第25話 魔封の指輪
リリィはダズルの仲間の三人に取り囲まれていた。
武器を構えてはいるものの、その内心は油断に満ちあふれていた。
相手は新人冒険者。
自分たちが負けるはずはないと、余裕の表情でリリィへと声を掛ける。
「どうする? 降参するならできるだけ丁寧に扱ってやるぜ?」
「どうせ俺らには勝てねぇんだからな」
「へっへっへっ、恨むならお前を巻き込んだあいつを恨むんだな」
三人が追い詰めるようにリリィへとジリジリと寄っていく。
しかしリリィはそれを余裕の表情で見つめていた。
「へえ、私に勝てると思ってるんだ。そっちこそ、別に三人がかりでかかってきてもいいけど?」
「言われなくてもやってやる、よ!」
リリィの背後にいる男が剣を振りかぶっった。
しかし──。
「ぐべっ……!?」
男が吹き飛んだ。
予想だにしない現象に、男たちは唖然としてリリィを見る。
リリィは後ろに向かって拳を突き出していた。
「な、何をしやがった!」
たった今、リリィに殴られ殴り飛ばされた男が、頬を押さえて起き上がる。
それを見てリリィは楽しそうに笑った。
「あはっ、いまので気絶してないんだ。やっぱりレベル30台になると頑丈だねぇ。これは楽しめそう!」
仲間がたった今吹き飛ばされたことで、三人の中にあった油断は消え失せた。
侮っていたら足元を掬われる可能性がある。
「くっ……お前ら! かかれ!」
三人が一斉にリリィへと攻撃を仕掛ける。
そこに手加減は存在せず、腕の一つや二つを切り落として動きを封じるつもりだった。
「──あはっ」
三人の殺気を受けてリリィは──獰猛な笑みを浮かべた。
三方向からの同時の攻撃。
頭上から片手剣を。大剣を真横から。曲刀を下から。
曲がりなりにも冒険者として培ってきた連携で、リリィを攻撃する。
だがしかし、剣を振り抜いたそこにはもうリリィはいなかった。
「なっ!?」
「こっちだよ」
曲刀使いの後ろに回っていたリリィが、曲刀使いを蹴り飛ばす。
「いつの間に……ぐあっ!?」
「遅すぎ」
目にも留まらぬ速さで近づいたリリィは大剣使いを蹴り飛ばす。
くるりと振り返ったリリィに、片手剣使いは奥の手を使った。
「くっ……【
「!」
片手剣使いの男がそう叫ぶと、リリィの身体が光の縄で拘束された。
「へっへっへっ、こう見えても俺は魔法持ちなんだよ。油断したな」
「へぇ、拘束系ってことは『黒』の元素か」
身動きが取れなくなったリリィに、片手剣使いの男は口元の血を拭いながら近づく。
「そのとおりだ。身動きが取れないだろ? 圧倒的なレベル差でもない限り、そいつの拘束から逃れるのは、ほぼ不可能──」
「ふんっ」
リリィが力を込めると、片手剣使いの【拘束】が弾け飛んだ。
「は…………?」
片手剣使いを初め、二人の仲間も唖然として口を開く。
今まで男の拘束が解かれたことなど一度もなかったからだ。
決して解けることのない光の縄を千切ったリリィは、カラッとした笑みを浮かべる。
「うーん。確かにちょっと硬いけど……ノクタリアの影糸の方が強いね」
「あ、あり得ない……レベル差がないのにこんなことが……」
「あれ? 反撃してこないの? それじゃあ遠慮なく」
「ぐべっ」
目の前の光景に呆然としていた片手剣使いが殴り飛ばされる。
「うーん、やっぱりこのアイテム、さいこぉ!」
リリィはそう言って漆黒のガントレットを眺めた。
漆黒のガントレットこそリリィが選んだ《
効果は『装備者のステータスを三倍強化する』というもの。
ステータスに対するバフは加算される。
これによって、今のリリィのステータスは八倍に引き上げられていた。
リリィと三人の間にレベル差こそあるものの、八倍に引き上げられたステータスでは、リリィのほうが遥かに上回る。
それこそ大人と子どもくらいの力の差が両者の間には生まれていた。
「私ぃ、いつもは拳で戦うのを禁止されてるの。シーくんが「時間がかかりすぎるから」って」
シンはリリィに対して、素手での戦闘を禁じている。
理由は単純明快。
『リリィ自身が戦いを楽しんで時間がかかりすぎるから』。
よって、シンが「素手で戦ってもいいよ」と言ったとき以外、リリィは素手ではなく双短剣で戦うことを命じられていた。
「だから、久しぶりに素手で戦えて、今本当に楽しいの」
リリィが一歩進む。
「ひっ」
三人は後ずさる。
恍惚とした笑みを浮かべたリリィは、三人に向かってお願いをした。
「──簡単には壊れないでね?」
***
剣戟の音が響く。
なぜだ。
なぜ、敵の守りを崩せない。
これほどのステータス差がありながら。
ダズルは内心焦っていた。
「あっちは派手にやってるみたいだね」
自分と激しく剣を打ち合っているはずなのに、涼しい笑顔の相手。
ダズルは、未だにシンを倒すことが出来ないでいた。
ダズルのレベルは30台後半。
レベル20台前半のシンとは10以上レベルが離れている。
ステータスはレベルだけではなく、努力や鍛えてきた量によって変動する。
しかし、レベルを上げることが周囲の冒険者との一番ステータスの数字に差がつく行動であり、当然実際に、シンとダズルのステータスは大きく離れている。
強者にとって、一番手堅く勝つ方法は、ステータスによるゴリ押しだ。
技を使うでもなく、単純に小細工の効かない圧倒的なステータス差で押しつぶす。
これこそが弱者が強者にとられて最も嫌な戦法だ。
当然ダズルが取った作戦も、ステータスの差を利用して、力押しで決着をつけることだった。
(どうして、どうしてだ! なんでコイツはいつまで経ってもくたばらねぇ!)
シンはステータスによるゴリ押しを受けて動じなかった。
シンはダズルの全力の一撃を余裕を持っていなし、受け止め、避ける。
理由は二つに絞られる。
本当はステータスの差がなかったか、両者の間に天と地ほどの圧倒的な技量の差があるか。
シンとダズルの間にステータス差はある。
となると、考えられる理由はただ一つ……。
「う、うおおおおおおッ!!!」
ダズルは自らの思考をかき消すために雄叫びを上げた。
そして自分の作戦は正しいのだと証明するために、更に苛烈にシンへと攻撃する。
「うん、実力も把握したしそろそろ良いかな」
「は?」
「次は試験運転と行こうかな」
シンの殺気が膨れ上がった。
何か、来る。
その瞬間、ダズルは自身の魔法を使うことを選択した。
「【
ダズルの魔法は『水の刃を飛ばす』魔法。
珍しい魔法ではないが威力は十分にあり、シンに当たればその胴体を真っ二つにする威力があった。
「ほい、ありがとう」
しかしシンに当たる直前、ダズルの【水刃】は消えた。
「……は?」
「すごいでしょ。これ」
シンはそう言って自分の右手の人差し指に嵌めてある指輪をダズルへと見せる。
「この指輪、《魔封の指輪》っていうんだけど。魔法を一つストックして任意のタイミングで撃てるんだよ」
「俺の魔法を……吸い込んだのか!?」
「そういうこと。……さあ、君は自分の魔法に耐えられるかな?」
シンがダズルへと右手を向ける。
「っ!」
水がダズルに直撃すると水が飛び散り霧が辺りに立ち込めた。
「はあっ……! はぁっ……!」
ダズルは無傷で立っていた。
しかし消耗したのか肩で息をして、全身にかいた汗と被った水でずぶ濡れの状態だった。
「なるほど、当たる直前に自分の【水刃】をぶつけて威力を相殺したんだね。やるじゃん」
ぱちぱち、とシンが拍手する。
ダズルは自分に【水刃】が当たる直前、咄嗟の判断で【水刃】の魔法を撃ち、シンが放った【水刃】にぶつけた。
そうしなければダズルは今頃死んでいた。
その恐怖に呼吸が浅くなり、汗腺から汗が噴き出す。
「防いだってことは、やっぱり自分に当てられると不味いんだね。──さて、試運転も終わったし、そろそろ終わらせようか」
シンが剣を構える。
問答無用で間合いを詰めてきた。
殺気が膨れ上がった。
「う、おおおおおおっ!!!」
ダズルは反射的にシンへと【水刃】を叩きつける。
しかしダズルの決死の魔法はシンの【白炎】によって……無効化される。
「なっ!?」
自分の【水刃】がまるで水鉄砲のように勢いを失い、ただの水たまりになるという信じられないような光景に、ダズルが目を剥く。
剣閃。
「馬鹿、な……」
胴を袈裟斬りにされたダズルは地面に倒れ伏した。
薄れていく意識の中で、シンは剣を鞘に収めていた。
「大丈夫。冒険者だからこれぐらいじゃ死なないよ」
ダズルが意識を失うと、シンはとある人物へと視線を向けた。
その人物とは今回の事件の元凶……ニギルだった。
「そ、そんなバカな……この人数が、たった四人に……!」
ニギルは目の前の光景を信じられないのか、首を振って後ずさる。
一か八か、後ろを振り返って逃げようとしたときに、ニギルは真後ろに誰かいることに気がついた。
それはシンの仲間……ノクタリア、ニア、リリィの三人だった。
三人はニギルを囲むように歩いてくる。
「こっちは終わったわ」
「私もじっけ……戦闘が終了しました」
「こっちも終わったよー。言われたとおりに壊さずやったよ。褒めて褒めてー!」
「はいはい、後でね。……今実験って言った?」
「なんのことでしょう」
一瞬聴き逃がせない言葉が聞こえたような気がしたけれど、僕は今は深く気にしないことにして「さて、気を取り直して」とニギルの方へと向き直った。
「さて…………ニギル。これはどういうことか説明してもらうかな」
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