第26話 亡霊騎士・ガウェン。
ニギルは内心で焦っていた。
(くそ、ありえねぇ! ろくな武器も持ってない上に、レベルも全員20台のはずじゃなかったのか!? 装備も実力も全く違う! 情報屋のやつが嘘をついてやがったのか!?)
《
本当なら、楽勝な仕事のはずだった。
まだ冒険者の世界を知らない甘いガキの足をすくって、簡単に大金が手に入るはずだった。
ニギルの見立ては間違っていない。
普通の冒険者なら、勝てるのは自分と同じ実力の相手までだ。
大半の冒険者は自分と同等か、それ以上のレベルの冒険者に複数人で囲まれたら、なす術もなく負ける。
だからニギルは大勢の冒険者を揃えた。
後になればダズルと共に切り捨てるつもりだったが、それでも最低限シン達と同レベル帯の冒険者を用意した。
だが失敗した。
このままでは自分の命が危ない。
そう判断したニギルはすぐに態度を豹変させた。
「お、お願いします旦那! 許してください! ほんの出来心だったんです!」
ニギルはその場に土下座をして全力で許しを乞うた。
(プライドなんかくそくらえだ! 今はこの場を切り抜けることを最優先に考える! どうせコイツらはガキだ、同情を誘ってひたすら謝り倒せば俺を見逃すに決まってる!)
「実は俺には病気の娘がいるんだ!」
「へえ、娘さんが?」
(食いついた!)
ニギルは心のなかでほくそ笑む。
「あいつの病気を治すためには高い薬がいるんだよ、だからあんた達が大金を持ってるのを見て、つい魔が差しちまったんだ!」
「へー」
ニギルはスラスラと説明する。
本当はニギルに娘などおらず、そもそも結婚してすらいない。
単なる口からのでまかせだった。
「頼む、俺を見逃してくれ! 俺が死んだら、あいつが一人になっちまう! そうなったら……!」
ニギルは涙を流し、悲痛な声でシンへと訴える。
そしてニギルはシンの反応を見ようとして顔を上げた。
そこには笑顔のシンがいて……。
「それ、僕になんか関係ある?」
「……え?」
ニギルは一瞬理解できなかった。
「いや、娘さんのその境遇は可哀想だと思ってるよ。でも、それ僕たちに関係なくない?」
「ねー、関係ないよね?」
「そうね」
「私も、結構どうでもいいです」
リリィ、ノクタリア、ニアはシンの言葉に頷く。
そんな四人を見てニギルは呆れたように呟く。
「嘘だろ、お前ら……」
(こいつらまさか…………人の心がないのか!? 普通これだけ言えば一つやふたつ同情するものだろうが! 間違いない、こいつら全員────ブッ飛んでやがる!!!)
「そもそも約束を反故にしたのは事実だよね?」
「あ、いや、それは……」
ニギルは目を泳がせる。
シンはニギルの鼻先に剣の切っ先を突きつける。
「ひっ」
「僕は言ったよね。約束を破ればどうなるのか分かってるのか、って」
シンが言外に滲ませた言葉に、ニギルは目を閉じて懇願する。
「た、助けてくれ……!」
「ニギルは、死にたくないの?」
「し、死にたくない……」
「じゃあ、命は助けてあげるよ」
「ありがとう……!」
ニギルはほっと安堵の息を吐く。
(ふぅ、一瞬ヒヤッとしたが、なんとか窮地を脱出できたな。このガキ、思わせぶりな態度を鳥やがって……いや、それよりもこれからのことをどうするかだ。金庫にある金は全部持ってくとして、店の中にある高価な素材や遺物も持ってくか? いや、遺物だけの方が重く……)
「その代わり、君の店にある物、全部もらうね」
「……は?」
ニギルはぽかんとした表情になった。
「そういえば、ニギルのお店、結構良い素材とか遺物とか置いてたよね。あれが全部僕たちのものになるのは結構デカいなぁ」
「い、いや……ちょっと待ってくれ。流石に店のもの全部は……」
「いや、約束を破ったんだからそれくらい当然でしょ。僕らも襲われて全財産を奪われそうになったんだから、返り討ちにされた君も全財産を奪われるのは当然だと思わない?」
シンは首を傾げてニギルへと尋ね返す。
その態度で本気だと分かったニギルは、さすがに全財産をとられては敵わないと泣き脅しを仕掛ける。
「か、勘弁してくれ! 全財産を取られたら、娘の治療費をどうやって工面すればいいんだ!」
「大丈夫、ニギルはまだ健康だから、肉体労働で稼げばいいよ。もう一度最初から地道にやり直すんだ」
「そ、そんな……」
シンに笑顔で返されて、泣き脅しも通用しないことを悟る。
忘れていた、目の前にいるのは血も涙もない化け物だ、と。
シンはニギルの喉元へと剣を突きつける。
「ていうかそれ、嘘でしょ。店にあんなに高級品を置いてたのに、薬を買ってないなんておかしいし」
「へ!? い、いや……」
嘘を見破られたニギルは冷や汗をかく。
「どちらにせよ君に拒否権はない。全財産か、もしくは命を差し出すかだ」
「そ、そんな……」
ニギルは激しく葛藤する。
ここで命を失うのは論外。しかし全財産を失えば待っているのは悲惨な未来だ。
最終的にニギルが選んだのは……命だった。
***
大迷宮の迷宮エリア、第20層。
大きな広間になっているエリアに、十数人の冒険者が集まっていた。
冒険者たちは同じパーティーなのか、装備やレベルには統一感があった。
ただ、それぞれ全員が単なる探索にしては過剰な量のアイテムを用意していた。
彼らはそれぞれ仲間と談笑しながら何かを待っているようだった。
「そろそろか?」
「ああ、もうすぐのはずだ」
「それにしても、本当にこんなにポーションが必要なのか? ちょっと過剰だと思うんだが」
「今回の独占討伐の権利を購入するのに大金を支払ったんだ。これでもし失敗したら、それこそ大損だ」
「そうだ。それに相手はエリアボスだぞ? 用心するに越したことはない」
「まあ、そりゃそうだけどよ……」
仲間の言葉を受けても、最初に疑問を提示した冒険者は目の前の大量のアイテムに対して懐疑的なようだった。
それを見かねた仲間が諭すように説得する。
「あのな、別に大量に買ったところで損するわけじゃねぇんだ。余ったらこれからの探索で使っていけば良いんだしよ」
「そうそう、消耗品なんてすぐに使い切るんだしな」
「……まあそうか。確かにその通りだな」
仲間の説得により、不満を述べていた冒険者は納得した。
そのときだった。
部屋の中央に魔方陣が出現する。
魔法陣が発行すると、その中からとある物が現れた。
それは全身鎧を着込んだ騎士。
そして手には淡く輝く白銀の剣を持っていた。
騎士が持っている剣を見て、冒険者たちは歓喜の声を上げる。
「おっ、いつもの剣じゃねぇってことは……今回のは当たりだな」
「それじゃ、さくっと倒してドロップ品をいただくか!」
「上層とはいえ、相手はエリアボスだ。油断するんじゃねぇぞ! 長期戦でもいいから、確実に仕留めるんだ!」
「「「了解!!」」」
リーダーの言葉で冒険者たちは気を引き締め、武器を構えた。
十分後。
広場には凄惨な光景が広がっていた。
斬り殺された十数人の冒険者が広場に転がっていた。
血が床や壁に飛び散り、広間は赤一色に染め上げられていた。
その広場から出てきたのはその光景を作り上げた犯人。
『大迷宮エリア』エリアボス──『亡霊騎士・ガウェン』だった。
「…………」
ガウェンは初めて広間の外へと出た。
生まれてすぐに殺されるというサイクルを繰り返し行われてきた彼にとって、広間の外を見るというのは初めての経験だった。
「ギギッ?」
その時、ガウェンの目の前をゴブリンが横切った。
ゴブリンは人間のような見た目をしているガウェンに首を傾げるものの、気配ですぐに自分と同じモンスターであることを認識した。
そして襲う対象ではないとガウェンの横を通り抜けようとしたとき──。
ガウェンが剣を持った腕を振り上げ、下ろす。
「ギャッ」
短い断末魔とともにゴブリンは潰され、塵となった。
ゴブリンが塵となり、周囲に広がった魔力をガウェンが吸い上げる。
ドクン、とガヴェンの身体が脈動する。
「──ッ!!!!!!」
魔力を吸収し終えたガウェンは声にならない咆哮を上げた。
そしてまた獲物を求め、ダンジョンをさまよい歩く。
冒険者と同様、魔力を吸って成長しながら。
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