ。100層に到達するためにはクランを作ることは必須よ」

「でも、組織の運営とか面倒なんだよね……」


 クランの運営とか面倒くさそうだからやりたくないんだけど、ノクタリアをはじめ、三人はクランの創設に賛成のようだった


「それは割り切るしか無いわね」

「そうだよね……」

「そう落ち込まないでください。クランを作れば様々な面倒事が増えますし、仲間がもう少し増えるまではクランの創設は先延ばしになりそうですから」

「とりあえず、あと五人は仲間を増やさないとね。それとせっかく神殿がありますから、有効活用したいですね」

「私はもっと増やしてシーくんの王国を作るのが良いと思う!」


 三人がまたわいわいとクランのことについて話し始めたので、僕はあとはもう任せることにした。





 そしてニギルの全財産を一銭残らず取り終えた僕たちは大迷宮の中へと戻ってきた。

 かなりの荷物だったけど、ニギルのところからアイテムボックスをいくつか手に入れたおかげで、楽に持ち帰ることが出来た。


「剥ぎ取った装備の換金は明日にしようか」

「そうね。それにしてもこれで随分と楽になるわ」

「早く帰って、遺物の能力を鑑定したいです」

「私は早くモンスターを倒したい!」

「さっき戦ったばっかりじゃない……」


 僕たちの拠点である神殿への道のりはもう目を瞑っても可能だ。

 たまに出てくるモンスターを軽く屠りながら、六層から始まる迷宮エリアへと入る。


「でも、いちいち十階層まで戻るのも面倒だよね。モンスターを倒すの自体は簡単だけど」

「そうですね……ダンジョンの中だと、微妙に息が詰まりますし」


 ダンジョンの中に拠点を構えてから分かったことけど、ダンジョンの中で暮らすのは面倒くさい点がある。

 神殿には水源があるから、水の問題は無いけど、食糧はいちいち買いに行かないといけない。

 拠点に戻るまでにダンジョンを十階層分歩かないといけないうえに、モンスターと遭遇すればいちいち戦闘が発生する。

 あとはあくまでも地中なので、ニアの言う通りなんとなく息が詰まる。

 となると、地上に戻ったときに滞在するための拠点も欲しくなる。


「そうだね。地上にも拠点を買ったほうが良いかな?」

「今はやめておいたほうが良いわ。彼らを倒したことで今は敏感になってるでしょうし、私達がここで拠点を購入すれば、またさっきみたいに襲われる可能性があるもの」

「ですね……しばらくして落ち着いてからのほうが良いかもしれません」

「私は別に今のままでも良いよ?」

「あなたは戦いたいだけでしょう」


 そんなことを話しながら七階層へと足を踏み入れた瞬間──空気が変わった。

 まるで猛獣に至近距離で睨みつけられているかのうような重圧が、僕らにのしかかった。

 いや、違う。これは殺気だ。

 冷たい手が背筋を撫でるような悪寒と、心臓を鷲掴みにされているような緊張感。

 近くにいるなにかから発せられている殺気なのだ。

 この階層に、何か尋常ではない存在がいる。

 三人も僕と同じ気配を察知したのか、顔を見合わせる。


「皆、気を引き締め──」


 僕がそう言いかけたところで、そいつは現れた。

 真っ赤な鎧。

 一瞬そう錯覚するほどに返り血を浴びた鎧を着込んだ人間が、迷宮の向こうから歩いてきた。

 手には淡く輝く白銀の剣。

 その剣を見てニアが呟いた。


「あれは……ミスリルの剣、でしょうか」


 ノクタリアが眉根をひそめる。


「あれは……人なの?」


 全身を鎧で包んでいるため一見人間のように見える。

 しかし大迷宮の情報を暗記している僕には、あれが人間でないことが分かった。


「いや違う。あれは……モンスターだ」

「モンスターですか……?」

「人間みたいな見た目ですけど……」

「確かに人間型だけど、あれは迷宮エリアのエリアボス──『亡霊騎士・ガウェン』だよ」

「エリアボスですって……!?」


 ノクタリア達の表情が変わる。

 エリアボスは大迷宮の格エリアに現れる、非常に強力なモンスターだ。

 エリアボスから得られる経験値やドロップ品、そして倒したことによる名声は他のモンスターの比較にならない。

 全冒険者にとって垂涎の的と言えるだろう。


「エリアボスは基本すぐに討伐されるはずなのに、どうしてこんなところに……いや、そうか。失敗したのか」


 ガウェンがここにいる理由を考えて、僕はすぐに思い至った。

 エリアボスはその特性からリポップするところを出待ちしている冒険者に殺される。

 そのエリアボスがここにいるということは、今回出待ちしていた冒険者たちはガウェンの討伐に失敗したのだ。

 第20層からここへと来る途中、一人も冒険者に出会わなかったとは思えない。

 つまりは、このエリアボスは普段よりも強くなっているということでもある。


「どうする、逃げるか……? いや、どのみち逃がしてはくれないな……」


 逃げるという選択肢が頭をよぎったが、僕はそれを首を振って打ち消した。

 ガウェンは完全に僕たちを標的としている。

 逃げることは不可能だ。


「皆、戦闘態勢」


 僕が皆へとそう告げると同時。


「──ッ!!!!」


 ガウェンが咆哮を上げ、僕たちの方へと突進してきた。

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