第24話 仲間の実力
「シン。あれは私にやらせて」
ノクタリアが、元パーティーメンバーを指差す。
「あれは私が決着をつけるわ」
「りょーかい」
「では、あちらは私が。すぐに追い出されたとは言え、元パーティーメンバーですから」
ニアが自分を追い出したパーティーメンバーを指差す。
ノクタリアのときとは違って、僕は一言付け加える。
「あー……手加減してあげなよ?」
「もちろんです」
僕が釘を刺すと、ニアは頬に手を当てて「ふふふ」と笑った。
本当に大丈夫かな。
ニアの場合、ノクタリアと違って大惨事になる可能性があるから、ちゃんと手加減してあげた方が良いと思うんだけど……。
「それじゃ、あとで」
「シンさんも頑張ってくださいね」
ノクタリアとニアはそれぞれ自分の相手の方へと歩いていく。
「シーくん、私は誰と戦えば良い?」
「この人たちだよ。この人たちは他と違って僕たちよりもレベルが高いから、半分こしよう」
「おっけー」
難癖をつけてきたおじさんが、一人で僕の方へとやって来た。
「おい、コイツは俺一人にやらせてくれ」
「ダズル、本気か?」
「ああ、コイツには借りがあるからな。ボコボコにしてやらねぇと気が済まねぇ」
難癖をつきてきたおじさん……もといダズルは、どうやら僕と一対一をしたいらしい。
以前のギルドでの雪辱戦といったところだろう。
「いいの? 皆で囲んだほうが勝率は高いと思うけど」
「ハッ! お前なんか片手でぶっ殺せる」
「じゃあ、後の三人はリリィか」
「え、いいの? やったー!」
リリィは敵が増えたことに喜ぶ。
「はっ、一人で三人を相手できるわけ無いだろうが」
「ボコボコにしてかわいがってやるよ」
「ガハハハ!」
ダズルの仲間はリリィを見て欲望にまみれた笑顔を浮かべると舌なめずりをする。
リリィは好戦的な笑みを浮かべ、ガントレットをはめた拳をガチン! と打ち付けた。
「ねーねー、シーくん。こいつら、素手でボコっても良い?」
「いいよ。一応言っとくけど殺さないようにね。あと、痛めつけるのも適度でね」
「はーい♡」
僕の言葉にリリィはそう返事をして、ダズルの仲間の元へと向かっていく。
ダズルに向き直ると、剣を構えた。
「じゃあ、僕たちも始めようか」
「ああ……ぶち殺してやる」
怖い笑顔を浮かべて、彼はそう言うのだった。
***
「どうしてこんなことに手を貸しているの?」
「そんなの決まってるだろ。お前に報復するためだよ!」
「そう、報復しにきたのね」
「ああ、そうだ。俺達をコケにしたことを償わせてやる……!」
「そうよ、良くもコケにしてくれたわね!」
ノクタリアは、ため息を吐く。
「はぁ……呆れてものも言えないわ」
「何だと!?」
「だってそうでしょう? たかが冒険者一人に報復するためにこんな大人数で囲って。自分たちが弱いって自白しているようなものじゃない」
「っ……!!」
ノクタリアの元パーティーメンバーたちは怒ったように武器を構えた。
それに応じるようにノクタリアはエストックを構える。
「かかってきなさい。あなた達では相手にならないでしょうけど」
槍使いの男が、ノクタリアへと槍を突き出す。
心臓を一突きにする軌道の攻撃はノクタリアへと伸びて行ったが……届かなかった。
槍が届く直前、まるで闇の中に溶けるようにノクタリアの姿が消えたからだ。
「なっ!?」
「どこに行った……!」
三人は周囲を見渡して、消えたノクタリアを探す。
『──夜は、私の時間』
どこからともなく声が響く。
「ぐあああッ!!!」
悲鳴が上がった。
「な、なんだ!」
槍使いの男が振り返ると、そこには足を貫かれて地面に倒れ伏している剣使いの仲間の姿があった。
「キャアアアッ!!! 痛い! 痛いぃぃぃッ!!」
「今度は何事だ……っ!?」
また悲鳴が上がる。
今度は魔法使いの女が杖を持っている手から血を流し、杖を地面に取り落としていた。
槍使いの男は遅まきながら状況を理解する。
これはノクタリアから攻撃されているのだと。
「どこだ! どこにいやがる!」
見えない場所から攻撃されている事実に槍使いの男は焦りながら、暗闇の中で槍を振り回す。
「ここよ」
「っ!」
背後から声をかけられ、槍使いの男は慌てて槍を突き出す。
「あ……」
しかしそこには誰もいなかった。
「残念、ハズレね」
また背後から声をかけられ、槍使いの男はもう一度槍で攻撃しようとするが……。
「ぐっ……!?」
身体が全く動かなかった。
どれだけ力を入れても一ミリたりとも身動きすることが出来ない。
槍使いの男には、この感覚に覚えがあった。
「いつの間に魔法を……」
「いくらでも使う場面はあったわよ? 隙だらけだったから」
その言葉とともにノクタリアが現れた。
まるで水から上がるように、影の中からノクタリアが出てくる。
それを見て槍使いの男は愕然とする。
「な、なんだそれは……」
「スキルの【潜影】よ。短時間であれば影に潜むことが出来るの。こういう暗闇が多い夜は、私にとっては潜み放題の楽園なのよ」
「なっ……そんな強力なスキルを……!」
「そう言えば、一度も見せたことはなかったわね。あの時の私は本当に愚かだったから……」
ノクタリアは目を伏せた後、今度は怒りに染まった瞳で槍使いの男を睨みつけた。
「だから、私の迷いを払って、希望をくれた彼に手を出そうとしたことは絶対に許さない」
***
その少し離れたところでは、ニアが自分を追放した仲間に尋ねていた。
「なぜ私たちを狙ったんですか」
「金のためだよ」
「お金、ですか」
「そうだ。あいつが言うには、お前らは宝物殿を見つけたんだろ?」
一人が後方で静観しているニギルを顎で指す。
「お前みたいな役立たずが持ってても勿体ないから、俺達が貰ってやる」
「ついでにお前も有効活用してやるよ。顔だけは良かったからな」
男三人はニアの肢体をニヤニヤと舐め回すように見る。
その顔つきはもはや元仲間に向けるものではなかった。
「良かったです」
ニアは心底嬉しそうにそう言った。
「は?」
「もし脅されてたり、本意ではなく付き合わされているのなら、もっと優しく済まそうと思っていたんです。でも私は細かい調整はまだ得意ではなくて……。なので、手加減の必要がなくなって嬉しいです」
「てめえ、調子に乗ってんのか?」
「回復魔法しか使えないお前が、どうやって戦うっていうんだよ!」
「そんなに実演してほしいんですか? それでは遠慮なく」
ニアは杖を三人の中の、リーダーの男へと向ける。
その仕草にリーダーの男は眉をひそめた。
パーティーにいたとき、ニアのスキルと魔法は確認している。
そこでニアが攻撃魔法を持っていなかったことは確かだ。
加えてこの短期間で別の魔法を習得するのは不可能。
故に、三人はニアが自分たちに杖を向けていることに何の危機感も抱かなかった。
それどころか、ヒーラーごときになにが出来るのだ、と笑ってニアの方へと進む。
「虚仮威しか!? そんなに襲ってほしいなら俺のほうか──」
「えいっ」
ブクブク……パァンッ!!
「ひっ、ぎゃああああッ!!!」
リーダーの男の足の肉が、突然膨れ上がり破裂した。
想像を絶する激痛にリーダーの男は絶叫した。
「なっ、なんだ……!!」
「いきなり破裂したぞ!」
辺り血が飛び散るという恐ろしい光景に他の二人の足が止まる。
おかしい。ニアは攻撃系のスキルや魔法を持っていないはずだ。
こんなことあり得ない。だが、現に自分たちのリーダーは攻撃を受けている。
二人はその元凶であるニアへと視線を向けた。
当の本人であるニアは、頬に手を当てて笑っていた。
「皮膚の表面を破裂させただけのにここまで悲鳴を上げるなんて……やっぱり、どれだけ肉腫を作っても破裂させても微動だにしなかったシンさんは凄いです」
ニアはまるで何でもないように穏やかな笑みを浮かべて、リーダーの男を観察していた。
「な、なにをした!」
二人がニアへと剣を向ける。
「何って、回復魔法をかけてあげただけですよ。ああ、そう言えば皆さんは一度も【過回復】を受けたことがないんですっけ? ……まあ、細かいことは良いです」
スッ、とニアは冷たい視線を三人へと向ける。
「私だけではなく、シンさんに手を出そうとしたことは万死に値します。二度とシンさんを襲ったりしないように、トラウマを植え付けて差し上げますね。それっ」
「ギャアアアアアアッ!!!!」
ニアが軽く杖を振ると、二人の内の一人の腕が大きく膨らみ、破裂する。
腕を破裂させられた男は絶叫を上げその場に倒れ落ちた。
この世とは思えないようなその悲痛な絶叫に、残った一人が絶望にも等しい表情を浮かべる。
「や、やめろ……!」
「大丈夫です。私、ちゃんと練習してヒールが出来るようになりましたから。ずっとしっかりしたヒールがほしいと仰っていたでしょう? 死にそうになってもヒールをかけてあげますよ、ね?」
ニアは可愛らしげな笑顔を浮かべて首を傾げる。
しかし三人にとってはこれが地獄の始まりだった。
「しかし、これだけ弱いとなると《深淵の紫玉》を使う必要がありませんでしたね」
ニアは杖を持っている方とは反対の手に持っていた紫玉を見つめる。
ニアが選んだ《
この紫玉は周囲の魔力を吸い上げ貯蓄する効果がある他、所有者の魔法の魔力効率を極限まで高める効果があった。
回復魔法が唯一の攻撃手段であるニアにとっては、この上なく相乗効果があるアイテムだった。
「さあ、まだまだ続きますよ。まだ【過回復】を部位ごとにかけるのは慣れてないんです。……練習台になってくださいね?」
ニアはニコリと笑う。
三人にとっての悪夢が始まった。
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